2021年の日本人の全死因死亡率は前年比で2.2%増加 がん(悪性新生物)の死亡率は0.6%減少 COVID-19、老衰、循環器疾患の死亡率増加が全死因死亡率増加の主要因 2021年の日本人の全死因死亡率は前年比で2.2%増加
2023-08-31 国立がん研究センター
発表のポイント
- 新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)のパンデミック期における日本人の年齢調整死亡率を、人口動態統計(全数調査)を用いて分析し、死因別の死亡動向を明らかにしました。
- 2021年の全死因年齢調整死亡率は2020年に比べて男女計で2%増加(男性 2.1%増加、女性 2.2%増加)しており、東日本大震災の影響を受けた2011年以来10年ぶりに前年と比較して増加していました。
- 2021年の全死因死亡率増加の主な要因はCOVID-19、老衰、循環器疾患の死亡率増加でした。
- COVID-19のパンデミック期(2020年、2021年)においても、がん(悪性新生物)、肺炎、不慮の事故は年齢調整死亡率が減少し続けていたことが明らかになりました(自殺は男性では減少、女性では増加)。
- がん(悪性新生物)は日本人の死因第1位であり全死因死亡率への影響が大きいものの、2021年の全死因死亡率増加の直接的な要因ではなかったことが明らかになりました。
- 人口動態統計月報年計(概数)(2023年6月公表)によると、2022年の年齢調整死亡率も増加したことが示唆されており、2021年がCOVID-19のパンデミックによる日本人の死亡率トレンドの変わり目となった可能性が示唆されました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策研究所(理事長、所長:中釜 斉、東京都中央区)データサイエンス研究部(部長:片野田 耕太)の研究グループは、パンデミック期における日本人の死亡率の動向を明らかにするため、厚生労働省が公表している人口動態統計(全数調査)の死亡データを精査し、1995年から2021年までの毎年の年齢調整死亡率を死因ごとに分析しました。
2021年の全死因年齢調整死亡率は2020年に比べて男女計で2.2%増加(男性 2.1%増加、女性 2.2%増加)しており、東日本大震災の影響を受けた2011年以来10年ぶりに前年と比較して増加しました。この要因を分析した結果、COVID-19、老衰、循環器疾患(特に心疾患)の死亡率増加が要因となっていることが明らかになりました。一方で、がん(悪性新生物)、肺炎、不慮の事故はパンデミック期以前(2019年以前)からの年齢調整死亡率の減少トレンドに変化はありませんでした。自殺は2020年、2021年とも、前年に比べて男性では減少、女性では増加していました。2021年のがん(悪性新生物)の年齢調整死亡率は前年に比べて男女計で0.6%減少(男性1.0%減少、女性0.4%減少)しており、がんの部位ごとにみても大きなトレンドの変化は認められませんでした。人口動態統計月報年計(概数)(2023年6月公表)によると、2022年の年齢調整死亡率も前年と比べて増加したことが示唆されています。
本研究の結果を基礎資料として、今後タイムラグを経て発生する可能性のある死亡率の変化の継続的なモニタリングや超過死亡の検討、それぞれの要因の分析など、これまでの公衆衛生、医療・保健サービスの対応が検証されることが期待されます。
本研究成果は、2023年8月31日に国際英文ジャーナル「BMJ Open」で公開されました。
背景
COVID-19の世界的大流行(パンデミック)により、COVID-19の直接的な死亡率の増加と、医療・保健サービスの質の低下や生活習慣の変化による間接的な死亡率の増加により、多くの国において2020年以降の平均寿命の短縮(全死因死亡率の増加)が報告されています。日本においても度重なる緊急事態宣言により人々の行動が制限され、医療機関においても診療体制の制限などにより、いわゆる不要不急の治療が先延ばしにされるなど医療・保健サービスに影響が及びました。日本ではアメリカやフランス、イギリスなど欧州諸国と比較して大きな死亡率の変化は指摘されていなかったものの、死因ごとの詳細な検討はなされていませんでした。
そこで本研究グループは、厚生労働省が公表している人口動態統計(全数調査)データを精査し、1995年から2021年までの毎年の年齢調整死亡率(注1)を死因ごとに分析し、COVID-19のパンデミック期における日本人の死亡率の動向を明らかにしました。
研究方法
厚生労働省が公表している人口動態統計(全数調査)の死亡データを主要な死因ごとに整理し、1995年から2021年までの毎年の年齢調整死亡率を算出しました。年齢調整死亡率の算出には直接法による年齢調整を適用し、基準人口には「平成27年(2015年)モデル人口」(注2)を用いました。分析した死因は厚生労働省の死因簡単分類に基づき、「感染症及び寄生虫症 (A00-B99)」、「悪性新生物(C00-C96)」、「心疾患(高血圧性を除く) (I01-I02.0、 I05-I09、I20-I25、I27, I30-I52)」、「脳血管疾患(I60-I69)」、「肺炎(J12-J18)」、「肝疾患 (K70-K76)」、「老衰(R54)」, 「不慮の事故(V01-X59)」、「自殺(X60-X84)」、「COVID-19(U07)」、「その他(上記の主要死因以外の死因)」です(カッコ内は「疾病、傷害及び死因の統計分類(ICD-10)」(注3)を示す)。なお、COVID-19は感染症ですが「感染症及び寄生虫症 (A00-B99)」には含まれず「COVID-19(U07)」に分類されています。また、主要ながんの部位ごと(「胃がん(C16)」、「肺がん(C33-34)」など)の年齢調整死亡率も同様に算出しました。最後に、それぞれの年次について前年の死因別年齢調整死亡率と比較し(2021年の場合、2020年と比較)、どの死因が全死因死亡率変化の要因となっていたかを分析しました。
研究結果
日本人の年齢調整死亡率は、生活習慣・社会環境の改善(塩分摂取量や喫煙率の減少など)と医療・保健サービスの進歩などにより男女とも長期的に減少傾向にあり、1995年以降においても減少傾向でした(図1)。しかし、2021年の全死因年齢調整死亡率は2020年に比べて男女計で2.2%増加(男性 2.1%増加、女性 2.2%増加)しており、東日本大震災の影響を受けた2011年以来10年ぶりに前年と比較して増加しました。一方で、2021年のがん(悪性新生物)の年齢調整死亡率は前年に比べて男女計で0.6%減少(男性1.0%減少、女性0.4%減少)しており(図2)、がんの部位ごとにみても大きなトレンドの変化は認められませんでした。2021年の全死因死亡率増加の要因を分析した結果、COVID-19、老衰、循環器疾患(特に心疾患)の死亡率増加が要因となっていることが明らかになりました(図3)。また、主要な死因に分類されない死因の増加も死亡率増加の要因となっていました。一方で、がん(悪性新生物)、肺炎、不慮の事故はCOVID-19のパンデミック期以前(2019年以前)からの年齢調整死亡率の減少トレンドに変化はありませんでした(自殺は男性で減少、女性で増加)。したがって、がん(悪性新生物)は日本人の死因第1位であり全死因死亡率への影響が大きいものの、2021年の全死因死亡率増加に直接的には寄与していなかったことが明らかになりました。
図1 日本人の年齢調整死亡率(全死因)の推移(平成27年(2015年)モデル人口による)
(注4)論文データより作成
図2 日本人の年齢調整死亡率(悪性新生物)の推移(平成27年(2015年)モデル人口による)
(注5)論文データより作成
図3 死因別年齢調整死亡率変化の推移(平成27年(2015年)モデル人口による)
(注6)論文データより作成
(注7)前年より死亡率が増加した死因は上方向に、死亡率が減少した死因は下方向に積み上げられる
(注8)2016-2017年の肺炎の大きな減少(その他の増加)は原死因選択ルールの明確化(死亡統計の集計方法の変更)によるものと考えられる
研究の限界
本研究は人口動態統計を分析した日本人全数死亡データの記述疫学的検討であり、過去の死亡率トレンドから推定された2021年の死亡率と実際の死亡率の差の推定(いわゆる超過死亡)を検討したものではありません。COVID-19パンデミックの死亡率への影響は、COVID-19感染拡大の直接的な影響、疾病構造の変化、医療・保健サービスの変化、死亡診断への影響など多面的な要因が関係していることが想定されますが、そのような要因分析はしておりません。
展望
死因ごとにみると、がん(悪性新生物)の年齢調整死亡率はCOVID-19のパンデミック期においても減少トレンドが続いていますが、医療・保健サービスの変化の影響(治療の先延ばしやがん検診の受診抑制など)が顕在化するまでにはタイムラグがある可能性があり、引き続き注視する必要があります。一方で循環器疾患(特に心疾患)はCOVID-19のパンデミック期以前(2019年以前)からの減少トレンドが2021年に増加に転じた可能性が示唆されました。さらに、老衰や主要死因に分類されない死因(「その他」)の増加は、医療施設以外の場所での死亡の増加などCOVID-19のパンデミックによる死亡診断への影響を受けた結果である可能性が考えられます。
日本ではCOVID-19の感染者数は2022年では27,219,936人で、2021年(1,492,874人)および2020年(234,109人)と比較して大きく感染が広がりました(新型コロナウイルス感染症について「オープンデータ」)。したがって、2022年のCOVID-19感染拡大の死亡率への直接的な影響は2021年に比べて非常に大きいことが推測されます。厚生労働省の人口動態統計月報年計(概数)(2023年6月公表:令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況)によると、2022年の年齢調整死亡率も前年と比べて増加したことが示唆されており、2021年が日本人の死亡率トレンドの変わり目となった可能性が示唆されました。
本研究の結果を基礎資料として、今後タイムラグを経て発生する可能性のある死亡率の変化の継続的なモニタリングや超過死亡の検討、それぞれの要因の分析など、これまでの公衆衛生、医療・保健サービスの対応が検証されることが期待されます。
論文情報
雑誌名
BMJ Open
タイトル
Impact of the COVID-19 pandemic on mortality trends in Japan: a reversal in 2021? A descriptive analysis of national mortality data, 1995–2021
著者
Hirokazu Tanaka, Kayo Togawa, Kota Katanoda
DOI
https://dx.doi.org/10.1136/bmjopen-2023-071785
掲載日
日本時間2023年8月31日(木曜日) 午後11時45分
主な研究費
厚生労働科学研究費補助金「がん対策の年齢調整死亡率・罹患率に与える影響と要因に関する研究」(20EA1017)
用語解説
(注1)年齢調整死亡率
一般的に加齢により高齢者の方の死亡リスクが大きくなるため、異なる集団の死亡率の比較または死亡率の経年変化の分析では人口構成をそろえて死亡率を計算する必要があります。比べるそれぞれの集団が同じ人口分布(基準人口分布)だったと仮定して死亡率を調整して計算されたものを年齢調整死亡率といいます。本研究では「平成27年(2015年)モデル人口」を基準人口として年齢調整死亡率を算出しました。
(注2)平成27年(2015年)モデル人口
厚生労働省により2022年2月に公表された新しい基準人口で、それ以前は「昭和60年(1985年)モデル人口」が広く用いられていました。新しいモデル人口では「85-89歳」、「90-94歳」、「95歳以上」の高齢人口部分が新たに細分化されたため、高齢者の死亡動向をより詳細に反映した年齢調整死亡率が算出できるようになりました。なお、「平成27年(2015年)モデル人口」の導入による年齢調整死亡率への影響に関する詳細は下記の関連リンクをご参照ください。
(注3)疾病、傷害及び死因の統計分類(ICD-10)
疾病、傷害及び死因の統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems (ICD))は、異なる国や地域から、異なる時点で集計された死亡や疾病のデータの体系的な記録、分析、解釈及び比較を行うため、世界保健機関(WHO)が作成した分類です。現在はその10版であるICD-10が用いられています。わが国においても死因統計は個々の死亡診断書に記載された診断や死因からICDのルールに基づいて集計されています。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター
がん対策研究所 データサイエンス研究部
田中 宏和、片野田 耕太
広報窓口
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企画戦略局 広報企画室