2023-09-12 鳥取大学,基礎生物学研究所
概要
陸上植物の約7割以上の種は、土壌中でアーバスキュラー菌根(AM)菌と共生関係を結んでいます。AM菌は宿主となる植物から炭素源の一部を得る見返りにリンや窒素といった必須元素を供給するため、AM菌が感染した植物は貧栄養環境下でも生育が促されます。そのため、過剰な施肥による環境汚染や肥料の価格高騰が深刻な社会問題となっている今、AM共生における分子基盤の解明は、持続的な作物生産の実現に繋がると期待されています。鳥取大学大学院連合農学研究科の富永貴哉大学院生(現奈良先端科学技術大学院大学・日本学術振興会特別研究員PD)、鳥取大学農学部生命環境農学科の上野琴巳准教授、上中弘典准教授、および基礎生物学研究所の重信秀治教授らの研究グループは、リンドウ科植物に含まれる苦味配糖体「ゲンチオピクロシド」と「スウェルチアマリン」がAM菌の菌糸分岐を促進することを発見しました。本研究により、リンドウ科植物の苦味物質からAM菌の感染を促す農業資材を開発できると期待されます。本研究成果は2023年9月1日付で米国植物生理学会誌「Plant Physiology」にオンライン掲載されました。
1.研究成果のポイント
- AM菌は非常に多様な植物と共生するにも関わらず、AM共生の研究は長らくイネやマメ科のモデル植物を用いて研究されていました。
- 本研究では、非モデル植物であるリンドウ科のトルコギキョウの根に蓄積する苦味配糖体がAM菌の菌糸分岐を活性化することを発見しました。
- 本研究成果は、AM共生は植物の系統によっては既知のメカニズムを介さずに成立する可能性を示しただけでなく、有用な農業資材の開発に繋がると期待されます。
2.研究背景
目や鼻がない植物やAM菌は、互いが分泌する化合物を認識して相手の存在を察知しています。土壌中のリンや窒素といった無機養分が欠乏すると、宿主植物はストリゴラクトン(SL)という植物ホルモンを根から放出します。SLを受容したAM菌では胞子発芽や菌糸分岐が促進されるため、宿主植物はすばやく、かつ効率的にAM菌と共生を成立させることができます。一方で、AM菌と共生するために、植物は光合成産物をコストとしてAM菌に支払う必要があります。その割合は光合成で同化した炭素源の約2割を占めるため、植物は無機養分を豊富に利用できる場合、コスト削減のためにAM菌の感染を抑制します。特に、植物ホルモンであるジベレリン(GA)はAM共生における代表的な負の制御因子であり、SL生合成を阻害するだけでなく、共生に必要な遺伝子群の発現も抑制します。
研究グループはこれまでに、GA処理したトルコギキョウ(リンドウ科)の根ではSLの生合成が顕著に阻害されるにも関わらず、根の周辺でAM菌の菌糸が盛んに分岐し、AM菌の感染率が約6倍も増加することを明らかにしていました。それを踏まえて、トルコギキョウはSLとは異なる化合物でAM菌の菌糸分岐を促していると考えられました。しかし、SLの代替となるトルコギキョウ由来の化合物の詳細は不明なままでした。
本研究では、GA処理したトルコギキョウの根内でリンドウ科特有の苦味物質として知られるモノテルペン類のゲンチオピクロシド(GPS)とスウェルチアマリン(SWM)が蓄積すること、さらにはこれら化合物がAM菌の菌糸分岐を促進することを発見しました(図1)。このことから、GA処理したトルコギキョウはSLではなく、GPSやSWMといった二次代謝産物を介してAM菌との共生を成立させている可能性が示されました。
図1:研究成果の概要
一般的に、植物は根からSL(青い六角形)を放出し、AM菌の菌糸分岐を促すことで効率的に共生を成立させる。しかし、植物ホルモンであるGAをトルコギキョウに処理するとSLの生合成が阻害されるにも関わらず、AM菌の菌糸分岐や感染が顕著に促進される。本研究は、ジベレリン処理したトルコギキョウの根で生合成が活性化されていたGPSとSWM(橙の星)がAM菌の菌糸分岐を促進することを明らかにした。
3.研究内容
これまで、研究グループは2度にわたってGA処理したトルコギキョウの根を用いてトランスクリプトーム解析を実施してきました。今回、それらの解析データを精査したところ、GA処理したトルコギキョウの根でGPSやSWMの生合成に関わる複数の遺伝子の発現量が有意に増加していました。また、この結果と対応するように、トルコギキョウの根内に蓄積するGPSとSWMの量もGA処理によって有意に増加していました。
しかしながら、GPSとSWMは抗菌活性を示す防御物質であることが過去に報告されており、本研究でも病原性真菌のトマト萎凋病菌に対する抗菌活性が認められました。そこで、同じ真菌であるAM菌Rhizophagus irregularisにもこれら化合物を処理し、菌糸分岐数を測定することで生育状態を定量的に評価しました。その結果、GPSやSWM存在下でもAM菌の生育は抑制されず、むしろ低濃度で菌糸分岐数が顕著に増加することを明らかにしました(図2)。また、その活性の強さは、合成されたSLであるGR24と同程度か、それ以上という結果が得られました。なお、GPSやSWMといった抗菌性の配糖体が毒性を示すためにはβグルコシダーゼという酵素によって代謝される必要がありますが、宿主植物から炭素源をもらえるAM菌は進化の過程でこの酵素を失っています。そのため、GPSとSWMはAM菌に対して抗菌活性を示さなかったと考えられます。
以上の研究結果より、トルコギキョウではGPSやSWMがSLに替わってAM菌の菌糸分岐を促進している可能性が支持されました。最後に、農業分野への応用を目指し、トルコギキョウ以外の植物のAM共生におけるGPSの効果を検証しました。その結果、GPSを処理したネギ属のチャイブの根では対象区と比べて有意にAM菌の感染が促進されました。一方で、GPSとSWMは作物に寄生する根寄生雑草の種子発芽を誘導しませんでした。
図2:GPS処理したAM菌の菌糸分岐数
(左の画像)対象区とGPSを10 nM処理したAM菌の菌糸分岐の様子。図中の矢印はAM菌の胞子から発芽した菌糸を示している。(右のグラフ)AM菌の菌糸分岐数を表したグラフ。点線は対象区における中央値で、GPS処理したAM菌の菌糸分岐数は有意にその値を超えていた。GR24は人工的に合成されたSLであり、本研究ではポジティブコントロールとして使用した。
4.今後の展開
AM共生の研究はこの20年で急速に進展してきましたが、その知見はイネやミヤコグサといった作物種やモデル植物に偏っています。非モデル植物を対象とした本研究により、AM共生は陸上植物系統でごく普遍的な共生系であるものの、その制御メカニズムは植物系統によって異なるといえます。また、本研究は防御物質として捉えられてきたGPSとSWMが共生の成立に関わる可能性を世界で初めて示したものとなります。本研究の成果は、根寄生雑草による被害の回避と持続的な作物生産を実現する農業資材の開発にもつながると期待されます。
5.掲載論文
著者:Takaya Tominaga, Kotomi Ueno, Hikaru Saito, Mayumi Egusa, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Hironori Kaminaka(富永貴哉、上野琴巳、斉藤光、江草真由美、山口勝司、重信秀治、上中弘典)
論文名:Monoterpene glucosides in Eustoma grandiflorum roots promote hyphal branching in arbuscular mycorrhizal fungi(トルコギキョウの根に蓄積するモノテルペン配糖体はアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐を促進する)
掲載誌:Plant Physiology (2023) (https://doi.org/10.1093/plphys/kiad482)
6.その他
本研究は、「科学技術振興機構研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)トライアウト」、「基礎生物学研究所共同利用研究」、「日本学術振興会特別研究員制度」の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
アーバスキュラー菌根菌:グロムス亜門に属する真菌。宿主植物の根の細胞内で樹枝状体(アーバスキュール)と呼ばれる高度に分岐した菌糸構造を形成することで、植物との養分交換効率を高めている。
ゲンチオピクロシドとスウェルチアマリン:古くから生薬として利用されるトウリンドウやセンブリなどのリンドウ科植物に含まれるモノテルペン配糖体で、抗菌活性や抗炎症作用をもつ。強い苦味を呈する物質としても知られる。
トルコギキョウ:北アメリカ中南部が原産地のリンドウ科植物。日本では品種改良が盛んで、様々な色や形の花を咲かせる品種が作出されている。形質転換も可能であり、近年は全ゲノム解読も完了したため、リンドウ科のモデル植物としての利用が期待される。
トランスクリプトーム解析:対象とする生物種の各遺伝子について、特定の条件下または細胞腫における発現量を網羅的に定量する技術。これにより、本研究ではジベレリン処理したトルコギキョウの根内で活性化する代謝経路の特定が可能となった。
根寄生雑草:近くの植物が放出したストリゴラクトンを認識して発芽し、自身の根と他の植物の根の維管束を連結して水や養分を奪う寄生植物のこと。アフリカ大陸では農作物に寄生することで甚大な経済被害をもたらすため、その防除が喫緊の課題となっている。
【問い合わせ先】
<研究内容>
鳥取大学農学部生命環境農学科 准教授 上中弘典
<報道担当>
鳥取大学総務企画部総務企画課広報企画室
基礎生物学研究所広報室