2023-09-27 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の脳神経内科 吉本武史医師、猪原匡史部長らの研究チームは、東アジアのもやもや病の創始者バリアント(注1)として同定され、日本人の約2.5%が保有するRNF213 p.R4810Kバリアントを保有している脳梗塞/一過性脳虚血発作患者が、本バリアントを保有していない脳梗塞/一過性脳虚血発作患者と比べて、甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO-Ab)(注2)が有意に上昇していることを明らかにしました。本研究結果は、日本時間2023年9月12日付でAtherosclerosisに掲載されました。
注1)創始者バリアント:
集団の最初の一人が有し、子孫集団中に広がったと考えられる遺伝子バリアントのこと。RNF213 p.R4810Kバリアントは、推定1万5千年前の中国、韓国、日本共通の祖先にまでにさかのぼることが判明しており、東アジアの歴史の中で広がっていった遺伝子バリアントです。
注2) 甲状腺ペルオキシダーゼ抗体:
甲状腺ホルモン合成に関わる酵素、ペルオキシダーゼに対する自己抗体です。抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体は、甲状腺細胞傷害性が認められており自己免疫性甲状腺疾患の病態に関与します。
■背景
東アジアのもやもや病の創始者バリアントとして同定されたRNF213 p.R4810Kバリアントは、日本人の約2.5%が保有する遺伝子バリアントです。近年、報告された大規模コホート研究(注3)では、日本人46,958名を対象に同バリアントを調べた結果、日本人の脳梗塞の強力なリスク遺伝子と判明していました(全虚血性脳卒中のオッズ比1.91)。このバリアントは、脳梗塞に加え、一過性脳虚血発作、冠痙攣性狭心症や肺高血圧症などと関連しており、RNF213関連血管症という新しい疾患概念につながっています。しかしながら、本バリアント保因者が全例、上記の疾患を発症するわけではなく、発症に寄与する因子がさらに存在する可能性が示唆されてきました。
TPO-Abは、もやもや病や冠痙攣性狭心症との関連がこれまで報告されており、RNF213関連血管症を発症する因子の一つとして関与している可能性があります。さらに、TPO-Abは頭蓋内動脈狭窄におけるネガティブリモデリング(注4)との関連も報告されています。以上より、脳梗塞/一過性脳虚血発作患者のTPO-Ab値は、RNF213 p.R4810Kバリアント非保有者よりも保有者の方が高い可能性があるのではないかという仮説を立てました。
本研究の目的は、前向き多施設観察研究であるNational Cerebral and Cardiovascular Center(NCVC)ゲノムレジストリを用いて、脳梗塞/一過性脳虚血発作の既往を有するRNF213 p.R4810Kバリアント保有者と非保有者のTPO-Ab値を比較し、本バリアントとTPO-Abの関連を明らかにすることとしました。
注3)Circulation. 2019 Jan 8;139(2):295-298.
注4)ネガティブリモデリングは、ある血管が狭窄するイメージの通り,プラークが外側に進展せずに徐々に血管外腔とともに内腔を狭窄していく機序を指します.
■研究手法と成果
多施設共同前向き観察研究であるNCVCゲノムレジストリに登録され、RNF213 p.R4810Kバリアント解析の同意の取得が得られた、発症後1週間以内に入院した脳梗塞/一過性脳虚血発作患者を対象とし、もやもや病または出血性脳卒中患者は除外しました。本バリアントの有無で分類し、患者背景およびTPO-Ab値を両群間で比較しました。RNF213 p.R4810Kバリアントは、完全自動遺伝子解析システム(GTS-7000; Shimadzu Corporation, Kyoto, Japan, or LightCycler 96; Roche, Basel, Switzerland)で測定し、ヘテロ型(G/A)を保有群、野生型(G/G)を非保有群としました。
対象は、2,090例の脳梗塞/一過性脳虚血発作患者(女性733例、年齢中央値74歳)で、そのうち、85例(4.1%)がバリアント保有者でした。TPO-Ab値の中央値はバリアント保有者で有意に高く(8.5 IU/mL vs 2.1 IU/mL、P<0.01)、TPO-Ab値上昇(>16 IU/mL)の頻度も有意に高い結果でした(27.1% vs 4.4%)。多変量解析では、本バリアントの存在(調整オッズ比、12.42;95%信頼区間、6.23-24.75)がTPO-Ab値の上昇と有意に関連していました。
■今後の展望と課題
TPO-Ab値の上昇は、RNF213 p.R4810Kバリアント保有者における脳梗塞/一過性脳虚血発作の発症に関連している可能性があります。したがって、TPO-Ab値を下げる免疫吸着療法などの免疫学的介入が、RNF213血管症の発症予防に有効か検証が必要になってくる可能性があります。
■発表論文情報
著者:吉本武史、石山浩之、服部頼都、西村邦宏、岡田陽子、渡邉英明、大八木保政、赤岩靖久、宮本智之、川本未知、一條真彦、井上裕康、松川則之、水野敏樹、松山裕文、冨本秀和、川上大輔、豊田一則、古賀政利、猪原匡史
題名:Association of Thyroid Peroxidase Antibody with the RNF213 p.R4810K Variant in Ischemic Stroke/Transient Ischemic Attack
掲載誌:Atherosclerosis
■謝辞
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「東アジア特有の高血圧・脳梗塞リスクRNF213p.R4810Kバリアントの迅速判定法の確立と判定拠点の構築」、公益財団法人先進医薬研究振興財団およびNPO法人日本脳神経血管内治療学会助成研究により資金的支援を受け実施されました。
図: 脳梗塞/一過性脳虚血発作発症例におけるRNF213 p.R4810Kバリアントと甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の関連
本研究では、脳梗塞/一過性脳虚血発作患者において、RNF213 p.R4810KバリアントとTPO-Ab値上昇との有意な関連が示されました。
【報道機関からの問い合わせ先】
国立循環器病研究センター企画経営部広報企画室