日本人の腸内微生物叢・ヒトゲノム・血中代謝物の関連が明らかに~日本人集団初の大規模データベースを構築~

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2023-11-07 大阪大学

研究成果のポイント
  • メタゲノムショットガンシークエンスを利用して、423種の腸内細菌についてゲノムワイド関連解析を実施し、特定の腸内細菌の量と関連を持つ遺伝子多型を複数同定した。
  • A型血液型抗原を構成するN-アセチルガラクトサミンの代謝に関与する腸内微生物由来遺伝子がA型血液型の個人の腸内において比較的多いことを発見した。
  • 胆汁酸の代謝に関与する微生物由来遺伝子を含む腸内微生物叢関連の特徴量と複数種類の血中胆汁酸との関連を示した。
概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生(研究当時)の友藤嘉彦さん(遺伝統計学)、岸川敏博 特任助教(研究当時、遺伝統計学)、岡田随象 教授(遺伝統計学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー/東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授)らの研究グループは、メタゲノムショットガンシークエンシングやマススペクトロメトリーを用いて、日本人集団最大524名を対象に、腸内微生物叢情報、ヒトゲノム情報、血中代謝物情報からなるマルチオミクス情報を構築しました。そして、構築したマルチオミクス情報を用いて、オミクスデータ間の関連を網羅的に探索しました。

研究グループは、ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association analysis; GWAS)によって、腸内細菌とヒトゲノムとの関連を網羅的に探索し、腸内細菌と関連する遺伝子多型を複数同定しました。また、腸内微生物由来遺伝子とヒトゲノムとの関連を網羅的に探索し、ABO血液型を規定する遺伝子多型と、A型血液型抗原を構成するN-アセチルガラクトサミンの代謝に関わる微生物由来遺伝子であるagaE及びagaSとの関連を同定しました。

腸内細菌と血中代謝物との関連を網羅的に探索したところ、胆汁酸と複数種の腸内細菌とが関連を持っていることが明らかになりました。さらに、腸内微生物由来遺伝子と血中代謝物との関連を網羅的に探索したところ、胆汁酸代謝に関与する微生物由来遺伝子が血中の胆汁酸の量と関連を持っていることがわかりました。

本研究成果によって、日本人における腸内微生物叢・ヒトゲノム・血中代謝物の関連が初めて網羅的に明らかになりました。本研究で構築された網羅的なデータベースは公共データベースとして公開されており、今後の医学・生物学研究の発展に資すると期待されます。

研究の背景

我々の腸内には、細菌やウイルスなど、数多くの微生物が存在し、腸内微生物叢を構成しています。腸内微生物叢は免疫反応や代謝応答を介して宿主と相互作用することが知られており、自己免疫疾患、代謝疾患、悪性腫瘍など、多くの疾患に腸内微生物叢が関与しています。しかしながら、腸内微生物叢と宿主の相互作用について、その全容は明らかになっていませんでした。

腸内微生物叢と宿主との相互作用にはヒトゲノムの個人差が影響することが知られています。しかしながら、先行研究の多くでは16SリボソームRNA解析によって腸内微生物叢データを取得しており、細菌の系統情報の解像度が低い、微生物由来遺伝子の情報が手に入らない、などの制約がありました。また、腸内微生物叢・ヒトゲノムには人種集団間での差があるものの、先行研究の多くがヨーロッパ人集団における研究であり、他の民族集団を対象とした研究が求められていました。

血中代謝物も腸内微生物叢と宿主との相互作用に寄与することが知られていました。一方で、ゲノム–腸内細菌叢関連解析と同様に、先行研究の殆どがヨーロッパ人集団を対象としており、16SリボソームRNA解析によって腸内微生物叢データを取得しているという制約がありました。特に、菌種の情報のみを用いた腸内微生物叢–血中代謝物では関連の機序を推察するのがしばしば困難であり、腸内微生物叢について、遺伝子などの機能単位で評価を行うことが求められていました。

メタゲノムショットガンシークエンシングは腸内微生物叢から得られる全てのゲノム情報(メタゲノム)をハイスループットシークエンサーによって配列決定する手法であり、16SリボソームRNA解析と比較して、菌種情報の解像度が高い、遺伝子・パスウェイなどの機能的な情報も手に入るといった利点があります。腸内微生物叢と宿主の関連を探索する際にも、メタゲノムショットガンシークエンシングの活用が望ましいと考えられていますが、バイオインフォマティクス解析の煩雑さやシークエンシングコストの高さが問題となり、メタゲノムショットガンシークエンシングの活用は十分に進んでいません。

本研究の成果

今回、研究グループは、日本人集団524名の腸内微生物叢をメタゲノムショットガンシークエンシングによって評価し、菌量に加えて、微生物由来遺伝子や生物学的パスウェイについて定量化を行いました。さらに宿主側の情報として、ヒトゲノム情報を全ゲノムシークエンシング及びSNPアレイで、血中代謝物情報をマススペクトロメトリーで取得し、腸内微生物叢関連特徴量との関連解析を行いました。

まず、ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association analysis; GWAS)によって、423種の腸内細菌の量とヒトゲノム配列全域の多数の遺伝子多型との関連を網羅的に探索しました。その結果、PDE1C遺伝子領域にある遺伝子多型とBacteroides intestinalisとの関連及び、TGIF2/TGIF2-RAB5IF遺伝子領域にある遺伝子多型とBacteroides acidifiaciensとの関連が同定されました(図1)。特に、PDE1C遺伝子領域にあるBacteroides intestinalis関連遺伝子多型はヨーロッパ人集団中での頻度が極めて低い遺伝子多型であり、ヨーロッパ人以外の人種集団でも解析を行うことの重要性を示唆する結果でした。

日本人の腸内微生物叢・ヒトゲノム・血中代謝物の関連が明らかに~日本人集団初の大規模データベースを構築~

図1. 423種の腸内細菌のGWAS結果から作成したマンハッタンプロット。各点は菌種と遺伝子多型のペアに対応する。

また、4,644個の腸内微生物由来遺伝子とゲノムワイドな遺伝子多型との関連を網羅的に探索したところ、ABO遺伝子領域にある遺伝子多型と、A型血液型抗原を構成するN-アセチルガラクトサミンの代謝に関わる微生物由来遺伝子であるagaE及びagaSとの関連が同定されました。ABO血液型はABO遺伝子領域にある複数の遺伝子多型によって決定されるため、遺伝子多型情報から個人のABO血液型情報を決定することができます。そこで、遺伝子多型情報から決定したABO血液型情報とagaE及びagaS遺伝子との関連を評価したところ、agaE及びagaSはA型の個人において比較的多いことがわかりました。ABO血液型抗原は腸管内に分泌されていることが知られており、血液型がA型の個人では、B型やO型の個人と比べて、腸内におけるN-アセチルガラクトサミンの量が多くなっていると考えられます。その結果としてA型の個人の腸内では、N-アセチルガラクトサミンを利用できる細菌の量が増えているのではないかと推察されました(図2)。興味深いことに、agaEagaS遺伝子を持つ細菌の中には、Collinsella属やEscherichia属など、過去に疾患との関連が報告されている菌が含まれていました。ABO血液型は一部の疾患と関連することが知られており、今後、ABO血液型・腸内細菌叢・疾患の関連の解明が期待されます。

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図2. A血液型の人の腸内に分泌されるABO血液型抗原の糖鎖修飾にはN-アセチルガラクトサミンが含まれている。そして、A血液型の人の腸内では、N-アセチルガラクトサミンの代謝に関与する微生物由来遺伝子、agaEagaSが増加している。

最後に、腸内細菌と363種類の血中代謝物との関連を網羅的に探索したところ、胆汁酸と多くの腸内細菌とが関連を持っていました。このことは、胆汁酸が腸内細菌に対して傷害性を持っていること、そして一次胆汁酸から二次胆汁酸への代謝を腸内細菌が担っていることを反映していると考えられました(図3)。さらに、腸内微生物由来遺伝子と血中代謝物との関連を網羅的に探索したところ、胆汁酸代謝に関連する微生物由来遺伝子であるbai遺伝子群や7β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ遺伝子が胆汁酸と関連を持っており、腸内細菌による一次胆汁酸から二次胆汁酸への代謝の個人差が、血中に存在する胆汁酸の個人差にも関連している可能性が示唆されました。以上のように、腸内微生物叢を遺伝子単位で評価することによって、腸内微生物叢–血中代謝物間の関連について機能的な解釈を行うことが可能になりました。

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図3. 腸内微生物関連特徴量と血中代謝物との関連を表すネットワーク図。ノード(点)は腸内微生物関連特徴量または血中代謝物を指し、エッジ(線)は関連を示す。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果によって、日本人における腸内微生物叢・ヒトゲノム・血中代謝物の関連が明らかになりました。また、本研究によって、ヨーロッパ人集団以外の人種集団で解析を行うことや、16SリボソームRNA解析ではなくメタゲノムショットガンシークエンシング解析を行うことの重要性が実証され、今後の腸内微生物叢研究の対象集団の多様化・データの深化に寄与すると期待されます。本研究で構築された包括的なデータベースは公共データベースとして公開されており、今後、宿主因子・腸内微生物叢・疾患の相互作用を探索していく上で、基礎的な研究資源になると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年11月7日(火)午前1時(日本時間)に英国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Integrated analysis of gut microbiome, host genetics, and plasma metabolites reveals gut microbiome–host interactions in the Japanese population”
【著者名】Yoshihiko Tomofuji1,2,3,4#*, Toshihiro Kishikawa1,5,6#, Kyuto Sonehara1,2,3,4, Yuichi Maeda3,7,8, Kotaro Ogawa9, Shuhei Kawabata10, Eri Oguro-Igashira7,8, Tatsusada Okuno9, Takuro Nii7,8, Makoto Kinoshita9, Masatoshi Takagaki10, Kenichi Yamamoto1,11,12, Noriko Arase13, Mayu Yagita-Sakamaki7,8, Akiko Hosokawa9,14, Daisuke Motooka3,15, Yuki Matsumoto15, Hidetoshi Matsuoka16, Maiko Yoshimura16, Shiro Ohshima16, Shota

Nakamura3,15,17, Manabu Fujimoto13,17, Hidenori Inohara5, Haruhiko Kishima10, Hideki Mochizuki9, Kiyoshi Takeda8,17,18, Atsushi Kumanogoh3,7, 17,19, Yukinori Okada1,2,3,4,12,17,20*
(#共同筆頭著者、*共同責任著者)
【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
  2. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
  3. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
  4. 東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学
  5. 大阪大学 大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
  6. 愛知県がんセンター 頭頸部外科部
  7. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  8. 大阪大学 大学院医学系研究科 免疫制御学
  9. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学
  10. 大阪大学 大学院医学系研究科 脳神経外科学
  11. 大阪大学  大学院医学系研究科 小児科学
  12. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
  13. 大阪大学 大学院医学系研究科 皮膚科学
  14. 吹田市民病院 脳神経内科
  15. 大阪大学 微生物病研究所 感染症メタゲノム研究分野
  16. 大阪南医療センター リウマチ・膠原病・ アレルギー科
  17. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
  18. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)
  19. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
  20. 大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)

DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.113324

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業FORCE「メタゲノムワイド関連解析による疾患特異的微生物叢解明と個別化医療実装」及びゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発(GRIFIN)「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」、日本学術振興会(JSPS)科研費「統合シークエンス解析による免疫アレルギー疾患ダイナミクスの解明」、の一環として行われ、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)、大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)、大阪大学ワクチン拠点先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブ、武田科学振興財団の協力を得て行われました。

この研究についてひとこと

本研究では、メタゲノムショットガンシークエンシングを活用して、腸内微生物叢・ヒトゲノム・血中代謝物の関連を網羅的に評価しました。本研究成果が多くの研究者たちによって活用され、医学・生物学研究の今後の発展につながることを、心より願っております。本研究は大阪大学医学部附属病院や関連施設より提供していただいたサンプルを用いることで達成することができました。全ての共同研究者や研究支援機構、並びにサンプルを提供してくださった方々に深く感謝を申し上げます。(友藤嘉彦さん)


メタゲノムショットガンシークエンシング
微生物の全ゲノムDNAを短いDNA鎖に切断してライブラリを作成し、次世代シークエンサーによって配列決定する手法。

マススペクトロメトリー
質量分析法ともいい、血中代謝物などの物質をイオン化して加速し、電場や磁場の中を移動させ、各イオン種の質量・電荷に基づいたスペクトルを得ることで、物質の検出、同定、定量化を行う手法。

腸内微生物叢
宿主であるヒトや動物と共生関係にある多種多様な腸内微生物の集まり。

マルチオミクス情報
生体内の特定の機能分子についての網羅的なデータをオミクス情報と呼び、複数の機能分子についての網羅的なデータがある場合に、マルチオミクス情報と呼ぶ。

ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study; GWAS)
ヒトゲノム全体にわたって存在する遺伝子多型と特定の疾患・形質との間の関連を網羅的に探索する手法。

遺伝子多型
遺伝子を構成している塩基配列の個体差。一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNP)などが代表的。

ABO血液型
血液型の分類の一つで、A型、B型、O型、AB型の4つに分けることができる。赤血球表面にある抗原の種類によって規定される。

N-アセチルガラクトサミン
ガラクトサミンのN-アセチル体であり、単糖の一種。A型の血液型抗原に含まれる糖鎖を構成している。

胆汁酸
胆汁に含まれる有機化合物で、脂質の吸収に関与する。一次胆汁酸は肝臓においてコレステロールから合成される。そのうちの一部は腸管内において腸内細菌によって二次胆汁酸に変換される。

自己免疫疾患
本来は病原体から身体を守るための免疫系が、誤って自分の組織を攻撃してしまうことで発症する疾患の総称。

16SリボソームRNA解析
細菌のマーカー遺伝子である16SリボソームRNA遺伝子をPCR法によって増幅し、増幅されたDNAをハイスループットシークエンサーで配列決定する手法。

ハイスループットシークエンサー
数千から数百万ものDNA分子を同時に配列決定する装置。

全ゲノムシークエンシング
生物のゲノム全体をハイスループットシークエンサーを用いてシークエンスし塩基配列を決定する手法。

SNPアレイ
チップ上に敷き詰められた、プローブと呼ばれる塩基の違いを検出するDNA断片を用いて、一度に多くの遺伝子多型のジェノタイピングを行う手法。

医療・健康
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