2023-11-03 東京都医学総合研究所
脳機能再建プロジェクトの菅原 翔 主席研究員らは、自然科学研究機構生理学研究所 心理生理学研究部門の定藤 規弘 教授(兼任)らと共同で、「中脳皮質系の準備活動は意欲が高まった状況での反応開始ではなく力の強さと関連する」を発表しました。意欲に関連した腹側中脳と呼ばれる脳の部位の活動が、発揮される力の強さとより密接に関連することを明らかにしました。
本研究成果は、競技スポーツ場面などで運動パフォーマンスを向上させたい人々へのメンタルトレーニング法の提案や、気分障害やパーキンソン病での意欲低下に伴う運動障害の理解と治療戦略開発へつながることが期待できます。
この研究成果は、2023年10月9日(月)に、英国科学雑誌「Cerebral Cortex」のオンライン版に掲載されました。
- <論文名>
- “Premovement activity in the mesocortical system links peak force but not initiation of force generation under incentive motivation”
(中脳皮質路の運動準備活動は動機づけられた状況での力生成の開始でなく最大発揮力と関連する) - <発表雑誌>
- Cerebral Cortex
DOI:https://doi.org/10.1093/cercor/bhad376
発表のポイント
- ドーパミン細胞が集まる腹側中脳と運動関連領野を結ぶ中脳皮質系が、意欲を発揮する力へと繋げる役割を担うことを見出しました。
- 意欲が高いほど運動を準備している際に中脳皮質系が強く賦活し、運動した際に意図せずとも強い力を発揮させることがわかりました。
研究の背景
意欲に応じて運動パフォーマンスが高まることはよく知られています。例えば、成果に対して賞金がもらえると期待する場面では意欲が高まり、より素早く反応することができるようになります。そのため、反応の速さは意欲の指標として多くの研究で用いられてきました。
意欲はドーパミン細胞の集まる腹側中脳の活動と関連することが、多くの動物実験とヒト脳機能イメージング実験によって示唆されています。
この2つの別々の事実から、得てして、意欲が高い時にドーパミン細胞の活動が、それが素早く反応できるようにさせているというように理解がされていました。しかし、意欲と関連する腹側中脳の活動が運動パフォーマンスとどのような関係にあるのかは明らかにされていませんでした(図1)。
図1. 意欲と身体運動を繋ぐ神経経路はよく分かっていなかった。
研究の説明と成果
我々の研究グループでは、短距離走を模し「よーい・ドン」で素早く握力計を握る行動課題を作成し、意欲と運動パフォーマンスを繋ぐ脳領域を調べる研究を、ヒトを対象として実施しました。参加者の意欲水準と運動パフォーマンスとの関連性を評価するため、素早い反応に対して与えられる賞金額(500円・50円・0円)を「よーい」のタイミングで伝え、その直後に素早く握る反応してもらいました(図2A)。その結果、これまでの研究で示されてきた通り、期待する賞金額が大きいほど握る反応時間は速くなりました。一方で、素早く握ることしか求めてないにも関わらず、賞金とは関係ない握る強さも賞金額が大きいほど強くなりました(図2B)。つまり、意欲水準は反応の速さに加えて、発揮する力の強さにも影響することがわかりました。しかしながら、必ずしも反応が早い時に、強い力が出るというわけではなく、この結果は反応の速さと力を出す度合いの制御は独立した神経メカニズムがあることを示唆するものでした(図2C)。
図2.「よーい・ドン」で握る行動課題では、意欲に応じて反応の速さも強さも変わる。
このような、意欲水準によって左右される運動パフォーマンスの神経メカニズムを明らかにするために、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で脳活動を計測しました。その結果、「よーい」のタイミングでの意欲を司る腹側中脳と運動の実行を司る一次運動野などの運動関連領域の活動は、期待する賞金額が大きいほど強くなっており、この中脳と皮質を繋ぐ中脳皮質系の活動は意欲水準を反映していることが分かりました。(図3A)。次に、運動パフォーマンスを説明できる脳領域を明らかにするために、「よーい」のタイミングで生じるこれらの運動準備活動と、その後の「ドン」のタイミングで発揮される運動パフォーマンスがどのような関係にあるかを調べました。結果として、運動を実行する前の運動準備状態での一次運動野の活動は反応の速さと力の強さの両方と関連する一方、腹側中脳は力の強さとだけ関係することがわかりました(図3B)。これまで、多くの研究が意欲と腹側中脳活動と関連性を示しており、その意欲の指標として反応の速さを用いていました。しかしながら、本研究から、
図3.「よーい・ドン」で握る行動課題では、意欲に応じて反応の速さも強さも変わる。
反応の速さは意欲水準と関連していたけれども、反応の速さは腹側中脳の活動とは関係がないことが明らかになりました(図4A)。一方で、本研究では、腹側中脳と一次運動野を結ぶ中脳皮質系の活動は意欲水準とは直接関係ない力の強さと密接に関係することを初めて明らかにしました(図4B)。この結果は、運動を実行する際に、中脳皮質系が心の有り様によって、意図せずに力を発揮する度合いを制御していることを示しています。
図4.中脳皮質系は意欲を力強さに繋げる神経回路。
この研究成果が社会に与える影響
中脳皮質系が意図しない力の強さと関連するという発見は、意欲などの心の有り様が意図せず強い力を発揮させる「火事場の馬鹿力」の神経経路を明らかにするものです。本研究で得られた知見は、運動パフォーマンス向上を目的とするスポーツ選手の競技力向上を目的としたメンタルトレーニングの提案につながります。また、活動したいという意欲が低下してしまう気分障害や気分障害と運動障害を併発するパーキンソン病での症状理解や新たな治療戦略の開発につながることが期待できます。
本研究の主な助成事業
本研究は、ムーンショット型研究開発事業 (JPMJMS2023)、文部科学省研究費補助金 JSPS KAKENHI(18H04038, 18H05145, 18H05287, 18K13378, 18K19767, 21H00967)、生理学研究所共同利用研究費の支援を受けて行われました。