タンパク質分解酵素の働きを視る蛍光分子の新規モジュール型設計法を確立

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2023-12-21 東京工業大学

要点

  • カルボキシペプチダーゼを標的とした蛍光プローブの新規設計法を開発した。
  • 汎用性の高いモジュール型の分子設計により、さまざまなプローブの効率的開発が可能となった。
  • 手術中にがん部位を見つける診断薬や創薬スクリーニングへの応用が期待される。

開発した蛍光プローブの活性化メカニズム (発表論文より抜粋)

開発した蛍光プローブの活性化メカニズム (発表論文より抜粋)

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の神谷真子教授らと東京大学大学院 薬学系研究科の浦野泰照教授(兼:同大学大学院 医学系研究科)らのグループは、タンパク質分解酵素の一群であるカルボキシペプチダーゼ[用語1]を標的とした蛍光プローブ[用語2]の新たな分子設計法の開発に成功しました。本研究では、プロドラッグ[用語3]技術として知られるProtide[用語4]を応用したモジュール型の分子設計法を確立することで、蛍光波長や標的酵素、およびその反応性を自在に変化させたさまざまな蛍光プローブ群の効率的な開発を世界で初めて可能としました。本手法に基づき、CPM[用語5]やPSMA[用語6]に対する蛍光プローブを開発し、これらを用いて培養細胞や乳がん患者の外科的切除検体における標的酵素の活性を検出することに成功しました。

確立した分子設計を用いることで診断薬開発や創薬スクリーニングなどの目的に応じて最適な蛍光プローブの提供が可能となり、医学・生命科学研究に大きく貢献することが予想されます。

図1. 蛍光プローブの分子設計 (1)蛍光団、(2)リン原子上の置換基、(3)リンカーアミノ酸、(4)基質アミノ酸の各モジュールを組み合わせることで、所望の蛍光プローブを開発できる。

図1.. 蛍光プローブの分子設計
(1)蛍光団、(2)リン原子上の置換基、(3)リンカーアミノ酸、(4)基質アミノ酸の各モジュールを組み合わせることで、所望の蛍光プローブを開発できる。

研究成果

カルボキシペプチダーゼはタンパク質やペプチドのC末端のアミノ酸を認識して切断する酵素群の総称であり、生体内で重要な役割を担っています。加えて、がんや高血圧などの疾患との関与が報告されていることから、その活性を高感度で検出できる蛍光プローブの開発が期待されています。一方で、その設計の難しさからカルボキシペプチダーゼに対する蛍光プローブの報告例は過去当グループで開発したものを含めても非常に限られており、特に目的に応じてその特性を柔軟に変化させられる汎用性の高い分子設計法はこれまで報告がありませんでした。

このような中で本研究では、プロドラッグ技術として知られるProtideの特徴的な活性化機構に着目し、これを応用した蛍光プローブの分子設計を行いました(図1)。これはプローブ分子を4つのモジュールに分割して考えることが可能なデザインであり、目的に応じた蛍光プローブの開発が可能となります。具体的には、蛍光団を適切に選択することでCPMの活性をそれぞれ青・緑・赤色の蛍光で検出できる一連のプローブ群の開発が可能であること(図2)、リン原子上の置換基を最適化することによりカルボキシペプチダーゼに対する反応性を調節することが可能であること、加えて、カルボキシペプチダーゼの認識に重要なペプチド部位を変換することでPSMAに対する蛍光プローブの開発が可能であることを明らかとしました。このように(1)蛍光波長、(2)酵素に対する反応性、(3)標的酵素といったパラメータを自在に変換できることは、所望の特性を有するプローブを効率的に開発できることを示しています。さらに、開発した塩基性カルボキシペプチダーゼ[用語7]の活性を検出可能な赤色蛍光プローブを乳がん患者の外科的切除検体に添加したところ、がん組織における塩基性カルボキシペプチダーゼの活性を蛍光で検出することが可能であることも明らかとなりました(図3)。

カルボキシペプチダーゼはその生体内での重要な役割から、診断薬や治療薬の標的となることが想定されます。本研究で確立したモジュール型の分子設計法に則りプローブを開発することで、手術中にがん部位を見つけるための新規診断薬開発や、その活性を調節する薬剤の効率的なスクリーニングへの応用が期待されます。加えて、カルボキシペプチダーゼに関するさまざまな基礎研究の発展に資するツール分子となることも期待されます。

図2 異なる蛍光波長のプローブ群の創製 a) 本研究で開発したCPMなどの塩基性カルボキシペプチダーゼ活性を検出する青、緑、赤色蛍光プローブの一例。蛍光団のモジュールを変更することでプローブの蛍光色を変化させることができる。b) 開発した緑色および赤色プローブによるMDCK細胞におけるCPM活性のイメージング。青色はHochestによる核染色。

図2. 異なる蛍光波長のプローブ群の創製
a) 本研究で開発したCPMなどの塩基性カルボキシペプチダーゼ活性を検出する青、緑、赤色蛍光プローブの一例。蛍光団のモジュールを変更することでプローブの蛍光色を変化させることができる。
b) 開発した緑色および赤色プローブによるMDCK細胞におけるCPM活性のイメージング。青色はHochestによる核染色。

図3 乳がん検体における塩基性カルボキシペプチダーゼ活性の検出 赤色塩基性カルボキシペプチダーゼ蛍光プローブThPSiR-Bn-eaSoul-ARを用いた乳がん検体におけるイメージング。がん組織における塩基性カルボキシペプチダーゼの活性を赤色蛍光で検出している。

図3. 乳がん検体における塩基性カルボキシペプチダーゼ活性の検出
赤色塩基性カルボキシペプチダーゼ蛍光プローブThPSiR-Bn-eaSoul-ARを用いた乳がん検体におけるイメージング。がん組織における塩基性カルボキシペプチダーゼの活性を赤色蛍光で検出している。

関連情報:
微小な前立腺がんを術中にその場で光らせて検出する 前立腺がんの迅速蛍光可視化プローブの開発|東京大学(External site)(2019/9/6)
発表者・研究者等情報

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
神谷真子 教授

東京大学 大学院薬学系研究科
浦野泰照 教授 兼:同大学大学院医学系研究科
栗木優五 研究当時:博士課程
曽川マリー 研究当時:学士課程

研究助成

本研究は、AMED(JP19gm0710008)、JST未来社会創造事業(JPMJMI21G5)、JSTムーンショット型研究開発事業ミレニア・プログラム(JPMJMS2022-12)、科学研究費助成事業(JP19H05632、JP20H05724、JP22H02193)、JSPS研究拠点形成事業(JPJSCCA20170007、JPJSCCA20230006)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR221M)、内藤財団、三菱財団、第一三共生命科学研究振興財団、アステラス病態代謝研究会、セコム科学技術振興財団の支援により実施されました。

用語説明

[用語1] カルボキシペプチダーゼ : タンパク質やペプチドのC末端に存在するアミノ酸を認識し、加水分解する酵素の総称。

[用語2] 蛍光プローブ : 分析対象と反応することでその蛍光特性が変化し、分析対象を蛍光で検出することができる分子の総称。

[用語3] プロドラッグ : 生体内で代謝され薬効を発揮するようになる薬物のこと。

[用語4] Protide : ヌクレオチド誘導体の細胞膜透過性を向上させるためのプロドラッグ技術。一部の抗ウイルス薬などに使用されている。

[用語5] CPM : カルボキシペプチダーゼM。主に細胞膜上に存在するカルボキシペプチダーゼの一種であり、タンパク質やペプチドのC末端のアルギニンやリジンといった塩基性アミノ酸を認識して切断する活性を有する。

[用語6] PSMA : Prostate Specific Membrane Antigen(前立腺がん特異的膜抗原)。前立腺がん細胞で発現が亢進しているカルボキシペプチダーゼの一種であり、タンパク質やペプチドのC末端に存在するグルタミン酸を認識して切断する活性を有する。

[用語7] 塩基性カルボキシペプチダーゼ : CPMのように、C末端のアルギニンやリジンといった塩基性アミノ酸を基質として好むカルボキシペプチダーゼ群の総称。

論文情報

掲載誌 :Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :Modular design platform for activatable fluorescence probes targeting carboxypeptidases based on ProTide chemistry
著者 :Yugo Kuriki, Mari Sogawa, Toru Komatsu, Minoru Kawatani, Hiroyoshi Fujioka, Kyohhei Fujita, Tasuku Ueno, Kenjiro Hanaoka, Ryosuke Kojima, Rumi Hino, Hiroki Ueo, Hiroaki Ueo, Mako Kamiya*, Yasuteru Urano*
DOI :10.1021/jacs.3c10086

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有機化学・薬学
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