卵を産む哺乳類の色覚の進化を解明~昼も夜も活動するハリモグラの見ている世界~

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2024-01-22 北海道大学,東京大学

発表のポイント

◆卵を産む哺乳類のカモノハシとハリモグラが他の哺乳類とは異なる色覚の仕組みを持つことを解明。

◆カモノハシとハリモグラの間に、さらに異なる色覚が進化していることを明示。

◆ハリモグラは昼も夜も等しく活動しており、色覚進化が関係している可能性。

概要

北海道大学大学院地球環境科学研究院の早川卓志助教、同大学大学院環境科学院の阪本詩乃氏と江澤拓海氏(両氏とも2021年度修士課程修了)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の河村正二教授と松下裕香客員共同研究員、明治大学農学部の糸井川壮大・日本学術振興会特別研究員らの研究グループは、名古屋市東山動物園、アデレード大学、浙江大学、BGI研究所との国際共同研究チームを作り、卵を産む哺乳類であるカモノハシとハリモグラの色覚に種差があることを解明しました。

オーストラリアに生息するカモノハシとハリモグラは、卵を産むこと以外にも興味深い特徴を持ちます。カモノハシは水中生活を送り電気感覚を持つ一方で、ハリモグラは陸生で身を守る大量の針を背部に持つという、ユニークな特徴をそれぞれ進化させています。さらに本研究グループは、2021年に発表された両種の全ゲノム配列を解析して、両種は異なる嗅覚と味覚を持つことも明らかにしています。加えて、今回の新たな研究では、色覚にも種差があることを示しました。

色覚は、光の波長構成の違いを色の違いとして感知します。ヒトは感受波長域の異なる3種類の色覚センサー(色覚オプシン)を持ちますが、カモノハシとハリモグラは短波長側(“青”側)と長波長側(“赤”側)の2種類の色覚オプシンにより色を見分けます。色覚オプシンの解析の結果、両種の吸収極大波長は10ナノメートル程度ずれており、カモノハシはより”青側”に、ハリモグラはより”赤側”に偏っていました。ハリモグラを動物園で観察したところ、昼も夜も関係なく活動しており、昼行性でも夜行性でもない周日行性という生態を持つことが分かりました。水中生活するカモノハシに対し、ハリモグラの陸生で周日行性という特殊な生態が色覚の違いに関係していると考えられます。

なお、本研究成果は、2024年1月2日(火)公開の動物学の専門誌であるZoological Letters誌に掲載されました。

発表内容

【背景と研究手法】
色覚は脊椎動物と節足動物の多くに備わる重要な感覚です。光の波長が短いほど青っぽく、波長が長いほど赤っぽく、中間的な波長では緑や黄などをヒトは感じます。これは短波長、中波長、長波長の感受波長域を持つ3種類の色覚センサー(色覚オプシン)が眼球の網膜にあるためです。これを三色型色覚といい、類人猿やオナガザル類、中南米やマダガスカルの一部のサル類など、多くの霊長類に見られる特徴です。一方、他のほとんどの哺乳類は、短波長と長波長のみの2種類の色覚オプシンによる二色型色覚です。もともと脊椎動物の祖先は四色型色覚でしたが、夜行性であった哺乳類の祖先が、暗い夜間での活動に高度な色覚を必要としなくなり、薄明視に適した二色型色覚へと「進化」したと考えられています。一部の霊長類が三色型色覚になったのは、中生代の終わりに昼行性へと進化して色覚の必要性が増したからです。

二色型や三色型や四色型の違いは色覚オプシンのタンパク質の種類数に対応します(図1)。

卵を産む哺乳類の色覚の進化を解明~昼も夜も活動するハリモグラの見ている世界~
図1. 脊椎動物の祖先はSWS1、SWS2、RH2、LWSの4種類の色覚オプシンを持っていた。胎生哺乳類(有胎盤類と有袋類)ではSWS2とRH2が失われた一方で、卵生哺乳類(単孔類)ではSWS1とRH2が失われた。なお、ヒトではLWSが重複して三色型色覚になった。


短波長側から長波長側へ、SWS1、SWS2、RH2、LWSという四つの色覚オプシンがあります。まず哺乳類の共通祖先で、四つの色覚オプシンのうちRH2を失い、三色型色覚となったと考えられています。そして、胎生哺乳類(有胎盤類と有袋類)ではさらにSWS2を失い、SWS1とLWSの2種類が残って二色型色覚となりました。

興味深いのは、卵生哺乳類(単孔類)であるカモノハシとハリモグラです(図2)。

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図2. 水中生活をするカモノハシ(左)と陸上生活をするハリモグラ(右)。見た目や生態は全く異なるが、ともに卵を産む哺乳類。


オーストラリアとパプア島にのみ生息するユニークな哺乳類です。カモノハシとハリモグラも二色型色覚ですが、持っている色覚オプシンはSWS2とLWSです。つまり、胎生哺乳類が持つSWS1を失い、代わりにSWS2は残すという独自の進化によって二色型色覚になりました。単孔類の祖先は池や川で生活する半水生の動物だったと考えられており、池や川のような多少の濁りのある水では長波長側の光が透過しやすいため、SWS1よりは長波長側のSWS2が選択された可能性があります。

単孔類はカモノハシとハリモグラの二つのグループしかいませんが、両種は姿も生活も全く違います。カモノハシは池や川に生息する半水生動物で、水かきで泳ぎながら、発達した電気感覚を使って水底のエビやザリガニなどを捕食します。一方でハリモグラは陸生動物で、発達した嗅覚や聴覚を使ってアリやシロアリの巣を探し、土を掘り、食べます。背部には無数の針があり、天敵から身を守っています。

遺伝子レベルでも両種が異なることを、これまでに早川助教らの研究グループは発見してきました。2021年にカモノハシとハリモグラの高精度な全ゲノム配列が決定され、嗅覚受容体の遺伝子を調べたところ、においを感じる主嗅覚の遺伝子はハリモグラが圧倒的に多いのに対し、フェロモンを感じる副嗅覚の遺伝子はカモノハシの方が多いことが分かりました(【関連するプレスリリース】①参照)。また、味覚についても異なり、カモノハシの苦味受容体遺伝子は多くの苦味物質を感じられるのに対し、ハリモグラの感じられる範囲は狭いことが分かりました(【関連するプレスリリース】②参照)。

嗅覚や味覚が遺伝子レベルで違うのなら、視覚についてはどうでしょうか。全ゲノム解析のおかげで、カモノハシとハリモグラのSWS2とLWSの遺伝子構造を決定することもできました。本研究では、両種のSWS2とLWSがどのような光の波長を吸収しているのかを、培養細胞を用いた実験で解析しました。さらに、単孔類がどのような光環境のもとで生活を送っているのか、飼育のハリモグラ2頭を1ヶ月間ビデオ撮影することで、活動時間について解析して、考察しました。

【研究成果】
培養細胞にカモノハシとハリモグラの色覚オプシンを発現させて、波長の光を吸収するかを調べました。その結果、カモノハシのSWS2とLWSの吸収極大波長は、ハリモグラのSWS2とLWSの吸収極大波長よりも、それぞれ10 nm(ナノメートル)ズレていることが分かりました(図3)。

2352fig3.png図3. SWS2もLWSも約10 nm、カモノハシとハリモグラでズレている。嗅覚、味覚とともに、両種の生態や形態の違いによって進化したものと考えられる。


つまり、カモノハシはハリモグラよりもより”青”側で世界を、逆に言えばハリモグラはカモノハシよりもより”赤”側で世界を、見ていることが分かりました。遺伝子の塩基配列に基づいた解析から、LWSの祖先型はハリモグラ的で、カモノハシの進化において短波長側にズレる進化が起きたと考えられました。

現生のカモノハシは、餌であるエビやザリガニを探すために、水底で泥を巻き上げます。そのため視覚が役に立たず、代わりに電気感覚を使います。しかし1300万年前のカモノハシの祖先であるオブドゥロドンは水底ではなく水中で餌を探していたため、目を開けて視覚に依存していたと考えられています。濁りの少ない水中では短波長側(“青側”)の光が使いやすいため、オブドゥロドンの時代に色覚オプシンが短波長側にズレる進化が起きたのではないかと考えられました。

ハリモグラについてはどうでしょうか。遺伝子配列の解析からハリモグラはカモノハシとの共通祖先から色覚を変化させていないと考えられました。ハリモグラの化石はほとんど発見されてないため、現生のハリモグラを観察することで考察しました。

名古屋市東山動物園の2頭のハリモグラの行動を、24時間、約1ヶ月間記録しました(図4)。

2352fig4.png図4. 2頭の飼育ハリモグラの行動観察(ビデオ分析)。昼も夜も関係なく活動していた。
2頭とも、昼も夜も関係なく活動していました(周日光性)。進化的に保存されているハリモグラの色覚は昼時間に使われ、一方、夜時間には優れた嗅覚を利用しているのではないかと考えられました。

【今後への期待】
研究グループは、嗅覚も、味覚も、視覚も両種で異なるという発見を続けてきました。カモノハシはダム開発などによって、ハリモグラは森林破壊などによって、生息地が奪われ、地域によっては絶滅が危惧されています。今後も日豪が連携して研究していくことは、両種の保全と未来に繋がっていくことでしょう。

【関係するプレスリリース】
①北海道大学・東京工業大学・日本モンキーセンター共同プレスリリース「カモノハシとハリモグラの全ゲノム解読に成功!~世界でたった2グループしかいない「卵を産む哺乳類」のゲノムの進化を解明~」
発表日:2021年1月19日(火)
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/01/2-48.html

②北海道大学・明治大学共同プレスリリース「卵を産む哺乳類カモノハシとハリモグラの苦味感覚を解明~恐竜時代から続く哺乳類の毒物に対する味覚の適応進化~」
発表日:2022年6月10日(金)
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/06/post-1058.html

論文情報

論文名:Color vision evolution in egg-laying mammals: Insights from visual photoreceptors and daily activities of Australian echidnas(卵を産む哺乳類における色覚の進化:オーストラリアのハリモグラの光受容体と活動時間)

著者名:阪本詩乃1、松下裕香2、糸井川壮大3、江澤拓海1、藤谷武史4、高倉健一郎4、Yang Zhou5、Guojie Zhang6、Frank Grutzner7、河村正二2、早川卓志8(1北海道大学大学院環境科学院、2東京大学大学院新領域創成科学研究科、3明治大学農学部、4名古屋市東山動植物園、5BGI研究所、6浙江大学医学院、7アデレード大学、8北海道大学大学院地球環境科学研究院)

雑誌名:Zoological Letters(動物学の専門誌)
DOI:10.1186/s40851-023-00224-7
公表日:2024年1月2日(火)(オンライン公開)

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

生物化学工学
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