ヌタウナギが明らかにする脊椎動物のゲノム進化~脊椎動物進化の大イベント「全ゲノム重複」の時期を特定~

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2024-01-29 理化学研究所,東北大学

理化学研究所(理研)開拓研究本部 倉谷形態進化研究室のフアン・パスクアル・アナヤ 客員研究員、生命機能科学研究センター 形態進化研究チームの上坂 将弘 客員研究員(東北大学大学院 生命科学研究科 助教)、倉谷 滋 チームリーダー(開拓研究本部 倉谷形態進化研究室 主任研究員)ら、7カ国40人以上から成る国際共同研究グループは、顎(あご)のない脊椎動物である円口類[1]の一種、ヌタウナギ[2]のゲノムを初めて解読し、脊椎動物の進化で生じた2回の全ゲノム重複[3]のタイミングを突き止めました。

本研究成果から、われわれヒトを含む脊椎動物がどのように進化してきたのか、その理解がさらに深まることが期待できます。

現生の脊椎動物は、ヒトなど顎を持つ顎口類(がっこうるい)と、ヌタウナギなど顎を持たない円口類に大別されます。両者はいずれも、祖先種のゲノム全体が重複し遺伝子が倍加する「全ゲノム重複」を複数回経て進化したと考えられています。

今回、国際共同研究グループは、日本近海に生息するヌタウナギのゲノムを詳細に決定し、脊椎動物のゲノム進化をより正確に解析しました。その結果、最初の全ゲノム重複が約5億3千万年前の初期カンブリア紀に、2回目の重複が、顎口類が円口類と分岐した後の約4億9千万年前に顎口類の共通祖先で起きたことが示されました。また、円口類では約5億年前にゲノムの3倍化が生じたことも明らかになりました。さらに、顎口類と円口類で起きたゲノム重複による進化への影響を調べたところ、顎口類ではゲノム重複が形態の多様性をもたらした可能性があるのに対し、円口類では、顎口類のような著しい形態の多様化は見られませんでした。これは、全ゲノム重複の形態進化への影響が予想以上に複雑であることを示唆する重要な知見です。

本研究は、科学雑誌『Nature Ecology & Evolution』オンライン版(1月12日付)に掲載されました。

ヌタウナギ(左)と脊椎動物進化における全ゲノム重複のタイミング(右)の図
ヌタウナギ(左)と脊椎動物進化における全ゲノム重複のタイミング(右)

背景

脊椎動物(脊椎や複雑な脳を持つ動物)は、ヒトから魚まで多様な種を含む大きな動物群です。私たち脊椎動物の進化的起源は5億年以上前のはるか昔にさかのぼるため、その初期進化には多くの謎が残されており、さまざまな研究が行われてきました。特に、生物の全遺伝情報であるゲノム情報が倍加する「全ゲノム重複」は、脊椎動物進化の初期に起きた大イベントとして注目されています。しかし、全ゲノム重複が起きた時期とその回数は、長い間論争の的となっていました。

脊椎動物進化の初期に何が起きたかを理解するためには、多様な脊椎動物のゲノム配列を比較することが有用なアプローチとなります。このアプローチにとって決定的に重要な動物が、脊椎動物進化の最初期に分岐した円口類に属するヌタウナギです。

ゲノム配列を決定する技術は年々進歩し、多くの生物種のゲノムが解読されているにもかかわらず、ヌタウナギのゲノムはこれまで解読されていませんでした。これは、ほとんどのヌタウナギが深海に生息するため入手が難しいことと、そのゲノム構造が非常に複雑であることが大きな理由として挙げられます。

しかし、日本には浅海性のヌタウナギ(Eptatretus burgeri)(図1)が生息しており、このヌタウナギを用いた進化研究を倉谷チームリーダーが推し進めていました。このような背景から、今回、パスクアル・アナヤ客員研究員が中心となり、世界7カ国の30以上の大学・研究機関から成る国際コンソーシアムを立ち上げ、初めてヌタウナギのゲノム解読を試みました。

顎のない脊椎動物、ヌタウナギの図
図1 顎のない脊椎動物、ヌタウナギ
ヌタウナギの成体と頭部の拡大写真。本研究で用いた個体は、島根県近海で採取した。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、日本産のヌタウナギの精子からDNAを抽出し、ゲノム配列の決定を行いました。ゲノム配列を高い解像度で決定するため、ヌタウナギのゲノム情報の400倍(同じ領域を400回読み返すことに相当)に当たるデータ量を生成しました。これらの大規模データに加え、染色体立体配座補足法(Hi-C法)[4]を用いることで、染色体レベルでヌタウナギゲノムの全体像を決定することにも成功しました。決定したヌタウナギのゲノムを活用することで、他の脊椎動物、例えば同じ円口類に属するヤツメウナギ、顎口類で最も古くに硬骨魚類と分岐した軟骨魚類サメといった、種々の脊椎動物のゲノムとの比較ができるようになり、これまでよりも正確にゲノム進化の歴史に迫ることが可能になりました。

これらの脊椎動物の詳細な比較解析の結果、脊椎動物進化における重要な論争であった「全ゲノム重複の回数とその進化的タイミング」が明らかになりました(図2)。まず、1回目の全ゲノム重複は全ての現生脊椎動物の共通祖先で生じ、そのタイミングは約5億3千万年前の初期カンブリア紀と推定されました。さらに、2回目の全ゲノム重複は、顎口類が円口類と分岐した後の約4億9千万年前(後期カンブリア紀~初期オルドビス期)に顎口類の共通祖先で起きたことが明らかになりました。また、円口類では約5億年前に、顎口類とは独立に全ゲノム重複が起こり、ゲノムの3倍化が生じたことも示されました。このそれぞれのグループで独自に起きたゲノム重複は、顎口類と円口類が持つ独自の獲得免疫系をはじめとする、両系統の重要な違いと関連しているかもしれません。

脊椎動物の進化の初期で起きた全ゲノム重複のタイミングの図
図2 脊椎動物の進化の初期で起きた全ゲノム重複のタイミング
本研究でゲノムを解読したヌタウナギを含む脊椎動物と、脊椎を持たない脊索動物ナメクジウオおよびホヤを姉妹群とした系統樹に、1回目の全ゲノム重複(緑)、顎口類に生じた2回目の全ゲノム重複(青)、円口類に生じた2回目の全ゲノム重複(オレンジ)のタイミングを示した。横軸は地質年代。


本研究ではさらに、入手が極めて困難なヌタウナギの胚(図3)を用いて、個体発生で働くゲノム領域の特定を試みました。ヌタウナギ胚は、世界でも理研の形態進化研究チームしか入手できていません。前述のように、顎口類と円口類はそれぞれ2回の全ゲノム重複を経験しています。顎口類では、全ゲノム重複で生じた重複遺伝子には発生過程で働くものが多く含まれていることが分かっています。またこのような重複遺伝子は、遺伝子当たりの制御領域(遺伝子発現を制御する配列)が多く、他の遺伝子よりも複雑な発現制御を受けています。ヌタウナギのゲノム情報と胚を用いた解析の結果、これらの顎口類の特徴はヌタウナギの遺伝子についても同様であったことから、ヌタウナギの個体発生で働く遺伝子も複雑なゲノム制御を受けていると考えられます(図4)。これは、顎口類と円口類で起きたそれぞれのゲノム重複が、ゲノム制御の観点から重要な進化的影響をもたらした可能性を示唆しています。

ヌタウナギの卵と発生胚の図
図3 ヌタウナギの卵と発生胚
実験室環境下で産卵されたヌタウナギの卵(左)と発生させたヌタウナギ胚(右)。

遺伝子当たりの遺伝子制御領域の数の比較の図
図4 遺伝子当たりの遺伝子制御領域の数の比較
ヌタウナギと4種の顎口類、および全ゲノム重複を経験していないナメクジウオについて、遺伝子当たりの遺伝子制御領域の数を比較した。縦軸は、遺伝子制御領域の数の対数表示。ヌタウナギの遺伝子当たりの制御領域の数は、顎口類と同様に全ゲノム重複を経験していないナメクジウオより多いことを示す。


加えて、国際共同研究グループは、顎口類と円口類で独自に生じたゲノム重複が、形態の進化にどのような影響をもたらし得るかを調べました。これは、ゲノム重複が起きた後に登場した動物群を特定し、各ゲノム重複を経験した系統間で形態的な多様性を比較する、という手法により検討されました。その結果、われわれヒトを含む顎口類の系統では2回目のゲノム重複が形態の多様性の著しい増加をもたらした可能性があるのに対し、円口類で見られたゲノムの3倍化は、顎口類の系統で見られたような多様性にはつながらなかったことが分かりました(図5)。これは、「ゲノム重複が形態進化の原動力となる」という仮定が常に正しいわけではなく、全ゲノム重複の性質の違いや、重複がもたらす進化的影響の複雑さを示唆しています。

全ゲノム重複と形態進化の関係の図
図5 全ゲノム重複と形態進化の関係
脊椎を持たない脊索動物を含む278種の現生生物と化石種について、577個の形態的特徴を解析し、種間の形態的多様性を2次元上の縦軸と横軸の距離で示した。各点が生物種を示し、点の色が分類群を表している。距離が離れているほど、形態が多様化していることを表す。各全ゲノム重複イベントを経験した生物群を含むエリアを色付けしている。2回目の全ゲノム重複を経験した顎口類(茶色)が著しい形態多様性を示すのと比較して、円口類(紫)の特異的なゲノム3倍化は多様性の増加につながっていない。

今後の期待

ゲノム重複による遺伝子の増加は、脊椎動物進化の過程における顎や付属肢といった新規形質の獲得や、陸上への進出などの適応放散とも関連するであろうと指摘されており、高等学校の生物の教科書にも記載されている重要な進化的イベントです。本研究成果はゲノム重複や、その形態進化との関係性についての理解を前に進めるものであり、教科書的な記述を変え得る重大な発見といえます。

また、本研究は、脊椎動物の進化史を理解する上でも大きな意義があります。今回明らかにした脊椎動物の初期進化における大規模なゲノム変化は、脊椎動物が獲得したさまざまな特徴(複雑な脳構造、感覚器官、神経堤細胞、およびそれらの派生物)の進化につながったと考えられるからです。

一方で、全ゲノム重複がもたらす進化への影響は決して単純なものではないことも本研究から見えてきました。この進化的影響の複雑さを明らかにするために、さらなる研究が進められると考えられますが、それらに対しても、今回決定されたヌタウナギのゲノムは重要な基盤的情報となると期待されます。

補足説明

1.円口類
現在生存している顎のない脊椎動物であるヌタウナギ類、ヤツメウナギ類の総称。特にヤツメウナギの口器が吸盤状になっているため「円口類(Cyclostomata)」と命名された。

2.ヌタウナギ
円口類に属する顎のない脊椎動物の一群。細長い体型のため「ウナギ」と呼ばれるが、真骨魚ウナギ目の仲間ではない。脊椎骨が退化しているため、かつては脊椎動物の前段階の動物と見なされていた。ほとんどの種が深海に生息するため、生態や個体発生に謎が多いが、理研形態進化研究グループは、日本産の浅海性ヌタウナギ(Eptatretus burgeri)から世界で唯一、実験室内での胚の取得に成功している。眼は退化しており、粘液腺から粘液を放出し、捕食や防御に用いる。

3.全ゲノム重複
生物が持つ全遺伝情報であるゲノムが、そのまま倍化する現象。ゲノムにコードされている遺伝子も全て倍化し、新しい機能を持った遺伝子が生じる余地が生まれるため、生物進化の大きな駆動力になると考えられている。

4.染色体立体配座補足法(Hi-C法)
ゲノムDNAは、細胞核の中で立体的な構造を取っている。このゲノムDNAの立体構造を推定する方法がHi-C法である。近年ではゲノム配列を染色体レベルで決定するためにも活用されている。Hi-CとはHigh-throughput chromatin conformation captureの略。

国際共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究本部 倉谷形態進化研究室
客員研究員 フアン・パスクアル・アナヤ(Juan Pascual-Anaya)
(マラガ大学(スペイン)Faculty of Science シニア研究員)
生命機能科学研究センター 形態進化研究チーム
チームリーダー 倉谷 滋(クラタニ・シゲル)
(開拓研究本部 倉谷形態進化研究室 主任研究員)
客員研究員 上坂 将弘(ウエサカ・マサヒロ)
(東北大学 大学院生命科学研究科 助教)

本研究は、上記の研究者らを含む計40人以上から成る国際共同研究グループにより行われました。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「Developmental and comparative study of hematopoiesis in the lamprey: insights into the evolutionary origin of hematopoiesis in vertebrates(研究代表者:Juan Pascual-Anaya)」、スペイン科学イノベーション省助成金「PID2021-125078NA-I00(研究代表者:Juan Pascual-Anaya)」他多数による助成を受けて行われました。

原論文情報

Daqi Yu, Yandong Ren, Masahiro Uesaka, Alan J. S. Beavan, Matthieu Muffato, Jieyu Shen, Yongxin Li, Iori Sato, Wenting Wan, James W. Clark, Joseph N. Keating, Emily M. Carlisle, Richard P. Dearden, Sam Giles, Emma Randle, Robert S. Sansom, Roberto Feuda, James F. Fleming, Fumiaki Sugahara, Carla Cummins, Mateus Patricio, Wasiu Akanni, Salvatore D’Aniello, Cristiano Bertolucci, Naoki Irie, Cantas Alev, Guojun Sheng, Alex de Mendoza, Ignacio Maeso, Manuel Irimia, Bastian Fromm, Kevin J. Peterson, Sabyasachi Das, Masayuki Hirano, Jonathan P. Rast, Max D. Cooper, Jordi Paps, Davide Pisani, Shigeru Kuratani, Fergal J. Martin, Wen Wang, Philip C. J. Donoghue, Yong E. Zhang & Juan Pascual-Anaya, “Hagfish genome elucidates vertebrate whole-genome duplication events and their evolutionary consequences”, Nature Ecology & Evolution, 10.1038/s41559-023-02299-z

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 倉谷形態進化研究室
客員研究員 フアン・パスクアル・アナヤ(Juan Pascual-Anaya)
生命機能科学研究センター 形態進化研究チーム
チームリーダー 倉谷 滋(クラタニ・シゲル)
(開拓研究本部 倉谷形態進化研究室 主任研究員)
客員研究員 上坂 将弘(ウエサカ・マサヒロ)
(東北大学 大学院生命科学研究科 助教)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東北大学 大学院生命科学研究科 広報室

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