NGLY1欠損症に対する新たな治療法の可能性~モデルマウスのけいれん様症状をオキシトシンが抑制~

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2024-04-22 理化学研究所,タケダ-CiRA 共同研究プログラム(T-CiRA)

理化学研究所 開拓研究本部 鈴木糖鎖代謝生化学研究室の鈴木 匡 主任研究員、武田薬品工業株式会社 R&Dリサーチ グローバルアドバンストプラットフォームの蒔田 幸正 主任研究員らの共同研究チームは、遺伝性希少疾患であるNGLY1[1]欠損症を模倣したモデルマウスが示すけいれん様症状を、愛情ホルモンとしても知られるオキシトシン[2]が一過性に抑制することを明らかにしました。

本研究成果は、「NGLY1欠損症」に対する新たな治療法の開発につながるものと期待できます。

今回、共同研究チームはNGLY1欠損症モデルマウスの行動観察を通じて、このマウスがけいれん様症状を示すことを見いだし、関連臓器の遺伝子発現解析においてオキシトシンの低下に着目しました。オキシトシンをこのマウスに経鼻投与すると、けいれん様症状は一過性に抑制されました。けいれん様症状はモデルマウスだけでなくNGLY1欠損症患者でも観察されるため、オキシトシンは患者に対する新たな治療法となる可能性があります。

本研究は、科学雑誌『Communications Biology』オンライン版(4月22日付け:日本時間4月22日)に掲載されました。

NGLY1欠損症に対する新たな治療法の可能性~モデルマウスのけいれん様症状をオキシトシンが抑制~
NGLY1欠損症モデルマウスのけいれん様症状に対するオキシトシンの抑制作用

背景

真核細胞の細胞質に存在する脱糖鎖酵素NGLY1は、異常な糖タンパク質の分解に関与し、細胞の恒常性維持に貢献していると考えられています。先天的な遺伝子変異によりNGLY1の機能を失ったNGLY1欠損症患者が2012年に米国で初めて見つかって以来、現在までに世界で100人以上の患者が確認されており、2023年末には日本でも最初の患者が報告されました注1)。NGLY1欠損症患者は発育不全、四肢の筋力低下、不随意運動、てんかん発作など重篤な症状を示します。しかし、病態発現の詳細なメカニズムは解明されておらず、有効な治療法も見つかっていません。

理研と武田薬品工業は、NGLY1欠損症の治療法開発を目指して2017年から共同研究を行い、これまでにNGLY1欠損症モデルラット注2)やモデルマウス注3)を樹立し、モデルラットにおいてはAAV-NGLY1[3]の脳室内投与による運動機能の改善を示してきました注4)。今回はNGLY1欠損症モデルマウスにおいてけいれん様症状の有無を調べ、けいれん様症状のメカニズム解析を行いました。

注1)Sonoda, Y., et al. Eur J Med Genet. 2024 Feb:67:104895. PMID: 38070824
注2)Asahina, M., et al. Hum Mol Genet. 2020 Jun 27;29(10):1635-1647. PMID: 32259258
注3)Asahina, M., et al. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2021;97(2):89-102. PMID: 33563880
注4)Asahina, M., et al. Mol Brain. 2021 Jun 13;14(1):91. PMID: 34120625

研究手法と成果

NGLY1欠損患者が示すさまざまな病状の一つにけいれん発作があったことから、共同研究チームはNGLY1欠損症モデルマウスもけいれんを発症するかを調べたところ、このマウスは1日に30~40回の頻度でけいれん様症状を示すことが分かりました(図1)。

NGLY1欠損症モデルマウスにおけるけいれん様症状の図
図1 NGLY1欠損症モデルマウスにおけるけいれん様症状
NGLY1欠損症モデルマウスは、普通に眠った状態から突然飛び跳ねて手足をバタつかせ、数十秒にわたって金縛りにあった後、通常の行動に戻った。同一マウスにおいても、1日の中で発症するけいれん様症状の程度や1回当たりの持続時間はさまざまだった。


NGLY1欠損症モデルマウスのけいれん様症状の原因を解明するため、このマウスの脳内や脊髄における遺伝子発現を網羅的に測定し、正常型マウスと比較した結果、NGLY1欠損症モデルマウスの視床においてオキシトシン遺伝子の発現が低下していました(図2)。その後の解析で、オキシトシン遺伝子の主な産生部位である視床下部においても、オキシトシン遺伝子とペプチドの両方が低下していました。

NGLY1欠損症モデルマウスにおける遺伝子発現解析の図
図2 NGLY1欠損症モデルマウスにおける遺伝子発現解析
NGLY1欠損症モデルマウス(4週齢および10週齢の雄)の脊髄や視床、線条体、大脳皮質、海馬、小脳における遺伝子発現を正常マウスと比較した結果、主成分分析(左)では大きな違いが検出されなかった。一方、視床における群間比と有意差の散布図(右)では、オキシトシン遺伝子(Oxt)の有意な発現低下が検出された。縦軸(有意差)の値が点線よりも上にシフトし、横軸(遺伝子発現量の比)の値が点線よりも左にシフトしている。


オキシトシンのペプチドを脳内に送達させる手法としては経鼻投与が知られています。本研究においてもNGLY1欠損モデルマウスに対してオキシトシンペプチドの経鼻投与を行い、血中や脳内でのオキシトシン濃度の上昇を確認しました。そして、オキシトシンペプチドを経鼻投与すると、NGLY1欠損モデルマウスのけいれん様症状は一過性に抑制されました(図3)。

経鼻投与したオキシトシンによるけいれん様症状の抑制の図
図3 経鼻投与したオキシトシンによるけいれん様症状の抑制
NGLY1欠損症モデルマウスにオキシトシンのペプチドを経鼻投与すると、けいれん様症状は一過性に抑制された。


本研究から、今まで報告されていなかったNGLY1とオキシトシンの関連や、オキシトシンの新たな薬効が示唆されました。

今後の期待

NGLY1欠損症モデルマウスの病態解析から見いだされたオキシトシンの発現低下が、NGLY1欠損症患者でも同様に確認されれば、本モデルマウスの臨床外挿性の高さが示されます。

そして、既に分娩促進への適用が承認されているオキシトシンが、NGLY1欠損症のけいれん抑制に適用拡大されれば、AAV-NGLY1を用いた遺伝子治療よりも侵襲性の低い治療法となることが期待されます。

また、オキシトシンの発現低下がNGLY1欠損症以外の神経変性疾患でも共通して見つかれば、本研究成果の応用範囲を広げることができ、希少疾患研究の重要性が示されると期待できます。

補足説明

1.NGLY1
糖タンパク質のN結合型糖鎖を切断する酵素(ペプチド:N-グリカナーゼ)。細胞内で正しい構造を取れない異常な糖タンパク質がプロテアソームで分解される前にNGLY1によってN結合型糖鎖が切断されないと、プロテアソーム系にも異常を来すことが知られている。

2.オキシトシン
九つのアミノ酸から構成される神経ペプチド。分娩促進作用や射乳作用に関わる愛情ホルモンとして知られている他に、社会的行動への作用も報告されており、自閉症患者を対象とした臨床開発も進められている。

3.AAV-NGLY1
アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いたNGLY1遺伝子の補充療法。2024年には、NGLY1欠損症患者対象とした初の臨床試験が米国で開始された。

共同研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部 鈴木糖鎖代謝生化学研究室
主任研究員 鈴木 匡(スズキ・タダシ)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)藤縄 玲子(フジナワ・レイコ)

武田薬品工業株式会社 R&Dリサーチ グローバルアドバンストプラットフォーム
主任研究員 蒔田 幸正(マキタ・ユキマサ)
主任研究員 朝比奈 誠(アサヒナ・マコト)
サイエンティフィックダイレクター 行武 洋(ユキタケ・ヒロシ)

研究支援

本研究は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と武田薬品工業株式会社の共同研究プログラム「Takeda-CiRA Joint Program for iPS Cell Applications(T-CiRA共同研究プログラム)(ディレクター:山中 伸弥 京都大学iPS細胞研究所教授)」の「NGLY1 Deficiency Project (iPS細胞を利用した遺伝性の稀少疾患に対する治療薬の開発研究)PI:鈴木匡」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Yukimasa Makita, Makoto Asahina, Reiko Fujinawa, Hiroshi Yukitake, and Tadashi Suzuki, “Intranasal Oxytocin suppressed seizure-like behaviors in a mouse model of NGLY1 deficiency”, Communications Biology, 10.1038/s42003-024-06131-7

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 鈴木糖鎖代謝生化学研究室
主任研究員 鈴木 匡(スズキ・タダシ)

武田薬品工業株式会社 R&Dリサーチ グローバルアドバンストプラットフォーム
主任研究員 蒔田 幸正(マキタ・ユキマサ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
タケダ-CiRA 共同研究プログラム(T-CiRA)

有機化学・薬学
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