2024-04-25 東京大学
小林 修(化学専攻 教授)
齋藤 由樹(化学専攻 特任准教授/研究当時:特任助教)
発表のポイント
- 近年、次世代の医薬品として多くの注目を集めている核酸医薬の高効率合成に繋がる、亜リン酸ジエステルの新規合成手法を開発しました。
- 化学量論量の活性化剤を必要としていた従来法の課題を克服し、添加剤を必要としない触媒的かつ選択的な非対称亜リン酸ジエステルの合成が実現しました。
- 今回開発した亜リン酸化反応で得られた知見を活用し、核酸医薬の高効率触媒的液相合成への応用が期待されます。
二段階触媒的亜リン酸化反応と酸化反応の連結によるリン酸エステル合成
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の小林教授らの研究グループは、核酸医薬(注1)の効率的合成に繋がる、亜リン酸ジエステルの新規合成手法を開発しました。この成果は、環境負荷を軽減し、効率的な核酸医薬の製造に道を開くものです。
リン酸エステルの繰り返し構造を有する核酸医薬は、新しい創薬モダリティ(注2)として注目を集めており、現在19種の化合物が希少疾患等の治療薬として承認されています。従来、核酸医薬は大過剰量の活性化剤を用いる亜リン酸化を鍵反応として固相合成されており、環境調和性やスケールアップに課題を抱えていました。本研究ではLewis(ルイス)酸である亜鉛錯体を触媒として用いることで、環境調和型の亜リン酸ジエステルの合成を実現しました。本研究で開発した合成法と酸化反応を組み合わせることで、中間体の単離を行うことなくリン酸エステル類も合成可能であり、核酸医薬の最小構成単位であるヌクレオチド2量体の触媒的合成を達成しました。
本研究で開発した合成法とその知見を活用することで、核酸医薬の高効率触媒的液相合成への応用が期待されます。
発表内容
<研究の背景>
核酸医薬は、低分子医薬・抗体医薬等に並ぶ創薬モダリティとして近年注目を集めており、今後の発展が大きく期待されています。核酸医薬は化学的には¬DNAやRNAと同じリン酸エステルの繰り返し構造を持つという特徴を有しています。従来までの核酸医薬の合成は、化学量論量の活性化剤を用いる固相反応(注3)に依存しており、環境調和性・スケールアップの観点で課題を抱えています。またその高価格が核酸医薬普及の障害となっており、高効率な新規合成法の開発が強く望まれています。
<研究の内容>
本研究では、核酸医薬合成の鍵反応であるアルコールの亜リン酸化に着目し、Lewis(ルイス)酸である亜鉛触媒を用いることで高効率な亜リン酸ジエステル合成の開発を行いました。本反応は、亜リン酸化剤に対し触媒存在下、2種類のアルコールを逐次的に反応させることで選択的に非対称亜リン酸ジエステルの合成を可能とするものです。
一段階目の反応では、触媒と亜リン酸化剤の構造の検討により、過剰量の原料を用いることなく生成物がほぼ定量的に得られ、この中間体を単離することなく二段階目の反応に用いることが可能です。二段階目の反応においても亜鉛触媒が有効に機能し、目的の亜リン酸ジエステルを高収率・高選択的に得ることができます。さらに、ここで得られる亜リン酸ジエステルに対し、直接酸化反応を行うことで、種々のリン酸トリエステルの合成が可能です。この一連の連続反応により、中間体の単離や精製を省略し、核酸医薬の最小構成単位であるオリゴヌクレオチド(注4)の触媒的合成を達成しました(図1)。
図1:リン酸トリエステル合成
<今後の展望>
今後は、この新規合成手法をさらに深化させ、オリゴマー(注5)製造にも適用可能なプロセスとして確立することが重要です。さらなる触媒の改良により、効率的で持続可能な核酸医薬の製造を実現し、医薬品の開発に寄与していくことが期待されます。
論文情報
- 雑誌名
Chemical Science論文タイトル
A Highly Efficient Catalytic Method for the Synthesis of Phosphite Diesters著者
Yuki Saito, Soo Min Cho, Luca Alessandro Danieli, Akira Matsunaga, and Shū Kobayashi*DOI番号
10.1039/d4sc01401d
研究助成
本研究は、JST 研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同「核酸医薬の環境調和型On-demand、On-site生産技術の開発(課題番号:JPMJTR22T5)」、および日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究「オリゴヌクレオチドの連続液相フロー合成(課題番号:JP21K14621)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 核酸医薬
DNAやRNAなどの核酸分子を標的とする医薬品。遺伝子の発現を調節したり、病原体の増殖を阻害したりすることで治療効果を発揮する。最近では、希少疾患やがん、感染症など幅広い疾患への治療法として注目を集めている。
注2 創薬モダリティ
医薬品の開発において特定のアプローチや技術を指す。疾患の原因や病態生理に基づいて設計され、治療効果や副作用の最適化を目的とする。
注3 固相反応
反応物を固体に担持して行う反応を指す。反応終了後の単離が濾過操作のみで完結する利点を有する。反面、大過剰量の試薬を用いる必要があり、最終目的物の単離やスケーラビリティに課題を有する。
注4 オリゴヌクレオチド
RNAやDNAの部分構造である短い核酸分子のこと。塩基・5炭糖・リン酸エステルから構成される。
注5 オリゴマー
数個の単位が結合した短いポリマー鎖のこと。核酸医薬は20個程度のヌクレオチドが結合した構造を有する。