2024-05-23 理化学研究所,日本タングステン株式会社,埼玉大学
理化学研究所(理研)開拓研究本部 平山量子光素子研究室の平山 秀樹 主任研究員、ムハマッド・アジマル・カーン 研究員、藤本 康平 研修生(埼玉大学 大学院理工学研究科 博士前期課程)、鹿嶋 行雄 テクニカルスタッフⅡ(研究当時)、日本タングステン株式会社開発技術センターの祝迫 恭 センター長、牟田 実広 研究員、埼玉大学 大学院理工学研究科の矢口 裕之 教授らの共同研究グループは、人への安全性とウイルス不活化の効果がいずれも高い波長228ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のfar-UVC(遠紫外)LED[1]の高効率動作に成功しました。
本研究成果は、人の往来する環境でも利用できるウイルス感染症予防対策用の光源としての活用が期待できます。
共同研究グループは、人の皮膚や目に対する安全性が高く、また、コロナウイルスなどのウイルス不活化効果が極めて高い、far-UVC LEDの高効率動作をサファイア基板[2]上で作製することに成功しました。また、サファイア基板上としては世界最高効率となる外部量子効率[3]0.32%を実現しました。さらにLEDを多数集積したLEDモジュール[4]において、放熱による動作温度の低減を行い、パルス動作における概算値約70mWの出力を可能とする230nm far-UVC LEDモジュールを実現しました。
本研究は、科学雑誌『Physica Status Solidi A』オンライン版(5月23日付:日本時間5月23日)に掲載されます。
人に無害なウイルス不活化光源:228nm far-UVC LEDおよび高出力パネルの構造と動作
背景
紫外線の利用は、ウイルス不活化・殺菌、浄水、空気浄化、病院における院内感染防止、皮膚治療などの医療、作物の病害駆除、紫外線樹脂硬化・加工、速乾印刷・塗装・コーティングなど多岐にわたっています。
中でも、波長が265~280nm付近の紫外線(UVC)は、ウイルスなどへの殺菌効果が非常に高いため、UVC LEDは長く研究・開発されてきました。しかし、UVCは皮膚の内部にまで浸透し皮膚細胞の核を破壊するため、皮膚がんの原因となり、目に入ると白内障や角膜炎の原因となります。そのため、UVC LEDの利用は人に決して当たらない閉空間に限られます。
これに対して、波長が220~230nmのfar-UVCは、タンパク質への光吸収率が高いため、皮膚表面の角質層で吸収されて皮膚細胞内部にまで浸透しないため、皮膚細胞(図1左)に対しても目に対してもダメージを与えません(図1右)注1)。一方、ウイルスのサイズは0.1μm(μm、1μmは100万分の1メートル)程度と皮膚細胞(サイズ10μm程度)に比べて100分の1程度と小さいため、皮膚表面に付着したウイルスのみを不活化することができます。つまり、波長が220~230nmのfar-UVC LEDは、ウイルスなどへの殺菌効果が高いだけでなく人への安全性も高いため、人の活動する空間でウイルスなどを殺菌することができ、ウイルス不活化・殺菌用の光源として期待されています。
しかし、far-UVC LEDの作製は難しく、その発光効率はUVC LEDの発光効率に及びません。
図1 紫外線の人の皮膚および目に対する影響
波長が265~280nmの紫外線は皮膚内部に浸透し細胞を破壊して皮膚がんの原因となる。220~230nmの紫外線は、皮膚表面の角質層で吸収されて皮膚細胞内部にまで浸透しないため細胞へのダメージを与えることなく皮膚表面に付着した微小サイズのウイルスのみを不活化することができる。また、角膜で吸収されるため細胞へのダメージがなく、目に対しても安全である。
また、現在のUVC LEDはサファイア基板上、もしくは、AlN(窒化アルミニウム)[5]単結晶基板上に作製されていますが、比較的に安価なサファイア基板を用いた方がLEDはコストを抑えて安価に生産でき、社会への普及にとってメリットがあります。
共同研究グループは、far-UVC LEDを高効率で動作させるとともに、サファイア基板を用いてfar-UVC LED素子の作製に挑みました。
研究手法と成果
波長230nmのfar-UVC LEDを実現するために、サファイア基板上にAlN(窒化アルミニウム)高品質バッファー層、Alの混晶組成比が85~95%の高Al組成AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)[5]各層をMOCVD結晶成長[6]法でそれぞれ製膜してLED構造としました(図2左)。高効率発光を実現するために、サファイア基板上AlNバッファー層の貫通転位密度[7]の低減、量子井戸発光層[8]とp型AlGaNホール注入層、AlN電子ブロック層[9]などの各層の構造最適化を行いました。また、今回、ニッケル/金(Ni/Au)で構成されるp型電極の膜厚を調整することで、電極電圧の低電圧化と素子の高効率化を行いました。作製したLEDの断面を透過電子顕微鏡で撮影した結果、各層の組成切り替えは非常にシャープで、各層は設計どおりの層厚で製膜されていることが分かりました。(図2右)
図2 波長230nm far-UVC LEDの構造模式図(左)および断面透過電子顕微鏡写真(右)
(左)サファイア基板上にAlN、AlGaN各層をMOCVD結晶成長法によって製膜し、さらにpn電極プロセスを施してLEDを作製した。AlGaN各層のAl混晶組成比を85~95%で変化させることで、225~230nmで発光するfar-UVC LEDを実現した。
(右)各層の組成切り替えは非常にシャープで、各層は設計どおりの層厚で製膜されている。
作製したLEDを室温においてパルス動作で測定した結果、波長228nmにおいてシングルピーク発光し(図3左)、オンウェハ測定見積値[10]で最高外部量子効率は0.32%、最高光出力は1.8mWが得られました(図3右)。この外部量子効率はサファイア基板上に作製した228nm LEDとしては世界最高値です。
図3 228nm far-UVC LEDのスペクトル(左)と外部量子効率・光出力特性(右)
(左)228nm LEDでシングルピーク発光が得られ、人の皮膚や目に対して有害な265~280nmの波長の光はメインピーク強度の約200分の1程度に抑えられた。
(右)図中の赤線はLEDの外部量子効率、青線は光出力を示している。
作製した230nm LED成長基板に、pn電極プロセスを施し、ダイシング加工によりチップ個片化した後、セラミック台座にフリップチップ[11]を実装しました。実装素子には石英レンズを取り付けて放射特性を改善しました。また、個々のLED実装素子を銅の台座にハンダで実装し、銅の台座をさらに空冷ファン付の放熱板を使って放熱を行いました。図4に、電流通電時の228nm LEDのオンウェハの作温度分布測定画像と、230nm LEDを25個並べて作製したLEDモジュールの写真を示します。今回、電流100mA動作時に、228nm LEDの温度はオンウェハ測定において72℃に抑えられていることが分かりました。また、今回実現した230nm LEDモジュールは、40×40×60mmのコンパクトなサイズで連続動作における概算値約30mW、パルス動作における概算値約70mWの出力が可能であることを確認しました。このLEDモジュールは空冷ファンで効率よく放熱され、放熱板の温度は60℃以内に抑えられました。30mWの連続出力は、far-UVC LEDを2.5m離れたコロナウイルスに照射した場合、15分程度でコロナウイルスが1,000分の1に減少する照射量で、住宅の居間などのウイルス除去用として利用できる十分な出力です。本研究ではこのほかに、LED80個を用いて、パルス動作における概算値約220mWの出力を可能とする230nm LEDモジュールも実現しました。
図4 電流通電時の228nm LEDの動作温度分布(左)と230nm LEDモジュールの写真(右)
作製したLEDモジュールは、25個の230nm LEDを備え、40×40×60mmのコンパクトなサイズで連続動作における概算値約30mW、パルス動作における概算値約70mWの出力が可能(右)。228nm LEDのオンウェハの温度は、電流100mA動作時に、72℃に抑えられた(左)。
注1)V. K. Sharma and H. V. Demir: “Bright Future of Deep-Ultraviolet Photonics: Emerging UVC Chip Scale Light-Source Technology Platforms, Benchmarking, Challenges, and Outlook for UV Disinfection”. ACS Photonics, 9, pp. 1513-1521 (2022).
今後の期待
本研究では、サファイア基板上に高品質なAlNを製膜し、またその上に製膜するAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)各層のバンドエンジニアリング[12]と構造最適化を行うことにより、228~230nm far-UVC LEDの高効率・高出力化に成功しました。また、far-UVC LEDの高効率化を、サファイア基板を用いて成し遂げることによりコストを大幅に削減することに成功しました。さらに、far-UVC LED光源の早期の社会実装を目指して、概算値70~220mWの出力を可能とする230nm LEDモジュール光源を作製し、居住空間、公共のホールや病院、電車内など広い有人空間で利用できる殺菌・ウイルス不活化用LED光源の可能性を実証しました。
本研究は途上にあり、今後far-UVC LEDのさらなる高効率・高出力動作が可能になると考えられます。
本研究成果は、人の往来する環境でも利用できるウイルス感染症予防対策用の光源として社会に貢献し、今後広く普及していくと期待できます。
補足説明
1.far-UVC(遠紫外)LED
遠紫外波長で発光する発光ダイオード(LED)。紫外光(UV、波長200~400nm)は、UVA(320~400nm)、UVB(280~320nm)、UVC(200~280nm)に分類され、UVAは樹脂硬化・接着や速乾印刷・塗装、コーティング、3Dプリンターなどに、UVBは、アトピー治療などの皮膚治療、農作物の病害防止、UVCは殺菌・浄水などに用いられる。far-UVC(遠紫外)はUVCのうち波長の短い200~240nm付近の紫外線を指す。波長が230nmよりも短波長のfar-UVC LEDは、人体に無害でウイルス不活化作用が高いため、実用化を目指して本研究で開発している。LEDはlight emitting diodeの略。
2.サファイア基板
サファイアは優れた機械的・熱的特性・化学的安定性、光透過性などの特性を有することから、人工的に作製された不純物の少ない高純度サファイアが多くの工業分野で使われており、中でも青色・白色LEDを製造するためのGaNを成長させる基板として使われている。現在のUVC LEDはサファイア基板上、もしくは、AlN(窒化アルミニウム)単結晶基板上に作製されているが、サファイア基板はAlN単結晶基板よりも安価である。
3.外部量子効率
LEDなどの発光素子の発光層に注入する電子数に対して、発光素子外部に放射される光子数を割合で示したもの。LEDの場合、発光層への電子の注入効率、内部量子効率(接合部発光層に注入されたキャリア数に対する発光する光子数の比)、光取り出し効率の積で表される。紫外LEDの外部量子効率は、電子がリークして発光層に電子が十分入らなかったり、発光層での発光効率が低かったり、発生した光の大半がLEDチップ内で吸収されたりすることによって低下し、230nm帯のfar-UVC LEDでは1%に満たない。外部量子効率に電圧効率(電極やp型、n型伝導層での電圧ロスを考慮した効率)を掛けた値が、電力-光変換効率となる。
4.LEDモジュール
モジュールとは用途に合わせて必要な部品を搭載させた部品群のこと。統一規格によって設計・製造されており、他のメーカーの製品との互換性を持ち交換可能。LEDモジュールとは、複数の照明用LEDパッケージを平面または立体的に配置するとともに、制御回路を搭載して一つのユニットとして取り扱えるようにした部品、または部品の集合体のこと。
5.AlN(窒化アルミニウム)、AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)
AlN(窒化アルミニウム)は窒化物半導体の中で最もバンドギャップ(電子が存在できないエネルギー帯)が大きい半導体。AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)はAlN(窒化アルミニウム)半導体とGaN(窒化ガリウム)半導体の混晶(こんしょう)。Alの混晶組成比を変化させることで、バンドギャップは3.4~6.2eVと変化させることができ、波長210~360nmで発光することができる直接遷移型半導体である。平山主任研究員らは、サファイア基板上にAlN/AlGaN混晶半導体を用いた紫外LEDを作製することで、220~350nm波長帯の紫外LEDを早期に実現している。
6.MOCVD結晶成長
AlN、AlGaNなどの窒化物半導体は、有機金属気相成長法(MOCVD法)を用いて結晶成長を行う。トリメチルアルミニウム(TMAl)やアンモニアガスを材料とし用い、1,400℃程度の高温で成長することによって高品質結晶が得られる。
7.貫通転位密度
半導体結晶の製膜工程などで生じた結晶の原子レベルでのずれのこと。貫通転位密度が高いと注入されたキャリアは発光せずに消滅してしまい、光デバイスの発光効率を著しく減少させる。
8.量子井戸発光層
半導体光デバイスの発光層として用いられる構造で、電子閉じ込め効果により高効率発光を得る目的で用いられる。半導体中の電子の波長程度の厚さ(2~3nm)の薄膜の井戸層と、それを囲む薄膜のバリア層から構成され、電子の波動関数を閉じ込めることにより、発光遷移確率を向上させ、高効率発光が得られる。
9.電子ブロック層
紫外LEDなどの発光デバイスで用いられている電子反射層のこと。p型濃度の低いAlGaN系LEDでは、n型層から発光層に注入される電子のうちの多くがp側層にリークしてしまう。電子ブロック層を発光層のp側に挿入して電子リークを抑えることにより、発光層への電子の注入効率を向上させることができる。
10.オンウェハ測定見積値
LEDの測定出力は、LED成長基板にpn電極を付けただけの構造(オンウェハ測定)、および、ダイシングによるチップ個片化とLED実装素子の作製後に測定される。完成した実装素子は、光取り出し効率が向上し放熱効果も高いため、オンウェハ測定よりも大きな出力が観測される。構造が分かっているLED素子では実装による出力増加の割合があらかじめ分かっているため、オンウェハ測定値から実装素子の出力を見積もることができる。
11.フリップチップ
LED実装方法の一形態で、LEDチップ(今回はサファイア基板上に作製)と実装セラミック基板が、pおよびn電極の端子を介して電気的・機械的に接触する構造。LEDチップの電極面は実装基板側を向き、紫外線出射面であるサファイア基板裏面側が上を向く。チップ、基板の電極接触は金のバンプによる圧着やハンダ付けで行われ、電気的接触を得るだけでなく、LEDチップで生じた熱を実装基板に逃がす放熱の役目も担う。
12.バンドエンジニアリング
材料の電子構造、特にエネルギーバンドの特性を制御することで新たな機能や特性を引き出す技術。主に半導体材料に適用され、優れた電気的特性や光学的特性を得るために用いられる。高性能な電子素子である高電子移動度トランジスタや、LEDで用いられている量子井戸構造などはバンドエンジニアリングを利用した構造の代表例。
原論文情報
Muhammad Ajmal Khan, Mitsuhiro Muta, Kouhei Fujimoto, Yukio Kashima, Javier Gonzalez Rojas, Pablo Fredes, Ernesto Gramsch, Yasushi Iwaisako, Hiroyuki Yaguchi, and Hideki Hirayama, “Estimation of Junction Temperature in 228 nm AlGaN Far-UVC LEDs on c-Sapphire having 1.8 mW power and 0.32% EQE”, Physica Status Solidi A, 10.1002/pssa.202400064
発表者
理化学研究所
開拓研究本部 平山量子光素子研究室
研究員 ムハマッド・アジマル・カーン(Muhammad Ajmal Khan)
研修生 藤本 康平(フジモト・コウヘイ)
(埼玉大学 大学院理工学研究科 博士前期課程)
テクニカルスタッフⅡ(研究当時)鹿嶋 行雄(カシマ・ユキオ)
主任研究員 平山 秀樹(ヒラヤマ・ヒデキ)
日本タングステン株式会社 開発技術センター
研究員 牟田 実広(ムタ・ミツヒロ)
センター長 祝迫 恭(イワイサコ・ヤスシ)
埼玉大学大学院理工学研究科
教授 矢口 裕之(ヤグチ・ヒロユキ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
日本タングステン株式会社 経営管理部 総務グループ 報道担当
埼玉大学 総務部広報渉外課