バラバラな足並みがまとまりある歩行者の流れを生み出す 〜頑健な組織化を促す非同期的運動の重要性〜

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2024-05-29 東京大学

1.発表者:

都丸 武宜(京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系 特任研究員)
西山 雄大(長岡技術科学大学技学研究院 情報・経営システム系 准教授)
フェリシャーニ クラウディオ(東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 特任准教授)
村上 久(京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系 助教)

2.発表のポイント:

  • 本研究は歩行者集団の行動実験において、個々の歩行ステップのタイミングと集団全体の組織化の関係について初めて検証しました。
  • 従来の研究と異なり、外的な音のガイドがない限り歩行者のステップは自発的には同期せず、バラバラな足並みで歩行していることが明らかになりました。
  • 二つの集団が向かい合って歩く状況において、個々がそれぞれのタイミングで動くからこそ互いの運動の調整を可能とし、壊れにくい流れを組織化できることを示しました。
3.発表概要:

京都工芸繊維大学の都丸武宜研究員、村上久助教、長岡技術科学大学の西山雄大准教授、東京大学のフェリシャーニ・クラウディオ特任准教授の研究チームは、歩行者集団の行動実験において、バラバラな足並みが頑健な集団的パターンを形成することを明らかにしました。

他の動物の群れ同様、歩行者の集団はひときわ目を引くパターンを自発的に作り出します。横断歩道を対面して渡る二つの集団が自然といくつかの列に分かれる「レーン形成現象」はその代表例です。生物に見られる集団現象では、その秩序の特徴として、個々の活動の同期が挙げられることがあります。では、歩行者の集団形成と個々の歩行ステップはどのような関係にあるでしょうか。

本研究では、48人の歩行者によるレーン形成実験によってこの問題に取り組みました。その結果、一定テンポのガイド音がない限り、歩行者の足並みは自発的には揃わないことがわかりました。また、ガイド音による歩行の同期は、歩行者らの横方向の動きを単調にし、結果として形成されるレーン構造を脆弱にしていました。これらの結果は、通常の歩行者集団において、個々が自分自身のタイミングで動くことで、壊れにくい流れを形成していることを示しています。足並みが揃わないことがむしろ集団を頑健にするという本成果は、群集マネジメントや、非同期的に運動せざるを得ない自律分散型群ロボットといった集団システムの設計に資すると考えられます。

4.発表内容:

マスゲームや入場行進など、大人数による規律ある運動は見る人の目を引きつけます。こうした集団の運動は、あらかじめ全体の動きが綿密に計画されることによって、または集団全体を見渡す指揮者の存在によって、はじめて実現されます。一方で、集団的な振る舞いは自然界の至る所で自発的に生じ得ます。鳥や魚の群れもそうですし、例えば都市部における横断歩道では、向かい合って移動する二つの歩行者の集団が自然といくつかの列に分かれる「レーン形成現象」が見られます。こうした現象では、全体を統制する計画や指揮者はいません。にもかかわらず、個々の歩行者が近くにいる他の歩行者と局所的に相互作用することによって、秩序だった円滑な流れが集団全体を通して自己組織化(注1)されるのです。歩行者が織りなす自己組織化の背景にあるメカニズムを理解することは、例えば2022年の韓国梨泰院で起きたような雑踏事故を未然に防ぐ群集マネジメントにおいても重要です。

歩行者の集団では、先述のレーン形成現象のような空間的なパターン形成に加えて、隣り合う歩行者の間で歩行ステップのタイミングが自然と揃う「同期現象」も生じることがあります。従来研究では、一列に並んで同じ方向に歩く集団を対象にした実験において歩行の同期が詳しく調べられてきました。その結果、同期が生じる理由は、歩行者が前の歩行者とぶつからないように同じ側の足を同時に踏み出すからだ、と考えられています。同じ実験設定で集団に一定テンポの音や音楽に合わせて歩いてもらう場合、流れが良くなるという報告もあります。しかし、私たちが普段街中を歩くとき、一列に並び歩行し続ける状況はほとんどありません。前の歩行者が遅ければ追い抜いていくでしょうし、衝突を回避するためには、横に避けます。また実験的に制限されて一列に並ぶのではなく、先述のレーン形成のように自己組織化を通して空間的な構造が生じます。個々の歩行ステップが集団の流れや自己組織化に与える役割を理解するためには、一列に制限されるのではなく、より自由に歩ける状況における検証が不可欠です。

本研究ではこうした問題を考えるため、それぞれ24人からなる二つの集団が対面して歩いたときに生じるレーン形成を対象とした実験を実施しました(図1)。観察方法としては、ビデオ解析による歩行軌跡の取得と合わせて、ステップのタイミングを計測するために、歩行者の両足首にそれぞれ小さな加速度センサーを装着してもらうという工夫を加えました。その上で、歩行に条件をつけた場合とつけない場合とを比較しました。前者では、歩行者の平均的な歩行テンポを聴覚的に再現する電子メトロノーム音を常時スピーカーから流し、それに合わせて歩行してもらうという条件をつけました。後者では、音のガイドがない状態で通常通りに歩いてもらいました。それぞれ20施行ずつ実施しました。

結果として、音のガイドがある場合には明確なステップの同期がみられましたが、ガイドがない場合、従来研究とは異なり同期は生じず、足並みは自発的には揃わないことが明らかになりました。さらに、外的な音のガイドによって生じた同期は、形成される集団の空間構造を脆弱にすることがわかりました。具体的にはまず、音のガイドがある場合の方がない場合より、レーンの本数が有意に多く形成されることがわかりました。理論研究から、レーン数が多い(レーンが細い)ことで対向歩行者との接触面が増え、集団の空間構造が不安定になることが予測されています。実際、ガイドがある場合の方が潜在的な衝突のリスクが高いことも本研究により定量化されました。また、ガイドがある場合、歩行者は有意に大きく肩を回転させており、向かい側から来る歩行者と衝突寸前で回避していることがわかりました。これらの結果は全て、ガイドがなく足並みが揃わない場合の方が、ガイドによって同期が生じる場合よりも、より頑健な集団の空間構造を形成していることを支持しています。

またガイド音によって外的に生じる同期は、レーンを形成する上で重要な、歩行者の横方向の動きを少なくさせ、単調なものとすることがわかりました。逆に言えば、横方向にも柔軟に移動し、頑健なレーンを形成するためには、歩行者は自分自身のタイミングで動ける必要があると考えられます。それにより、わずかに歩行のタイミングを遅らせたり早めたりすることで、他の歩行者との動きの調整が可能となり、対向歩行者とスムーズに避け合い、同方向の歩行者と合流し、頑健な集団を形成・維持するものと考えられます。

本研究の結果は、集団での運動において個々の運動が通常は非同期的なものであることを示し、非同期性が個々の運動の自由さと多様性を生み出し集団の頑健性に寄与することを明らかにしました。本研究の結果は、人やそのほかの動物の群れでの相互作用における非同期性の重要性を提起し、歩行者交通マネジメントや、非同期で動かざるを得ない自律分散型ロボットナビゲーションへの貢献が期待されます。

本研究成果は、以下の研究プロジェクトによって得られました。

  • 日本学術振興会科研費(JP22K14448, JP23H03701, JP23K13521, JP22K12217, JP21H05300)
  • 科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI20D1)
  • 文部科学省卓越研究員事業(JPMXS0320200282)
5.発表雑誌:

雑誌名:Journal of the Royal Society Interface(オンライン版:5月29日)
論文タイトル:Robust spatial self-organization in crowds of asynchronous pedestrians
著者:Takenori Tomaru, Yuta Nishiyama, Claudio Feliciani, Hisashi Murakami
DOI番号:https://doi.org/10.1098/rsif.2024.0112

6.用語解説:

(注1)自己組織化現象:集団全体にわたって秩序だった構造が、個体間の相互作用から自律的に組織化される現象。その際の組織化は、指揮者やリーダーなどの外的/中央制御が無くとも、かつ、個体間で相互作用できる範囲を超えても生じる。

7.添付資料:

fig01
図1.上段の図はレーン形成実験を真上から撮影したスナップショット。赤(黄)色の帽子を被った歩行者が左(右)から右(左)へ移動している。中段、下段の図はガイド音がない場合とある場合の歩行軌跡を示す。色は上段写真と同じ進行方向に対応。片方のグループ24人は両足首に加速度センサを装着している(上段差し込み図)。

プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of the Royal Society Interface: https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsif.2024.0112

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