2024-07-02 熊本大学
【ポイント】
- トランスファーRNA※1のメチル化※2酵素「TRMT10A」を失うと、特定のトランスファーRNA量が全身で減ることを解明しました。
- TRMT10Aを失うと脳で神経関連タンパク質の合成が乱れ、シナプスの構造と機能が異常をきたすことで脳組織の機能が低下することを解明しました。
- トランスファーRNAの修飾※3を失うことで発症する知的障害やてんかんをはじめとした「RNA修飾病」の一般原理を解明する研究とその応用による今後の脳の病気の治療への波及が期待されます。
【概要説明】
熊本大学大学院生命科学研究部の富澤一仁教授、中條岳志講師、ローランド・トレスキー大学院生(当時)の研究チームは、トランスファーRNA(tRNA)を修飾する酵素の一種であるTRMT10Aの変異により知的障害が発症するしくみを解明しました。様々なtRNA修飾酵素の欠失が知的障害を引き起こしますが、これまで発症の詳細なしくみは大部分が未解明であったため、今後の知的障害の治療の進展につながる可能性があります。
本研究成果は、日本時間2024年7月2日(火)9:01に英国科学雑誌「Nucleic Acids Research」に掲載されました。本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「RNA修飾編集技術の創発とその治療への応用」(課題番号:JPMJFR204Z、研究代表者:中條岳志)および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:20H03187、研究代表者:中條岳志)などの支援を受けて行われました。
【今後の展開】
tRNAの修飾を担う様々なタンパク質のうち約30種類について、そのうち1つでも失うと脳・神経疾患が引き起こされることが知られますが、発症の詳細なしくみはほとんどわかっていませんでした。研究グループは、以前に他のtRNAメチル化酵素(FTSJ1※4)についてその欠損が知的障害を引き起こすしくみを解明しました(永芳、中條、富澤ら.2021)。TRMT10A欠損マウスとFTSJ1欠損マウスを比べると、両者で共通して、(1)特定のtRNA量の減少およびそのtRNAによる遺伝暗号の翻訳低下、(2)シナプスの構造と機能の異常、(3)脳組織の機能低下と他組織の機能維持が見られました。一方、TRMT10A欠損マウスとFTSJ1欠損マウスで異なる点として、FTSJ1欠損マウスでは脳だけで特定のtRNAが減少するのに対して、TRMT10A欠損マウスでは全身でtRNAが減少しました。今回の研究成果から、全身でtRNA量が減った際にも他の組織と比べて特に脳組織の機能が低下しやすいことが明確に示されました。今後は、修飾を失っても脳のtRNA量の減少を抑えれば脳組織の機能低下を抑えられるのかを検証することで、将来的に、tRNA修飾の欠失で発症する知的障害の治療につながる可能性が期待されます。
【用語説明】
※1.トランスファーRNA(tRNA、運搬RNA):遺伝情報(核酸配列)と物質(アミノ酸)をつなぐアダプター分子で、RNAという物質で構成されている。tRNAは、タンパク質合成装置であるリボソームの中に入り、遺伝情報の解読と、合成途中のタンパク質へのアミノ酸の受け渡しを担う。
※2.メチル化:1個の炭素と3個の水素から構成されるメチル基を付与する化学反応。細胞内では酵素がtRNAをメチル化する。
※3.修飾:RNAを構成する塩基や糖に付加された化学構造。メチル化や硫黄化、アミノ酸付加など様々な種類の修飾がある。修飾は一つまたは複数の酵素により入れられる。
※4 .FTSJ1: tRNA の32 塩基目と34 塩基目をメチル化する酵素。FTSJ1 の修飾
機能が失われるとヒトで知的障害が発症する。
【論文情報】
論文名:TRMT10A dysfunction perturbs codon translation of initiator methionine and glutamine and impairs brain functions in mice
著者:ローランド トレスキー1、宮本雄太1、永芳友1、矢吹悌2、荒木喜美3、高橋雪枝1、菰原義弘1、葛 慧聡1、西口栞世1、福田孝一1、金子瞳1、前田信子1、松浦任1、岩崎信太郎4、榊田光倫1、塩田倫史2、魏范研5、富澤一仁1、中條岳志1
(1熊本大学大学院生命科学研究部(医学系)、2熊本大学発生医学研究所、3熊本大学生命資源研究・支援センター、4理化学研究所、5東北大学加齢医学研究所)
掲載誌:Nucleic Acids Research(分子生物学の国際学術誌)
doi : 10.1093/nar/gkae520
URL: https://doi.org/10.1093/nar/gkae520
【詳細】プレスリリース(PDF530KB)
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