ビタミンCを体内に取り込む分子メカニズムの解明

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2024-07-05 東京大学

小林 敬光(生物科学専攻 博士課程)
島田 寛人(研究当時:生物科学専攻 博士課程)
草木迫 司(生物科学専攻 助教)
濡木 理(生物科学専攻 教授)
榎 佐和子(生物普遍性研究機構 特任助教)
岡田 康志(東京大学大学院医学系研究科 教授/物理学専攻 教授(兼任)/理化学研究所 チームリーダー)

発表のポイント

  • 小腸や腎臓でビタミンCを細胞内に取り込むトランスポーターであるSVCT1の構造解析に成功しました。
  • ビタミンCの認識様式を明らかにするとともに、輸送に伴う構造変化を可視化することでSVCT1がこれまでに報告のない新たな機構によってビタミンCを運んでいる可能性を示しました。
  • 本研究はトランスポーター研究の新たな進展を促すとともに、ビタミンCを用いた医療開発に貢献することが期待されます。


異なる輸送状態で決定されたSVCT1二量体の全体構造

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループは、ビタミンCの体内への取り込みを担う膜タンパク質であるSVCT1(注1)がビタミンCを輸送する過程の複数の状態の立体構造の決定に成功しました。この構造をもとに、SVCT1がビタミンCを認識して結合する詳細な仕組みを明らかにし、さらにSVCT1が結合したビタミンCを輸送するためにこれまでに報告のない新たな構造変化機構を用いている可能性を示しました。本研究の成果は、トランスポーター(注2)の輸送機構に関する研究のさらなる進展や、ビタミンCを用いた新規の医療や創薬の開発研究に貢献することが期待されます。

発表内容

ビタミンCとして知られるL-アスコルビン酸は、私たちにとって必須の栄養素の一つであり、コラーゲンの生合成や酸化ストレスへの応答といった多くの生化学的プロセスに用いられています。ヒトは体内でビタミンCを生合成することができないため、食物を通して体外からビタミンCを摂取することが必要です。これまで、小腸などで発現するビタミンCトランスポーターであるSVCT1が体外から体内へのビタミンCの取り込みを担うことが分かっていました。しかし、SVCT1がどのようにしてビタミンCを認識しているのか、またどのような動作機構によってビタミンC輸送を実現しているのかの詳細な分子機構は分かっていませんでした。

本研究では、クライオ電子顕微鏡(注3)を用いた単粒子解析(注4)によって、SVCT1がビタミンCを輸送する過程で形成する複数の状態の立体構造を決定することに成功しました。細胞内側に向かって開口している内向き開状態の構造(図1左)では、基質結合ポケット(注5)でビタミンC 分子の両側にそれぞれ1分子ずつナトリウムイオンが配位されていることが分かり、これらがビタミンCの負電荷を中和することによって、SVCT1との結合を安定化していることが分かりました。また、ビタミンCの近傍には複数の水分子が存在し、基質結合ポケット全体に広い水素結合ネットワークを形成していました。これらの複数の相互作用によって、SVCT1はビタミンCを安定して結合し認識していることが明らかになりました(図1右)。


図1:ビタミンCが結合した内向き開状態SVCT1の構造とビタミンCの認識機構

さらに、新たに決定された閉状態の構造と内向き開状態の構造を比較すると、SVCT1二量体の界面が回転するように大きく動いていることが分かりました(図2)。それぞれの状態の二量体形成を減少させる変異を導入したところ、二量体量の減少と同時にビタミンCの輸送活性も減少することが分かり、SVCT1がビタミンCを細胞内に輸送するためには、この新規の動作機構を介して2つの異なる二量体状態の両方を行き来することが必要であると示唆されました。


図2:複数構造の比較により明らかになったSVCT1の構造変化機構

この結果に基づいて、単量体同士が互いに回転するように動く新規の構造変化モチーフを提唱し、既存のモチーフに加えて新たにこれを伴うSVCT1 の基質輸送サイクル(注6)の新規モデルを考案しました(図3)。本研究の成果は、トランスポーターの輸送機構に関する基礎研究の新たな進展を促すとともに、SVCT1を標的とした新規医療開発に向けた構造基盤を提供するものです。


図3:SVCT1のビタミンC輸送サイクル

論文情報
雑誌名
Nature Communications論文タイトル
Dimeric transport mechanism of human vitamin C transporter SVCT1

著者
Takaaki A. Kobayashi, Hiroto Shimada, Fumiya K. Sano, Yuzuru Itoh, Sawako Enoki, Yasushi Okada, Tsukasa Kusakizako* & Osamu Nureki*
(*責任著者)

DOI番号
10.1038/s41467-024-49899-2

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST「細胞機能を担う超分子複合体の原子分解能ダイナミクス」(課題番号:JPMJCR20E2 研究代表者:濡木 理)、日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」および「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ」の一環として、放射光施設などの大型施設の外部開放を行うことで優れたライフサイエンス研究の成果を医薬品等の実用化につなげることを目的とした「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」などの支援により実施されました。

用語解説

注1  SVCT1
細胞外から細胞内に向かってビタミンCを輸送する膜タンパク質の一つ。主に小腸や腎臓の表皮細胞に発現し、ビタミンCの食物からの取り込みや原尿からの再吸収を行うことで、体内のビタミンC濃度の恒常性を保つ役割を果たしている。SVCT1は細胞内外のナトリウムイオンの濃度勾配を利用して、1分子のビタミンCを2分子のナトリウムイオンと共に輸送する。

注2  トランスポーター
生体膜に発現し、膜を介した物質の輸送を担う膜タンパク質の総称。さまざまな物質に対応するトランスポーターが存在し、それぞれが独自の分子機構によって対象の物質を認識し輸送している。

注3  クライオ電子顕微鏡
液体窒素(-196℃)冷却下でタンパク質などの分子に対して電子線を照射し、試料の観察を行うための装置。タンパク質や核酸をはじめとする生体高分子の像を多数撮影することで立体構造の決定を行う単粒子解析法などに用いられる。

注4  単粒子解析
クライオ電子顕微鏡で取得したデータから生体高分子の立体構造を決定する解析手法。試料を撮影した電子顕微鏡画像にはさまざまな方向を向いたタンパク質粒子の投影像が記録されているため、これらを集めて画像処理によって逆投影することで三次元構造を再構成する。

注5  基質結合ポケット
トランスポーターの内部にある、輸送する物質(基質)を結合する部分のこと。各トランスポーターが対象とする基質のみを選択的に結合するために、基質の分子形状や化学的性質に合わせた特有の構造を形成する。

注6  基質輸送サイクル
トランスポーターが物質を輸送するために繰り返す周期的な構造変化のこと。

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