体を作り上げる幹細胞が、遺伝情報を傷つけずにDNA複製を進行させる仕組みを発見

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2024-08-02 基礎生物学研究所

基礎生物学研究所 幹細胞生物学研究室の倉島公憲 特任助教、上川泰直 元NIBBリサーチフェロー(現:広島大学)、坪内知美 准教授らは、幹細胞であるES細胞が、細胞周期においてDNAを複製する仕組みを分子レベルで詳細に解析し、ES細胞ではDNA複製装置がDNA上に密に配置され、DNA複製期を通じて低速でDNA複製を進行することがDNAを確実に継承するために重要であることを明らかにしました。本成果は、EMBO Reports誌に2024年7月25日に掲載されました。
【研究の背景】
ES細胞は、体を構成するすべての細胞種を生み出すことができる幹細胞です。ES細胞は他の細胞と異なり、非常に短い周期で細胞分裂を繰り返し行う特徴があり、このことが様々な細胞種を生み出す能力の維持に重要であると考えられています。一方で、このように休みなく繰り返す細胞分裂が、細胞にストレスを与え、遺伝情報が書き込まれているDNAを傷つける要因になると言われてきました。細胞増殖の過程では、遺伝情報(DNA)をコピー(複製)し、これを二つの娘細胞に受け渡すことが行われます。ES細胞では、特に、DNA複製の過程でDNA上に配置されるDNA複製装置の進行速度が低速であることが知られていました。このことからES細胞ではDNA複製中に何かしらの不具合が生じていると考える説がこれまで広く支持されてきました。
【研究の成果】
今回、基礎生物学研究所幹細胞生物学研究室の坪内知美 准教授のチームは、ES細胞の細胞周期において、DNA複製装置が低速に進行することが、実はストレスの結果ではなく、ES細胞が確実にDNA複製を行うための戦術であることを明らかにしました。研究チームの倉島公憲 特任助教、上川泰直 元NIBBリサーチフェロー(現・広島大学)は、DNAファイバー法という手法を改良し、DNA複製期を異なるステージに分けてDNA複製速度、DNA複製が停止する頻度、複製装置のDNA上の密度を分子レベルでかつてないほど詳細に調査しました(図1)。その結果、マウスES細胞のDNA複製装置は、DNA複製の開始から終了まで低速(図2)ではあるが殆ど停止することはないこと、また複製装置が密に配置されることで、皮膚由来の線維芽細胞と同程度の時間で全DNAを複製し終わることを明らかにしました。更に、ES細胞の低速なDNA複製装置を人為的に加速させると、複製完了と細胞分裂のコーディネーションがうまく行かなくなり、正確な細胞分裂に支障をきたすことを示しました(図3)。また、ES細胞を他の細胞に分化誘導すると複製装置の加速が迅速に起こりました(図4右)。これらの結果は、ES細胞における「DNA複製装置がDNA上に密に配置され、DNA複製期を通じて低速でDNA複製を進行する」というDNA複製の特徴は、ES細胞が非常に短い周期で繰り返す細胞分裂においてDNAを確実に継承するために重要であることを示唆しています。また、今回の研究で明らかとなったES細胞のDNA複製に見られる特徴は、ヒトのiPS細胞でも認められるため(図4左)、幹細胞特有の性質であると考えられます。
体を作り上げる幹細胞が、遺伝情報を傷つけずにDNA複製を進行させる仕組みを発見図1:研究グループが改良を行ったDNAファイバー法。これまでDNA複製を開始してから異なるステージで個別にDNA複製速度・停止頻度・装置密度を調べることはできなかった。今回、DNA合成領域を標識した後にDNA総量からDNA複製ステージを評価・分画し、DNAファイバー法を施すことでDNA複製期にダイナミックに変化するDNA複製制御の詳細が明らかになった。
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図2:細胞増殖中の細胞のDNA量を指標に細胞を分画し、細胞周期S期(DNA合成期)前期、前中期、中後期、後期の4つのポイントでDNA複製装置の速度をDNAファイバー法により求めた。皮膚由来のマウス繊維芽細胞では、前中期〜中後期〜後期においてDNA合成速度が速いが、幹細胞であるマウスES細胞では、S期の全過程においてDNA合成速度は低速であることがわかる。
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図3:ES細胞に、DNA合成速度を上昇させる効果があることが知られているヌクレオシドを投与することでDNA合成速度を人為的に加速すると、染色体が2つの娘細胞に分けられる際にUltra-Fine Bridge (UFB、赤矢印)と呼ばれる架橋構造がより頻繁に観察されるようになった。UFBはDNAの切断と遺伝情報の損失に繋がると言われている。
fig4.jpg図4:さまざまな細胞について、S期(DNA合成期)前期、S期後期におけるDNA合成速度をDNAファイバー法により測定した。線維芽細胞、神経細胞、血球細胞、がん細胞であるHeLa細胞、上皮細胞ではS期後期においてDNA合成速度が加速したが、多能性幹細胞であるiPS細胞およびES細胞では、DNA合成速度は低速のままである。ES細胞を分化誘導すると(図3右)場合には、S期後期においてDNA合成速度が速くなった。

【今後の展望】
ES細胞やiPS細胞は、個体を作り上げる能力を持つため、幹細胞が持つ独自の性質を良く理解し、上手く操ることで病気や怪我で機能不全となったあらゆる細胞を置き換えるためのバックアップ細胞として活用されることが期待されています。しかし、哺乳類細胞が初めてディッシュ上で培養できるようになってから何十年も後に樹立されたES細胞やiPS細胞の実態は未だに不明な点が多く、すべての細胞の基盤となる増殖の仕組みでさえも、モデル生物や他の培養細胞で得られた知見が完全には当てはまらないことが分かり始めています。ES細胞が遺伝情報を損なうことなく増殖する仕組みを理解することは、iPS細胞を用いた再生医療の現場においても不可欠です。また今回の研究成果により、複製装置が低速に進行することはDNA複製に問題があるためだという広く受け入れられている概念に対しDNA複製分野においても一石を投じることとなりました。

【発表雑誌】
雑誌名: EMBO Reports
掲載日: 2024年7月25日
論文タイトル:
著者:Kiminori Kurashima, Yasunao Kamikawa, and Tomomi Tsubouchi
DOI:https://doi.org/10.1038/s44319-024-00207-5

【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所の倉島公憲特任助教、上川泰直NIBBリサーチフェロー(現:広島大学)、坪内知美准教授の研究グループによる成果です。

【研究サポート】
本研究は、文部科学省日本学術振興会科学研究費助成事業(16K07382, 17H06477)、JSTさきがけ(JPMJPR18K8)、創発的研究支援事業(JPMJFR2008)、武田科学振興財団(ライフサイエンス研究助成)の支援のもと行われました。

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 幹細胞生物学研究室
准教授 坪内 知美(ツボウチ トモミ)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

細胞遺伝子工学
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