手術検体の迅速検査で早期肺腺がんの術後再発を予測するバイオマーカーを同定~マイクロRNA構造アイソフォームのがん特徴的な性質を利用~

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2024-09-02 国立がん研究センター,秋田大学,福島県立医科大学,広島大学

発表のポイント

  • がん細胞では、マイクロRNAの構造アイソフォームの合成が異常であることはわかっていましたが、その生物学的意義は明らかではありませんでした。
  • 本研究により、マイクロRNAの特定構造の合成優位性を示すスコアを利用することで、早期肺腺がんの術後再発リスクを予測できる可能性が示されました。
  • また、マイクロRNAの構造アイソフォームの合成を制御する癌胎児抗原IGF2BP3を同定し、さらに、IGF2BP3が制御するマイクロRNA群が肺腺がんの悪性度を既定する遺伝子発現の制御因子であることを示しました。
  • 肺腺がんは早期であっても再発リスクが高いことから、リスクを予測することにより最適な治療方針の選択につながります。本方法は、微量の手術検体を用いて迅速に検出可能であり、早期肺腺がんの術後再発リスクの有用な診断法の開発や他のがんでの応用につながることが期待されます。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(所在地:東京都中央区、理事長:中釜 斉)研究所(所長:間野博行)分子発がん研究ユニット 土屋直人ユニット長、国立大学法人秋田大学大学院医学系研究科・器官病態学 後藤明輝教授、公立大学法人福島県立医科大学・医学部・消化管外科講座 河野浩二教授、齋藤元伸講師、国立大学法人広島大学大学院医系科学研究科・細胞分子生物学 田原栄俊教授、高橋陵宇准教授らの共同研究グループは、生体内に存在するマイクロRNAの特定の構造アイソフォーム1が、がん細胞で優位に合成されることに着目し、その構造を定量的に検出し、合成優位性をスコア化することで早期肺腺がん症例の術後再発リスクを予測できるバイオマーカーを同定しました。バイオマーカーが有用である科学的背景として、癌胎児抗原であるIGF2BP3を制御因子として同定し、その機能の一端を解明しました。本研究は、迅速・簡便・安価に早期肺腺がんの特徴を把握し、患者さんに最適な治療方針の決定に有用な診断法の開発へと応用されることが期待されます。

本研究は、2024年8月28日付で国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されました。

背景

肺がんは日本におけるがん死因の一位であり、年間で約7万6千人に死をもたらす難治性がんの一つです(国立がん研究センターがん情報サービス)。早期で発見されても約半数近くが術後に再発することが知られています。そのため、術後再発リスク、特にがんの特徴を踏まえて迅速に把握することは患者さんに適した術後の医療選択のために貴重な情報となります。

マイクロRNA2(以下、miRNA)は、内在性のnon-coding RNAであり、遺伝子発現制御因子として機能する個体の発生に必須の因子です。その機能異常は、がんの病態誘発と深く連携することがわかっています。しかしながら、「miRNAの機能異常とは何?」との問いに対しては未だ議論が続いています。

本研究では、miRNAが細胞内で合成される際に生じる構造の多様性3が、がん細胞では異常(アイソフォームの合成異常)であることに着目し、がん悪性度との関連、合成異常が起きるメカニズムの解析を実施しました。その結果、構造多様性制御の異常の数値化は、早期ステージ肺腺がんの術後再発リスクを迅速・簡便に予測できるバイオマーカーとして有望であることを示しました。

研究成果

1. がん組織中の特定miRNA構造を定量化することで早期肺腺がんの再発リスクが評価できる

これまでの研究から、がん細胞中にはmiR-21-5p(がんと関連するmiRNAとして知られている)の構造アイソフォームであるmiR-21-5p+C(miR-21-5pの3‘末端にCが付いた構造、図1を参照)の量が多いことがわかっていました。miR-21-5p+CとmiR-21-5pのどちらが優位に合成されることが、がんの悪性化に重要なのか検討しました。国立がん研究センター中央病院で外科的切除された肺腺がん症例の手術検体を利用し、miR-21-5pとmiR-21-5p+Cを定量化しました。上述のように、miR-21-5pはがんと関連するmiRNAとして報告されていましたが、肺腺がんでは、むしろmiR-21-5p+Cの合成異常が顕著であることが判りました。そこで、miR-21-5p+Cの合成優位性をスコア(D-scoreと呼びます)として数値化し、患者さんの予後との関連を調べました。その結果、D-scoreの高い肺腺がん、特に早期ステージ(ステージIとII期)、は再発リスクが極めて高いことが判りました。さらに、秋田大学医学部附属病院で手術された早期の肺腺がん手術症例を用いて、同様の解析をしたところ、やはり、D-scoreが高い症例は、再発リスクが極めて高いことが示されました(図1参照)。

図1  D-scoreと早期肺腺がんの再発リスクとの関連
手術検体の迅速検査で早期肺腺がんの術後再発を予測するバイオマーカーを同定~マイクロRNA構造アイソフォームのがん特徴的な性質を利用~

2. D-scoreは肺腺がんの遺伝子発現様式と強く連携する

次に、D-scoreは肺腺がんのどのような特徴を反映しているのかを明らかにするために、ゲノム解析により、遺伝子変異との関連を調べました。その結果、D-scoreは肺腺がんのドライバー遺伝子変異とは相関せず、ゲノム変異では既定されないことが判りました。さらに、網羅的な遺伝子発現解析から、D-scoreの高い症例は、細胞周期(DNA複製と染色体分配)の亢進があること、持続的な上皮間葉転換(転移誘発)圧力を受けていること、免疫を回避する特性を有していることが明らかになりました。このことから、D-scoreが高い肺腺がんは、たとえ早期ステージであったとしても、細胞増殖能や転移能を有する悪性度の高い腫瘍であり、また転移能を有することが、再発リスクの高さの要因であると考えられます(図2)。

3. 癌胎児抗原IGF2BP3が制御するmiRNA構造多様性は細胞内ネットワークを制御する

次に、D-scoreはどのような因子により制御されているのかを明らかにするために、肺腺がん症例のD-scoreとRNA制御因子群の遺伝子発現量との相関関係を解析し、IGF2BP3を同定しました。IGF2BP3は、癌胎児抗原と呼ばれる遺伝子の一つで、胎生期には発現しているものの、成体の正常組織ではほとんど発現が認められません。一方で、ある種のがん組織では高い発現を示す特徴があります。その機能が、がん細胞の悪性形質と連携する可能性が報告されています。肺がん細胞株のIGF2BP3の発現をノックダウン法で阻害すると、miR-21-5p+Cの合成が選択的に抑制されることが判りました。さらに、IGF2BP3が細胞の核内で、miRNAの合成因子であるDroshaと複合体を形成し、miR-21-5p+Cの合成を促進している可能性を明らかにしました。さらに詳細な解析を実施し、miR-425-5p、miR-454-3p、Let-7ファミリーの構造アイソフォームがIGF2BP3によって制御されていること、D-scoreの高い肺腺がんでそれらの発現異常が観察されることを見出しました。これらのmiRNAがD-scoreの高い肺腺がんの特徴である、細胞周期の亢進、転移誘発能と免疫関連の細胞内ネットワークを制御することを明らかにしました(図2)。

これらのことから、D-scoreはがん細胞内で生じているmiRNAの構造多様性を強く反映する指標であり、腫瘍特性と強く連携することが判ります。この原理が、早期ステージ肺腺がんの術後再発の予測を可能としていると考えられます。また、miRNAの機能異常とは、それらの発現異常のみならず、構造多様化のパターンが変化することが大切であることを明らかにしました。

図2 D-scoreにより層別化される肺腺がんの特徴とその制御機構
図2

展望

本研究の成果は、早期ステージの肺腺がんの再発を予測する診断法開発へと応用することが期待されます。また、腫瘍特性を把握しているため、治療奏効性の予測マーカーとして利用することも期待できます。D-scoreは、微量の手術検体を用いて定量的RT-PCR法4で迅速に検出することが可能であるため、検査のための患者さんへの新たな侵襲がなく(非侵襲)、医療経済的にも有用な新しい診断法の開発が次の目標となります。

発表論文

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) (米国科学アカデミー紀要)

タイトル
Oncofetal IGF2BP3-mediated control of microRNA structural diversity in the malignancy of early-stage lung adenocarcinoma.

著者
Yuko Fujiwara, Ryou-u Takahashi, Motonobu Saito, Michinobu Umakoshi, Yoko Shimada, Kei Koyama, Yasushi Yatabe, Shun-ichi Watanabe, Souichi Koyota, Yoshihiro Minamiya, Hidetoshi Tahara, Koji Kono, Kouya Shiraishi, Takashi Kohno, Akiteru Goto, Naoto Tsuchiya

DOI
10.1073/pnas.2407016121

掲載日
2024年8月28日付

URL
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2407016121

研究費

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
研究事業名:革新的がん医療実用化研究事業
研究課題名:微量手術検体の迅速検査による早期非小細胞肺がん再発リスク診断法の開発
研究代表者名:土屋直人

発表者

国立研究開発法人国立がん研究センター
藤原優子(筆頭著者)、島田陽子、谷田部恭、渡辺俊一、白石航也、河野隆志、土屋直人(責任著者)

国立大学法人秋田大学
馬越通信、小山慧、小代田宗一、南谷佳弘、後藤明輝

公立大学法人福島県立医科大学
齋藤元伸、河野浩二

国立大学法人広島大学
高橋陵宇、田原栄俊

用語説明

注1 構造アイソフォーム
遺伝子から合成されるmiRNAは、成熟体と呼ばれる22塩基長の構造が主体となるが、合成過程でその両末端の構造が異なるものが合成されることがある。これらをマイクロRNAの構造アイソフォームまたはisomiR(アイソミア)と呼ぶ。(図1のmiR-21-5p(成熟体)とそのアイソフォームであるmiR-21-5p+Cの塩基配列を参照)

注2 マイクロRNA(miRNA)
細胞内に存在する22塩基長からなる短いRNA分子のことである。このRNAはタンパク質の情報を含まない特徴がある(タンパク質情報をコードしていないため、non-coding RNAの総称で示される)。miRNAは、自身の配列と相補性を有するメッセンジャーRNA(mRNA)を標的として、そのmRNAのタンパク質への翻訳やmRNAの分解を促進することで、遺伝子の発現を制御する機能を持つ。

注3 構造多様性
細胞内では、上記のように成熟体と構造アイソフォームが、様々な割合で混在している。その構成比率は、各miRNAによって違いがあるが、悪性のがん組織では、構造アイソフォームの比率に特徴がある。本研究では、miRNAの成熟体とアイソフォームの比率を構造多様性と定義した。

注4 定量的RT-PCR法
定量的逆転写PCR(Polymerase Chain Reaction)法であり、RNAを鋳型として逆転写反応により鋳型DNAを合成し、定量的に標的を増幅することにより、遺伝子の発現量を定量化する方法である。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
国立がん研究センター研究所 分子発がん研究ユニット
ユニット長 土屋 直人

広報窓口
国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室
国立大学法人秋田大学 広報課
公立大学法人福島県立医科大学 広報コミュニケーション室
国立大学法人広島大学 広報室

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