2018-09-25 東京大学,国際電気通信基礎技術研究所,北海道大学,北陸先端科学技術大学院大学
東京大学、国際電気通信基礎技術研究所、北海道大学、北陸先端科学技術大学院大学の研究グループは、自己の運動とその結果の時間間隔が、実際よりも短く感じられる現象に対応する脳活動を見いだしました。この成果は、心理的な時間が変化するとき、それに応じて脳活動のタイミングも変化することを初めて明らかにしました。
スイッチを押してから、部屋の明かりがつくまでに一定の時間差がある場合があります。何回もスイッチを操作したことのある自分の部屋では、時間差はほとんど感じられなくなっています。しかし、初めて訪れた家では、同じ時間差でもはっきり感じられます。また、自分の意志でスイッチを操作するときは、人から強制的に操作させられるときよりも、時間差は短く感じられることが知られています。このように、慣れや意志の作用で時間が短くなることは、心理学ではよく知られています。しかし、このとき脳の中でどのような変化が起きているかは謎でした。
東京大学大学院人文社会系研究科の今水寛教授は、国際電気通信基礎技術研究所の蔡暢研究技術員・河内山隆紀研究員、北海道大学の小川健二准教授、北陸先端科学技術大学院大学の田中宏和准教授と共同で、人間の脳活動を高い時間分解能で調べる脳磁図と、高い空間分解能で調べる機能的磁気共鳴画像法の両方を用いて、この心理現象に対応する脳活動の変化を調べました。その結果、時間が短く感じられるとき、スイッチを押すタイミングは変わらなくても、運動の準備に関わる脳活動(運動準備電位)のタイミングが遅れることを発見しました。そればかりではなく、明かりの点灯によって誘発される脳活動(視覚誘発電位)のタイミングは、逆に早くなっていました。つまり、運動の準備に関わる脳活動と、運動の結果を知覚する脳活動のそれぞれのタイミングが、互いに引き合うようにシフトすることで、心理的な時間が短くなったと考えられます。
運動とその結果の心理的な時間間隔は、様々な装置の操作感に影響します。また、精神疾患で見られる幻覚の一部は、運動と結果を結びつけるメカニズムの変容が原因であることも知られています。今回の成果は、操作感の良い装置の開発につながるだけでなく、自己と外部世界の関係を正しく認識するメカニズムの解明につながることが期待されます。
今水教授は「心理学ではよく知られている現象でも、脳科学では解明されていないことが、たくさんあります」と話します。「両者の橋渡しを通して、心と脳の関係を解明していきたい」と続けます。
運動とその結果の時間間隔が圧縮されるメカニズム
左の図は運動(スイッチを押すこと)の準備に関わる脳活動を示す。左上の図は、心理的な時間が短くなったことに対応して、運動前の脳活動に時間変化が見られた領域(オレンジ―黄色)を示す。左下の図は、どのような変化が見られたかを時間軸上で示す。赤い線は、心理的な時間が短くなった場合の脳活動、青い線は短くならなかった場合の脳活動を示す。心理的な時間が短くなるとき、運動の準備に関わる脳活動は遅れる(灰色の矢印)。右の図は、運動の結果(明かりの点灯)によって誘発される脳活動を示す。右上の図は、後頭部の視覚野で脳活動に時間変化が見られた領域(赤―黄色)を示す。右下の図は、領域内の活動の時間変化を示す。心理的な時間が縮むとき、運動結果を知覚する脳活動は早くなる(青線から赤線への変化)。
© 2018 蔡暢・今水寛
論文情報
Chang Cai, Kenji Ogawa, Takanori Kochiyama, Hirokazu Tanaka, and Hiroshi Imamizu, “Temporal recalibration of motor and visual potentials in lag adaptation in voluntary movement,” NeuroImage Online edition: 2018年2月8日, doi:10.1029/2018GL077784.
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