隔離飼育されたマウスの「周囲に馴染まない」行動は、集団飼育されたマウスとの同居で改善する

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精神疾患の治療法開発研究への寄与に期待

2018-12-11 早稲田大学,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • マウスを用いた動物実験により脳の探求が進んでいるが、マウスの社会性に関する研究は進んでいない。特に集団生活の中でマウスが相手に対してどのように振る舞い、あるいは相手とともにどう振る舞うのかは謎が多かった。
  • 集団生活している個々のマウスの位置情報を自動検出する解析ソフトウェア開発に成功した。
  • 思春期に社会的隔離(※1)を経験したマウスは、集団生活をしていたマウスに比べて「周囲に馴染む」(社会的近接性(※2)が向上する)までに数倍の日数を要することを明らかにした。さらに、「周囲に馴染む」のが得意な個体が同居していると、得意でない個体同士でも素早く馴染めるようになることを明らかにした。
  • 今回の成果は、社会性近接性の発達や改善方法について、マウスを用いた研究により生物学的に解明できる可能性を示している。今回の解析ソフトウェアを用いたマウス研究が進むことで、社会の中で成長する人間の「こころ」とは何かが解明され、自閉スペクトラム症(ASD)(※3)や社会不安障害などの精神疾患の治療法開発が進展すると期待される。
概要

早稲田大学人間科学学術院の掛山正心教授(同大重点領域研究機構環境医科学研究所長)らの研究グループは、集団生活しているマウスの社会的近接性を調べるため、個々のマウスの位置情報を自動検出する解析ソフトウェアの開発に成功しました(図1参照)。この解析ソフトウェアを用い、初対面同士の4個体を同居させた時、思春期に社会的隔離を経験したマウスは、集団生活をしていたマウスに比べて「周囲に馴染む」(社会的近接性が向上する)までに数倍の日数を要することを明らかにしました(図2参照)。さらに「周囲に馴染む」のが得意でない個体同士であっても、社会的近接性の高い個体が同居していると素早く馴染めるようになることを明らかにしました(図3参照)。社会的生物とも言われる人間の社会的場面での振る舞いは、発達期の社会経験が影響し、またその時の社会環境によっても変わります。すなわち今回の実験により、社会性を司る脳機能の生物学的基盤は、我々が思っていたよりもマウスとヒトとで共通していることが示されました。加えて今回の実験により、周囲の社会的近接性を高める個体について、その振る舞いの特徴を見出しました(図4参照)。マウスの「振る舞い」を人間に直接当てはめることはできませんが、開発された解析ソフトウェアを用いた研究が進むことで、社会の中で成長する人間の「こころ」とは何かが解明され、自閉スペクトラム症(ASD)や社会不安障害などの精神疾患の治療法開発が進展すると期待されます。
本研究成果は、2018年12月11日(火)午前10時(英国時間)にNature関連誌「Communications Biology」で公開されました。

研究の背景

マウス・モデルを用いた実験研究は生命の謎の解明と治療薬の開発に多大な貢献をしています。しかし人間の高度な精神機能のすべてをマウス実験で解明することは難しく、精神機能の中でも特に社会性を生み出し制御する機能の解明は進んでいません。一方で、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)をはじめとした多くの精神疾患の症状は社会的場面で表出する、あるいは社会的要因が疾患の発症・増悪の要因の一つになりうると考えられている重要なテーマです。
社会的生物ともいわれる人間の「こころ」は、他者との社会的経験の中で成長し、成長後も社会から刺激を受け続けます。社会関係は親子・家族関係から始まり、やがて仲間とそれ以外を区別する親密性が生まれます。生活の中で受ける社会的ストレスは、刺激や経験となって健全な「こころ」の成長を促し健康の維持に効果を発揮する一方、時には精神状態に悪影響を及ぼす要因にもなります。社会の中で育まれ、社会的場面に応じて変化する人間の振る舞いを、はたしてマウスで再現できるでしょうか?これまでのマウス実験の多くは、1匹の被験マウスに刺激個体を提示して攻撃性や嗜好性を解析する手法がとられてきました。掛山正心教授らの研究グループではこれまで、集団生活の中で生じるマウスの行動変化を解析することで、成熟マウスの社会行動が、発達期の様々な問題で変容することを明らかにしてきました(Plos One 2012, Physiol. Behav 2014, J. Neurosci. 2015など)。そして今回、集団生活中のマウスの社会的近接性の解析に取り組みました。

研究の成果

集団生活中のマウスの社会的近接性の解析には、常に「それぞれの個体」が「どこにいる」かという情報が必要です。しかし実験動物であるマウスは遺伝的背景が均質化されているため外見上の違いがほとんどありません。そこで掛山正心教授の研究グループは、赤外線を反射するIDゼッケンをマウスに背負わせ、IDをパターン識別することで、集団生活するマウスの個体識別と位置情報の取得を自動で行う解析ソフトウェアMultiple Animal Positioning System (MAPS)を開発しました(図1参照)。MAPSソフトウェアには、膨大な映像ファイルを管理するデータベースシステムも実装されています。
そして、発達期の社会的経験が社会行動に及ぼす影響を調べるため、人間の思春期に相当する生後4週齢から成熟までを単独飼育したマウス(単飼マウス)と集団飼育したマウス(群飼マウス)を用意し、MAPSを用いて社会的近接性の解析を行いました。今まで一度も会ったことのない群飼マウス4匹を1組として数十センチメートル四方のフィールド内で集団飼育したところ、初めて会ったマウス同士でも数時間で社会的近接性が高まり、つまり寄り添って寝ている様子が確認できました。しかし社会的隔離の経験をもつ単飼マウスは、お互いに最大の距離を保つようにそれぞれ四隅にわかれて過ごし、群飼マウスのように社会的近接性が高まるまでに数日の時間を要しました(図2参照)。
次に群飼マウスと単飼マウスを各2匹ずつの組み合わせで実験を行ったところ、群飼マウスのペアは同様に数時間で社会的近接性が高まり、次に群飼マウスと単飼マウスのペアが、最後に単飼マウスのペアの社会的近接性が高まることがわかりました。興味深いことに、この群飼と単飼マウス混合の実験では、単飼マウスだけで行った時よりも、単飼マウス同士の社会的近接性はより早く高まることがわかりました(図3参照)。
群飼マウスのどのような点が単飼マウスの社会的近接性に影響したのかを調べるため、MAPSにより行動パターンを詳細に解析した結果、群飼マウスはむしろ他個体への物理的アプローチが少ないことがわかりました(図4参照)。そこで次に、物理的アプローチができないように麻酔で眠らせたマウスと単飼マウスを集団飼育したところ、群飼マウスを同居させた時と同様に、(麻酔をかけていない)単飼マウス同士の社会的近接性の促進効果が認められました。
以上の結果から、マウスの社会的近接性は、(1)発達期の社会的経験の影響を強く受け、(2)適切な社会環境によって回復できるという、我々が考えていた以上に人間の社会的近接性の特徴に類似した現象であることがわかりました。そして少なくともマウスにおいては、他者の社会的近接性を高めるためには、他者への反発性が低い、いわば「どっしりしている」ことが重要であることも示唆されました。

今後の展開

今回開発したマウスの社会的近接性解析ソフトウェアは、ASD治療薬の薬効検証や薬効メカニズム解明に寄与することが期待されます。また、研究リソースが豊富なマウスを用いた社会性の解析が進むことで、社会の中で成長する人間の「こころ」とは何かという謎の解明に寄与することが期待されます。解析ソフトウェアMAPS 1.0は論文発表と同時に、一部の商用パターンマッチングアルゴリズムを除き、非営利目的の研究に対して無償提供されます。

論文情報
発表雑誌
Communications Biology(コミュニケーションズ・バイオロジー)
論文タイトル
Multiple animal positioning system shows that socially-reared mice influence the social proximity of isolation-reared cagemates
著者
Nozomi Endo, Waka Ujita, Masaya Fujiwara, Hideaki Miyauchi, Hiroyuki Mishima, Yusuke Makino, Lisa Hashimoto, Hiroshi Oyama, Manabu Makinodan, Mayumi Nishi, Chiharu Tohyama*and Masaki Kakeyama*(*責任研究者)
研究グループ

解析ソフトウェア(MAPS 1.0)の開発は、東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター遠山千春教授研究室(現:東京大学名誉教授、筑波大学客員教授)において、遠藤のぞみ博士(東京大学大学院医学系研究科博士課程大学院生(当時)(現:奈良県立医科大学助教)と宇治田和佳博士(東京大学大学院医学系研究科博士課程大学院生(当時))、掛山正心博士(東京大学大学院医学系研究科助教(当時)らが、((有)ココズネット(福岡市中央区、宮内英昭代表取締役)との共同研究開発として、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」(脳プロ)課題E(生涯健康脳)の支援を受けて行われました。
動物実験ならびにデータ解析は東京大学ならびに早稲田大学において、遠藤のぞみ博士(早稲田大学人間総合研究センター研究助手(当時))、藤原昌也博士(早稲田大学環境医科学研究所次席研究員)、三嶋博之博士(早稲田大学人間科学学術院教授)、掛山正心博士(早稲田大学人間科学学術院教授)らによって、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム『臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳):発達障害・統合失調症研究チーム(チーム長:浜松医科大学・山末英典)』、文科省科学研究費補助金、厚生労働科学研究費補助金、早稲田大学重点領域研究、早稲田大学人間総合研究センタープロジェクト研究、文科省脳プロ課題E等の支援を受けて行われました。

用語解説
※1社会的隔離
発達期に他者との社会的相互作用から隔絶されることを指します。母親や仲間との隔絶は「こころ」の発達に大きな影響を及ぼすことが、人間やサル、マウスなどの動物において明らかにされています。人間の場合、社会的隔離は文化・文明との隔離に直結するのでより複雑な問題を引き起こします。サルの場合は社会的行動に大きな影響を与えることが知られており(養育行動や性行動の異常、社会的順位関係の不安定性など)、マウスの場合は抑うつ症状を引き起こすことが報告されてきました。本研究グループは以前、授乳期間中の幼若マウスを母親や兄弟と隔離する(1日あたり3時間)ことで成熟後の社会行動に異常が生じることを報告しています。
※2社会的近接性
社会的な相手、つまり他者との距離が近いことを指します。「スキンシップ」といわれるように近接性は人間においても他者との関係性構築において重要な働きをしています。授乳期間中のマウスの社会的近接性は極めて高く、常に母親と乳仔は寄り添っています。成熟後も、集団飼育下では図2に見られるように、寄り添って寝ている姿を頻繁に観察することができます。
※3自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)
従来の自閉症からアスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害までを含む概念です。自閉症的な特性は、重度の知的障害を伴った自閉症から、自閉スペクトラム症の症状を持ちながらも症状の数が少なく程度も軽い正常範囲の人まで続くスペクトラムを形成するという考えに基づいています。
参考図


図1. 開発した解析ソフトウェア Multiple Animal Positioning System (MAPS)

赤外線を反射するIDゼッケンをマウスに背負わせ、IDをパターン識別することで、集団生活するマウスの個体識別と位置情報の取得を行うソフトウェアを開発しました(非営利研究目的に限り無償提供中)。


図2. 単飼マウスは社会的近接性が低い

発達期から集団飼育されていた群飼マウスは、今まで会ったことのない個体と同居させた時に2時間程度でハドリング(寄り添い)行動を示しました。発達期に1匹だけで飼育された単飼マウスはお互いに最大の距離を保つようにそれぞれ四隅にわかれて過ごし、群飼マウスのように社会的近接性が高まるまで30時間以上を要しました。


図3. 単飼マウスの社会的近接性は社会環境によって改善できる

群飼マウスと単飼マウスを各2匹ずつの組み合わせで実験を行ったところ、約10時間で群飼マウスと単飼マウスのハドリングが生じました。加えて単飼マウス同士のハドリングも、単飼マウス4匹条件で行った時よりも早く、約20時間で生じました。


図4 群飼マウスは単飼マウスよりもアプローチの頻度が少なかった

上記の、群飼マウスと単飼マウスを各2匹ずつの組み合わせで実験(図3)におけるマウスの「振る舞い」をMAPSによって解析したところ、単飼マウスは持続時間の短い物理的アプローチを数多く行なっていること、群飼マウスは単飼マウスに比べて、むしろアプローチ回数が少ないことがわかりました。

本件に関するお問い合わせ先

学校法人早稲田大学人間科学学術院
教授  掛山 正心
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部 脳と心の研究課

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