ニホンジカの過去10万年の個体数増減を解明~人間の捕獲による管理が増減を決める~

ad

2023-04-04 森林総合研究所

ポイント

  • ニホンジカの歴史的な増減を推定した結果、現在のシカは過去10万年で最大あるいはそれに近い水準まで増加していることが明らかになりました。
  • 増加の要因は、気候変動や上位捕食者の絶滅よりも、人間による捕獲圧が低下したことによる可能性が⾼いと考えられました。
  • この結果は、シカによる影響を許容範囲に収めるためには、⼈間による継続的な管理が必要であることを⽰唆するものです。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所らの研究グループは、過去10万年間のニホンジカ個体数の増減を推定し、現在のシカはその間で最⼤あるいはそれに近い⽔準まで増加していること、その要因は主に捕獲圧の低下であることを明らかにしました。

近年、シカによる深刻な農林業被害や⽣態系への影響が問題となっています。そのため、シカの捕獲(⽣息密度調整)が⾏われていますが、その⼀⽅でシカは⽇本の在来種であるため、シカを根絶するのではなく、適正な⽬標を設定して管理する必要があります。この⽬標を設定するためには、現在のシカが本当に多過ぎるのか、そして多過ぎるならなぜそうなったのかを明らかにする必要があります。本研究では、⽇本の複数地域においてシカのサンプルを収集し、遺伝学的⼿法により過去10万年間の有効集団サイズ(繁殖に寄与した個体数)を世界で初めて推定しました。その結果、現在のシカは過去10万年間で最⼤、あるいはそれに近い⽔準まで増加していることがわかりました。そして、シカが過去に⼤きく増加したタイミングの多くは⼈間による捕獲圧が低下した時期と⼀致していた⼀⽅、気温や降⽔量の変動やニホンオオカミの絶滅とは関係が明確ではありませんでした。本研究の成果は、シカによる影響を許容範囲に収めるためには⼈間による継続的な捕獲が重要であることを歴史的な観点から⽰した点で、⼈間によるシカ管理の必要性を後押しするものです。

本研究成果は、2023年3月9日にThe Holocene誌でオンライン公開されました。

背景

ニホンジカ(以下、シカ)の増加により、⾃然植⽣における特定の植物種の減少や深刻な農林業被害が⽣じています。近年では、こうした森林や⾥⼭での影響に加え、都市にシカが出没して⼈間と遭遇し、交通事故を引き起こすことがあるほか、シカが⼈獣共通感染症を媒介するマダニを増やすことも⽰され、更にヤマビルの⽣息域を拡⼤させるなど、シカの管理は⼈間が安全に⽣活する上でも重要な課題です。その⼀⽅で、シカは数⼗万年前から⽇本列島に⽣息している在来種ですので、シカを根絶するのではなく、適正な密度で管理する必要があります。しかし、現在のシカの数が、過去数⼗万年の間でも特に多い⽔準にあるのか、それとも過去にはもっと数の多い時期があったのかについてはまったく解明されていません。また、シカの増減は、⼈間による捕獲だけでなく、気候変動やシカを捕⾷する⾁⾷動物などの影響もあると考えられます。現在のシカは多いのか、そして多いならなぜそうなったのかを明らかにしないと、適正な密度を検討することはできません。そのためには、より⻑期的なシカの増減を推定し、増減に関わっていた要因を明らかにする必要があります。

内容

本研究では、北海道と兵庫県で、シカのサンプルをそれぞれ100個以上採集しました。採取したサンプルからDNAを抽出し、塩基配列を解読しました。塩基配列の情報に基づき、過去10万年間の有効集団サイズ(繁殖に関わった個体数)を遺伝学的⼿法により推定しました。ただし、有効集団サイズが変化するタイミングは、設定する世代時間によって前後します。そのため、推定した有効集団サイズは、時代ごとの詳細な出来事との対応関係を検討するものではなく、全体的な傾向を評価するものと考えていただければと思います。

その結果、北海道の有効集団サイズは、約2000〜3000年前と明治時代以降に⼤きく増加し、現在は過去最⼤の⽔準と⽐べるとやや少ないと推定されました(図)。⼀⽅、兵庫県の有効集団サイズは、約8万年前、約1500年前、及び明治時代以降に増加し、現在は過去最⼤の⽔準となっていると推定されました(図)。さらに、これらの増加したタイミングの多くは、⾷料としてのシカの利⽤が減少した時期や禁猟により捕獲数が減少した時期と⼤まかに対応する⼀⽅、気温や降⽔量が⼤きく変化した時期やオオカミが存在していた時期との関係は明確ではありませんでした。

なお、シカは中国に⾃然分布する他、世界各地に導⼊されていますが、シカの歴史的な動態を推定したのは本研究が世界で初めてとなります。

北海道と兵庫県における100世代前を1とした相対有効集団サイズを示したグラフ

図 推定されたシカの有効集団サイズ(上段は北海道、下段は兵庫県の結果。左列のグラフは過去400年までの推定値を示す。右列のグラフは400年前から10万年前までの推定値を対数表示で示している)。いずれも、左ほど現在に近くなる。

今後の展開

本研究によって、現在のシカの個体数は歴史的に⾒ても多い状態にあり、シカは歴史的に⼈間の捕獲によって個体数を変動させてきた可能性が⽰されました。そのため、今後シカによる影響を許容範囲に収め管理していくためには、将来にわたって捕獲を継続、強化していく必要があります。しかし、⽇本はこれから⼈⼝減少社会を迎える中、持続的な捕獲体制をどのように構築するのか、すぐにでも検討を進める必要があります。

なお、当所では、今回の研究で含まれていなかった他地域のシカや、シカが⾷べる植物の有効集団サイズについても分析を進めています。調査地域をさらに増やし、植物の増減にシカがどの程度寄与しているのかを明らかにすることで、⽇本列島におけるシカの歴史的な動態と植⽣への影響の解明を主導していきます。

論文

論文名:Current sika deer effective population size is near to reaching its historically highest level in the Japanese archipelago by release from hunting rather than climate change and top predator extinction

(現在のニホンジカの有効集団サイズは、気候変動や捕⾷者の絶滅よりも、捕獲の減少によって歴史上の最⼤⽔準近くに達しつつある)

著者名:Hayato Iijima, Junco Nagata, Ayako Izuno, Kentaro Uchiyama, Nobuhiro Akashi, Daisuke Fujiki, Takeo Kuriyama

掲載誌:The Holocene、2023年3⽉9⽇オンライン公開

DOI:https://doi.org/10.1177/09596836231157063

研究費:⽂部科学省科学研究費補助⾦(21H02247)

共同研究機関

地⽅独⽴⾏政法⼈北海道⽴総合研究機構森林研究本部林業試験場道北⽀場、兵庫県⽴⼤学

報道機関関係者の⽅々へのお願い

本研究に興味を持っていただきありがとうございます。本研究成果を取り上げる際には、原典の論⽂を引⽤していただきますようお願い致します。特にウェブサイト版での記事やSNS(TwitterやFacebook、YouTube 等)等での情報発信の際には、上述の論⽂へのリンク(DOI)を付けていただくことを検討いただければ幸いです。また、このお願いにつきまして⽣物科学学会連合から提出されました「研究成果をメディアへ報道する際のお願い(https://esj.ne.jp/esj/message/no0804.html)も併せてご覧いただければ幸いです。

お問い合わせ先

研究担当者:

森林総合研究所 野⽣動物研究領域 ⿃獣⽣態研究室 主任研究員 飯島勇⼈

広報担当者:

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

ad

生物環境工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました