キャッサバ開花の謎に迫る~東南アジアではキャッサバを山で育てると花が咲く~

ad
ad

2020-09-09 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、徳永浩樹特別研究員らの国際共同研究グループは、熱帯作物キャッサバ[1]の開花に適した環境と、開花に関わる分子メカニズムを解明しました。

本研究成果は、キャッサバの開花期を調整する技術開発につながるとともに、優良品種の作出に貢献すると期待できます。

キャッサバは、主にアフリカや東南アジアで栽培され、その塊根(イモ)は世界5~10億人の食糧源であり、食糧安全保障上、重要な作物として位置づけられています。今後は品種改良されることが期待されていますが、それに必要なキャッサバの開花に適した環境や気象については、よく分かっていませんでした。

今回、国際共同研究グループはベトナムとカンボジアの5地域においてキャッサバの発育調査を行いました。その結果、平地の圃場では開花しないが、山間地や高原地帯の圃場では9~11月の乾季に開花することが分かりました。また、遺伝子発現解析により、開花期には、フロリゲン[2]を作るFT遺伝子[2]のオーソログ遺伝子[3]であるMeFT1遺伝子や、光周性花成経路[4]に関わる遺伝子が発現上昇するのに加えて、乾燥やアブシジン酸[5]に関与する遺伝子応答が起きることが分かりました。この結果から、乾季の山の環境では、キャッサバの乾燥応答やアブシジン酸応答が平地よりも起こりやすく、それがMeFT1遺伝子の発現上昇につながり、開花が促進されることが示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』のオンライン版(9月9日付)に掲載されます。

ベトナム北部の山間地バッカム省におけるキャッサバの調査圃場と開花の図ベトナム北部の山間地バッカム省におけるキャッサバの調査圃場(左)と開花(右)

背景

熱帯作物のキャッサバ(学名:Manihot esculenta Crantz)は、高温や乾燥、酸性土壌などの不良環境でも高い収量性を示すことから世界的に注目されています。主にアフリカや東南アジアで栽培され、その塊根(イモ)は世界5~10億人の食糧源です。また、近年では、日本や他の先進国に加工デンプンやタピオカ粉として輸出され、発展途上国の農家にとって重要な現金獲得の手段になっています。

これまで、キャッサバはイネやトウモロコシ、麦などの主要作物の中で唯一、先進国における研究対象ではありませんでしたが、今後は、品種改良により収量性がより高く病害虫に強い優良品種を作出することが期待されています。品種改良のためには、花が咲いたときに、花粉を雌しべに受粉させる交配作業を行う必要があります。しかし、キャッサバは滅多に開花せず、開花する場合も品種や個体間で開花のタイミングがそろわないことから、交配育種が難しいとされています。

キャッサバに限らず熱帯の植物では、開花に影響する気象条件がよく分かっていません。温帯では四季の変化が明瞭なことから、植物は気温や日照の変化を感知することで開花時期を決める仕組みを持っています。一方、熱帯では年間を通して気温や日照の変化が少ないため、何か他の環境シグナルを感知していると考えられています。そのシグナルとして、乾燥や低温の影響が示唆されていますが、決定的な結論はまだ出ていません。

そこで、国際共同研究グループは、キャッサバが開花する環境や気象を明らかにするために、ベトナムとカンボジアの複数地域の圃場でキャッサバを栽培し、開花の有無や開花時期を調査しました。

研究手法と成果

まず、国際共同研究グループは、ベトナムとカンボジアの5地域、合計6カ所の圃場に(ハノイでは2圃場)、KU50という東南アジアで広く用いられているキャッサバ品種の植え付けをほぼ同時期(4月)に行い、その後の成長を調査しました(図1)。すると、ベトナムの山間地バッカム省と高原地帯ランドン省では開花しましたが、平地に位置するベトナムのハノイやドンナイ省、カンボジアのバッタンバン州では全く開花しませんでした。この結果から、キャッサバは山や高原で栽培されると、花が咲くことが分かりました。実は、国際共同研究グループは調査前に、東南アジアのキャッサバの農家や専門家の多くが「キャッサバを山で栽培すると、毎年花が咲く」と話していることに気付いており、このことが実証されたことになります。

バッカム省とハノイで開花期を比較すると、両方の圃場で8月頃までの成長には違いはありませんでしたが、9月以降バッカム省で枝分かれが多くなり、特に9月から11月頃に多くの個体が花芽を付けたのに対し、ハノイでは花芽を付けませんでした。バッカム省では、2017年と2018年とで同様な結果が得られました。また、KU50だけでなく他の品種でも、山で開花が促進されました。さらに、植え付け時期をずらしても開花期は同じだったことから、開花期は株齢で決まるわけではなく、8月以降に変化した気象が影響する可能性が考えられました。

キャッサバの開花調査の圃場の図図1 キャッサバの開花調査の圃場

ベトナムとカンボジアの複数地域の調査圃場。赤三角で示したベトナムの山間地バッカム省と高原地ランドン省の圃場では開花が見られたが、青三角で示した平地に位置するベトナムのハノイ(市内に2つの圃場)とドンナイ省、カンボジアのバッタンバン州では開花は見られなかった。

キャッサバは、植物ホルモンのフロリゲンを作るFT遺伝子のオーソログ遺伝子であるMeFT1遺伝子とMeFT2遺伝子を持っています。バッカム省とハノイにおいて、5月から11月まで約1カ月ごとに遺伝子発現用の葉をサンプリングしました。サンプルから抽出したRNAをリアルタイムPCR[6]により解析した結果、MeFT2遺伝子はバッカム省でもハノイでも開花期と関係なく毎回発現しました。一方、MeFT1遺伝子はハノイでは発現しませんでしたが、バッカム省では8月中旬から発現が上昇しました(図2)。これらの結果から、山の環境がMeFT1遺伝子の発現を誘発し開花することが分かりました。

開花ホルモン遺伝子の発現変化の図図2 開花ホルモン遺伝子の発現変化

MeFT1遺伝子の発現変化。バッカム省では、8月中旬から遺伝子発現が上昇し12月まで見られたのに対し、ハノイでは全く見られなかった。なお、ベトナム北部では12月頃から冬に入り、気温の低下に伴いキャッサバの生育は停止する。

さらに、同サンプルのRNAシークエンシング解析[7]を行い、網羅的に遺伝子発現を定量化しました。モデル植物であるシロイヌナズナでは、開花に関連する遺伝子が数多く報告されていますが、キャッサバはそれらの類似性が高い遺伝子を214個持っています。解析の結果、そのうち14個の遺伝子の発現がMeFT1遺伝子の発現と相関すること(9個が正の相関、5個が負の相関)が分かりました。特に、シロイヌナズナで光周性花成経路に関わるGI遺伝子やPHYA遺伝子などが、MeFT1遺伝子と同様に開花期に発現上昇していました。ハノイとバッカム省の圃場では日照時間に差がないことから、これらの遺伝子の発現変化は日照時間以外の要因が関与していると考えられます。

そこで、遺伝子オントロジーエンリッチメント解析[8]により、RNAシークエンスデータからMeFT1遺伝子の発現と挙動が似ている遺伝子を抽出し、どのような働きをする遺伝子が多くあるか調べました。その結果、水欠乏などの乾燥応答や紫外線応答に分類される遺伝子が多く、乾燥やアブシジン酸に応答するABA1、ABF2、TSPO、GolSなどの遺伝子があることが分かりました。アブシジン酸は、シロイヌナズナではGI遺伝子やCO遺伝子の働きを高め、FT遺伝子を活性化させることが分かっています。したがって、山の環境では乾燥応答やアブシジン酸応答が平地よりも起こりやすく、それがMeFT1の発現上昇につながり、開花が促進されると考えられます。

以上のように、キャッサバを山で栽培したときの遺伝子レベルでの応答は明らかになりましたが、開花にどのような気象が影響しているのかについては、まだ結論を出せていません。バッカム省とハノイでは、年によって差があるものの9~10月頃から乾季が始まり、その時期にバッカム省では開花が見られることから、乾季の山間地で開花が促進されていると考えられます。ただし、雨量が低下する前にバッカム省ではMeFT1遺伝子の発現上昇が始まり、ハノイではMeFT1遺伝子は発現しないことから、少なくとも単に雨量の低下のみが、MeFT1遺伝子の発現や花成(栄養成長から生殖成長への移行)のきっかけになっているのではなく、山間地に特有な他の要因が影響していると考えられます。

また、最高気温はバッカム省とハノイで一年中差がありませんが、夜間の気温を反映する最低気温は、年間を通してバッカム省の方が低くなっています。これは、山間地では放射冷却が大きいことが影響しています。これまでに、温度・湿度・照度・明暗周期などを制御できる人工気象器を用いた試験により、温度が低い栽培条件ではMeFT1遺伝子の発現が誘導されたという報告もあります。したがって、夜間の低温条件がキャッサバの乾燥応答を助ける効果があり、それが開花につながる可能性があると考えています。

今後の期待

今回の研究で、東南アジアでは、山や高原でキャッサバの開花が起きることを証明しました。南米においても高地での開花現象に言及する研究者もいることから、世界中で同様の現象が起きることを想定した場合、今後、この知見によって、世界中でキャッサバの品種改良の効率化が進むことが期待できます。

本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち「2.飢餓をゼロに」と「15.陸の豊かさも守ろう」に大きく貢献するものです。

補足説明

1.キャッサバ
学名:Manihot esculenta、英語名:cassava。熱帯・亜熱帯地域で栽培されている作物。挿し木で増殖し、根には塊根が形成される。塊根中で合成されるデンプンは、全世界で5~10億人の重要な食糧源・エネルギー源となっており、食糧安全保障および産業利用上、重要な作物として位置づけられている。

2.フロリゲン、FT遺伝子
フロリゲンは、葉で合成され、師部を通って茎頂へ輸送され花芽形成を誘導する物質。シロイヌナズナではFLOWERING LOCUS T(FT)遺伝子が作り出すタンパク質がフロリゲンであることが明らかになっている。

3.オーソログ遺伝子
種分化によって生じた類似した遺伝子のこと。

4.光周性花成経路
日長の変化を感知してフロリゲンを合成する分子機構。

5.アブシジン酸
生体内でさまざまな生理機能を発揮する植物ホルモンの一つでABAと略される。気孔の閉鎖、乾燥耐性の獲得、種子の成熟や休眠、器官の離脱などの生理作用がある。

6.リアルタイムPCR
PCR反応で増幅したDNA量を増幅サイクルごとに経時的(リアルタイム)に測定することで、サンプル中にある鋳型DNAの定量を行う方法。

7.RNAシークエンシング解析
大量の配列を決定できる次世代シークエンサーを用いた遺伝子発現の網羅的解析。

8.遺伝子オントロジーエンリッチメント解析
遺伝子オントロジー(gene ontology; GO)は、遺伝子の生物的プロセス、細胞の構成要素および分子機能に着目して、遺伝子に付けられるアノテーション(注釈)である。遺伝子オントロジーエンリッチメント解析は、ある遺伝子セットの中に、特定の遺伝子オントロジーを持つ遺伝子が過剰に含まれているか否かをエンリッチメント解析により調べる手法。遺伝子セットの性格を概観することができる。

ad

国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
特別研究員 徳永 浩樹(とくなが ひろき)
研究員 内海 好規(うつみ よしのり)
研究員 松井 章浩(まつい あきひろ)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(たなか まほ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(たかはし さとし)
研修生 ヴ・アイン・トゥー(Vu Anh Thu)

横浜市立大学 木原生物学研究所
准教授 辻 寛之(つじ ひろゆき)
特任助教 肥後 あすか(ひご あすか)
技術補佐員 山口 佳穂(やまぐち かほ)

タイトルとURLをコピーしました