超音波診断支援AIの実臨床応用

ad

2024-09-06 理化学研究所,国立がん研究センター,昭和大学

理化学研究所(理研)革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ がん探索医療研究チームの小松 正明 副チームリーダー、国立がん研究センター 研究所 医療AI研究開発分野の浜本 隆二 分野長(理研 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ がん探索医療研究チーム チームリーダー)、昭和大学 医学部 産婦人科学講座の松岡 隆 准教授らの共同研究グループは、超音波検査で胎児の心臓に異常がないかスクリーニングする際に、検査者の超音波診断を支援する人工知能(AI)システムを共同開発し、AI搭載医療機器プログラムとして厚生労働省の薬事承認を取得しました(2024年7月29日付)。

本研究成果は、胎児の超音波診断を支援するとともに、早急に治療が必要な重症かつ複雑な先天性心疾患の見落としを防ぎ、早期診断や綿密な治療計画の立案につながると期待できます。また、日本の少子化および産婦人科医の不足や偏在など切迫した状況において、検査者間の技術格差や地域間の医療格差を埋めることで、産婦人科医療のさらなる発展に貢献するものと考えられます。

本研究開発は、国立がん研究センター(理事長:中釜斉)研究所と中央病院、理研革新知能統合研究センターが連携して取り組んでいる内閣府BRIDGE事業「医療デジタルツインの発展に資するデジタル医療データバンク構想」におけるプロジェクトの一つとして実施されました。また本研究開発において、昭和大学は通常の診療にて妊婦(胎児)の超音波画像情報を取得し、国立がん研究センターにてデータ収集・統合を行いました。次に、その統合したデータを理研にて解析し、新規アルゴリズムを獲得しました。さらに、国立がん研究センターと昭和大学においてアルゴリズムの検証やプログラムの性能評価を行いました。

超音波診断支援AIの実臨床応用
胎児心臓超音波スクリーニング支援システム

背景

超音波検査は簡便性・非侵襲性に優れており、幅広い医学領域で使用されています。一方で、超音波プローブを手動走査して画像を取得するため、検査者間で診断技術の差が生じやすく、また超音波画像に映り込む音響陰影によってその画質が落ちてしまうなど、特有の課題があります。従って、これらの課題解決に向けた超音波診断支援AIの臨床応用が期待されています注1)

胎児心臓超音波スクリーニング検査[1]は全ての胎児を対象としていますが、胎児心臓は小さく複雑な構造で拍動もあるため、高度な診断技術が必要となります。実際には検査者間の技術格差が大きいため、先天性心疾患の出生前診断率はいまだ十分ではなく、地域差も生じています注2)。そのため、共同研究グループは胎児心臓超音波スクリーニング支援システムの社会実装に向けて、これまでAI基盤技術の研究開発に取り組んできました注3~5)

注1)Komatsu, M. et al. Towards clinical application of artificial intelligence in ultrasound imaging. Biomedicines 9, 720 (2021).
注2)Matsui, H. et al. Initial national investigation of the prenatal diagnosis of congenital heart malformations in Japan-regional detection rate and emergency transfer from 2013 to 2017. Journal of Cardiology 78(6), 480-486 (2021).
注3)2018年9月18日プレスリリース「AIを用いた胎児心臓超音波スクリーニング
注4)2019年7月26日プレスリリース「AIを用いた超音波検査における影の自動検出
注5)2022年3月22日プレスリリース「説明可能AIを用いた超音波画像診断支援

研究手法と成果

今回、共同研究グループが開発したAIシステムでは、胎児心臓超音波スクリーニング動画において確認すべき心臓血管構造の18部位を対象として物体検知技術[2]を適用し、正常構造として検出された部位を色付き枠で提示しました。次に、その部位検出情報を2次元データに変換し、縦軸に対象部位、横軸に検査時間経過を示し、各部位の検出結果を時系列で一覧表示するバーコードを生成しました。さらに、検査者が把握しやすいように心臓部[3]および流出路[3]を対象とした部位検出結果を検出率グラフで提示しました(図1)。正常胎児では、超音波プローブのスイープ走査に合致して、各診断部位を順番に検出できます。一方で、正常胎児が示すバーコードや検出率グラフから逸脱していた症例については、異常を疑う所見ありとして検査者に注意喚起を行います(異常検知[4])注6)

バーコードと検出率グラフの図
図1 バーコードと検出率グラフ
左図:胎児心臓超音波スクリーニング動画上で検出された部位を色付き枠で囲む。右上図:縦軸に対象となる18部位、横軸に検査時間経過を示し、各部位の検出結果を時系列でバーコード表示。右下図:心臓部および流出路を対象とした部位検出結果を検出率グラフで示す。AIシステムのバーコードおよび検出率グラフにおいて、心臓部:9部位(心交差、心室中隔、右心房、三尖弁、右心室、左心房、僧帽弁、左心室、肺静脈)を赤色、流出路:4部位(上行大動脈、肺動脈、動脈管、上大静脈)を青色で示した。


本研究では、胎児心臓超音波スクリーニング動画(妊娠18~36週、正常262例、異常38例)を用いました。まず、AIシステムの部位検出の精度を担保する単体性能試験を実施し、胎児心臓超音波スクリーニング動画において上記18部位を対象とした正常部位検出の精度を評価しました。次に、医師読影試験には全国より非熟練医(産婦人科専門医、研修医)44人、熟練医(胎児心エコー認証医)6人が参加しました。正常例・異常例をランダムに配置した60動画に対して検査者単独およびAIシステム併用にて読影し、その正常異常判定精度を比較しました。

主要評価項目として、1)正常動画から抽出した静止画に含まれる部位数を分母として、AIシステムで正常部位と正しく検出された部位数を分子とする割合(感度)、および2)正常動画から抽出した静止画に含まれていない部位数(正常動画に含まれる全部位数から、ある一時点の静止画に写っている部位数を引いた数)を分母として、AIシステムで正常部位と検出されていない部位数を分子とする割合(特異度)、さらに3)AIシステムの部位検出結果の提示を受けた非熟練医の正常異常判定に対する感度を設定しました。また、副次評価項目として3)に対する特異度を設定しました。主要評価項目1)から2)、3)の順におのおの有意水準片側5%の検定を行い、各検定が統計学的に有意であった場合に限り引き続く仮説の検定を行いました(固定順序法[5])。

その結果、1)正常部位検出に対する感度は93.5%であり、事前設定した感度の閾値(しきいち)80%に対する優越性を示しました(p < 0.001)。次に、2)特異度は95.9%であり、特異度の閾値80%に対する優越性を示しました(p < 0.001)。さらに、3)AIシステム併用による非熟練医の正常異常判定に対する感度は78.4%であり、検査者単独での感度73.6%に対する優越性を示しました(p = 0.005)。すなわち、3つの主要評価項目の仮説は、統計学的な多重性を考慮した上で全て検証されました。また、3)に対する特異度は86.5%であり、検査者単独での特異度79.1%に対する優越性を示しました(p < 0.001)(表1)。よって、AIシステムは十分な正常部位検出性能を示し、その併用により非熟練医の正常異常判定精度を有意に向上させることが分かりました。

感度 特異度
単独 併用 単独 併用
専門医 78.5% 83.0% 78.8% 85.3%
研修医 63.2% 68.6% 79.8% 89.3%
全体 73.6 78.4% 79.1% 86.5%

表1 非熟練医の医師読影試験の結果

非熟練医(産婦人科専門医、研修医)における単独(AIシステムを使用せず検査者単独で判定)および併用(AIシステムを参照して判定)での正常異常判定の精度を比較した。その結果、全体の感度・特異度ともに単独に対して併用の優越性が有意に高かった。

このたび薬事承認を取得した胎児心臓超音波スクリーニング支援システムはクラウド環境で提供されます。超音波画像診断装置からからキャプチャーボックスを経由してビデオ信号で映像を取得し、クラウドサーバ上で解析後、解析結果を汎用コンピュータ画面に表示します。解析結果はクラウドサーバ上に保存することも可能です(図2)。なお、AIシステムの主な機能は検査者の超音波診断への補助であるため、AIシステムが提供する情報のみで診断せず、最終的な診断は専門知識を有する医師が行います。

AIシステム構成と利用イメージの図
図2 AIシステム構成と利用イメージ
胎児の全身を観察している間(20~30分)に、胎児心臓スイープ動画(10秒)を取得する。スイッチを操作すると、自動的に取得映像がクラウドサーバへ送信され、クラウドサーバ上でAI解析後、汎用コンピュータ画面に解析結果が表示される。検査者は同一検査中に解析結果を確認することができる。

注6)Komatsu, M. et al. Detection of cardiac structural abnormalities in fetal ultrasound videos using deep learning. Applied Sciences 11, 371 (2021).

今後の期待

世界に先駆けて胎児心臓超音波スクリーニング支援システムを開発し、AI搭載医療機器プログラムとして薬事承認されました。これまで超音波診断支援AIの研究開発は、その画像精度管理の難しさもあり、日本だけでなく欧米でも他の医療用画像診断機器と比較して進んでいませんでした。今後も課題を一つずつ克服して基盤技術を積み重ねていくことで、幅広い医学領域を対象とした超音波診断支援AIの実臨床応用が進むことが期待されます。

また、日本の切迫した少子化および産婦人科医療体制を踏まえて、今後は超音波診断支援AIをはじめ、AIやICT[6]を活用した診療ワークフローの効率化、遠隔診療や地域医療連携などの積極的な導入が求められます。臨床現場でAIシステムの実証実験を実施し、医療従事者や患者からのフィードバックを得ながら、より臨床現場に則したAIシステムの運用を目指します。

注意事項

本プレスリリースは研究成果に対する科学的貢献について解説しており、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)上の広告規制の観点から、製品名・企業名・販売時期などについては言及していないことをご留意ください。

補足説明

1.胎児心臓超音波スクリーニング検査
先天性心疾患の早期発見のため、スクリーニング目的で胎児心臓を観察する超音波検査。日本では原則として全ての妊婦を対象に実施する。代表的な胎児心臓の基本診断面としては、四腔断面(four-chamber view)、三血管断面(three-vessel view)、三血管気管断面(three-vessel trachea view)などが挙げられる。日本胎児心臓病学会・日本小児循環器学会編『胎児心エコー検査ガイドライン(第2版)』参照。

2.物体検知技術
画像中に映る特定の物体の位置、種類、個数などの情報を認識するAI技術。

3.心臓部、流出路
心臓部は弁や房室などを含む心臓本体を構成する解剖学的構造であり、流出路は心基部(心臓の上縁)の大血管群である。

4.異常検知
正常データのみから学習を行い、学習した正常データのパターンから逸脱したデータを異常と見なすAI技術。

5.固定順序法
統計学における多重検定の一つの手法。複数の仮説を事前に決められた順序で検定し、前の仮説が検証された(統計学的有意差が得られた)場合のみ、次の仮説を検定するもの。例えば、臨床試験で主要評価項目を二つ設定する場合には誤った結論を導くことを避けるために多重検定の手法を用いるが、その一つの方法である固定順序法では、検証を試みる仮説の優先順位を予め決めておき、まず優先順位の高い主要評価項目を検定し、それが有意であれば次に二つ目の主要評価項目を検定するという手順を取る。

6.ICT
パソコンやスマートフォンなどさまざまな形状のコンピュータを使った情報処理や通信技術の総称。ICTはinformation and communication technologyの略。

共同研究グループ

理化学研究所 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ
がん探索医療研究チーム
副チームリーダー 小松 正明(コマツ・マサアキ)
上級研究員 浅田 健(アサダ・ケン)
派遣職員 竹田 勝児(タケダ・カツジ)

国立がん研究センター
研究所 医療AI研究開発分野
分野長 浜本 隆二(ハマモト・リュウジ)
(理研 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ がん探索医療研究チーム チームリーダー)
ユニット長 金子 修三(カネコ・シュウゾウ)
連携大学院生 原田 直明(ハラダ・ナオアキ)
研究支援センター 生物統計部
部長 柴田 大朗(シバタ・タロウ)
中央病院 臨床研究支援部門 研究企画推進部
多施設研究支援室/機器開発・薬事管理室
室長 片山 宏(カタヤマ・ヒロシ)
がん対策研究所 生物統計研究部 生物統計研究室
室長 口羽 文(クチバ・アヤ)
中央病院 婦人腫瘍科
科長(研究当時)加藤 友康(カトウ・トモヤス)

昭和大学 医学部 産婦人科学講座
准教授 松岡 隆(マツオカ・リュウ)
助教 小松 玲奈(コマツ・レイナ)
教授 関沢 明彦(セキザワ・アキヒコ)
教授 市塚 清健(イチヅカ・キヨタケ)
講師 金子 真由美(カネコ・マユミ)
助教 後藤 未奈子(ゴトウ・ミナコ)
大学院生 青山 利奈(アオヤマ・リナ)
大学院生 寺屋 直樹(テラヤ・ナオキ)

研究支援

本研究は、内閣府研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)事業「医療デジタルツインの発展に資するデジタル医療データバンク構想(プログラムディレクター:浜本隆二)」、および文部科学省「次世代人工知能技術等研究開発拠点形成事業費補助金」による助成を受けて行われました。

発表者

理化学研究所
革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ
がん探索医療研究チーム
副チームリーダー 小松 正明(コマツ・マサアキ)

国立がん研究センター 研究所 医療AI研究開発分野
分野長 浜本 隆二(ハマモト・リュウジ)
(理研 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ がん探索医療研究チーム チームリーダー)

昭和大学 医学部 産婦人科学講座
准教授 松岡 隆(マツオカ・リュウ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室
昭和大学 総務部 総務課 大学広報係

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました