2024-09-19 九州大学
医学研究院 二宮利治 教授
概要
金沢大学医薬保健研究域医学系脳神経内科学の小野賢二郎教授、九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野の二宮利治教授、岩手医科大学医学部内科学講座脳神経内科・老年科分野の前田哲也教授、慶應義塾大学予防医療センターの三村將特任教授、愛媛大学大学院医学系研究科精神神経科学の伊賀淳一准教授、熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学講座の竹林実教授らの共同研究グループは、健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究:JPSC-AD 研究(※1)のデータを用いて、糖尿病(※2)診断の有無にかかわらず、高血糖の状態またはインスリン(※3)の分泌能が低下した状態は、記憶に関連する海馬(※4)亜領域の体積の減少と関連することを初めて明らかにしました。
本研究結果より、糖尿病と診断されていない人においても、高血糖やインスリン分泌能が低下した状態は記憶力などの認知機能の低下を引き起こす要因の一つとなるおそれがあり、血糖の状態を良好に保つこと、インスリン分泌を保持することが、海馬体積を保ち、認知機能低下を予防できる可能性が示唆されました。
JPSC-AD 研究では 2016 年から 2018 年にベースライン調査を実施し、全国 8 地域で 11,410 名の調査を行いました。2021 年から 2023年には、同対象者について包括的認知症スクリーニング調査を実施し、新たな認知症の発症および認知機能の変化の調査を行いました。
今後、縦断解析を行うことで糖代謝異常がアルツハイマー病(※5)を引き起こす詳細なメカニズムを明らかにし、個々の認知症発症リスクに応じた予防・治療法の確立が期待されます。
本研究成果は2024年9月9日に国際学術誌『NPJ Aging』のオンライン版に掲載されました。
用語解説
(※1) JPSC-AD 研究
JPSC-AD(Japan Prospective Studies Collaboration for Aging and Dementia)研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の認知症研究開発事業として行っている、日本全国で1万人を対象とした「健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究」(研究責任者:二宮 利治)です。これは、日本人の生活環境と体質に適した認知症やうつ病予防対策法を確立することを目的とした、全国で最大規模の認知症研究で す。日本の8地域(青森県弘前市、岩手県矢巾町、石川県中島町、東京都荒川区、島根県海士町、愛媛県中山町、福岡県久山町、熊本県荒尾市)において、高齢者を対象に、生活習慣調査や血液などの生体試料を提供いただき、認知症やうつ病、循環器疾患(脳卒中や虚血性心疾患)や寿命に関係する体質や生活習慣について分析しています。(ホームページ: https://www.eph.med.kyushu-u.ac.jp/jpsc/)
(※2) 糖尿病
血液中の糖(血糖)の筋肉や脂肪、肝臓への吸収を促すインスリンというホルモンが不足したり、働きが悪くなったりすることで、血糖が上昇する疾患です。原因としては、遺伝の他に、肥満、過食・過飲、運動不足と言われる生活習慣の乱れがあります。高血糖の状態が長期間持続すると、全身の血管が障害され、さまざまな合併症を引き起こします。
(※3) インスリン
膵臓から分泌されるホルモンで、血糖の筋肉や脂肪、肝臓への吸収を促すことで、血糖を低下させる働きがあります。インスリンは神経系にも重要な役割を担っていると言われており、特に記憶や学習に関係している海馬においては、神経細胞死の抑制や、神経細胞の発生・自己再生の促進、アルツハイマー病で脳内に蓄積されるアミロイドという物質の脳内への蓄積の抑制、有害な物質からの神経細胞の保護をしていると考えられています。
(※4) 海馬
海馬は側頭葉の内側に存在する、記憶の形成に重要な役割を果たしている部位です。左右に1つずつあり、小指ほどの大きさをしています。アルツハイマー病や血管障害や外傷、腫瘍、手術などで海馬が破壊されると、新しい情報を記憶することが難しくなります。
(※5) アルツハイマー病
アルツハイマー病は、時間をかけて進行する脳の疾患で、記憶や思考する能力が徐々に障害され、やがて日常生活に支障を引き起こす認知症と呼ばれる状態に陥る病気です。アルツハイマー病の患者さんの脳内にはアミロイドという物質が溜まってできる老人斑という構造物や、異常な神経線維のもつれ(タウ蛋白が異常リン酸化して生じる神経原線維変化)、神経細胞の消失といった変化が見られ、これらの変化が長い時間をかけて進行し、海馬や大脳が萎縮していきます。
論文情報
雑誌名:NPJ Aging
論文名:Glucose metabolism and smaller hippocampal volume in elderly people with normal cognitive function.(正常認知機能高齢者における糖代謝と海馬体積の減少)
著者名:Ayano Shima, Moeko Noguchi-Shinohara, Shutaro Shibata, Yuta Usui, Yasuko Tatewaki, Benjamin Thyreau, Jun Hata, Tomoyuki Ohara, Takanori Honda, Yasuyuki Taki, Shigeyuki Nakaji, Tetsuya Maeda, Masaru Mimura, Kenji Nakashima, Jun-ichi Iga, Minoru Takebayashi , Hisao Nishijo, Toshiharu Ninomiya, Kenjiro Ono(島綾乃,篠原もえ子,柴田修太朗,碓井雄大,舘脇康子,Benjamin Thyreau,秦淳,小原知之,本田貴紀,瀧靖之,中路重之,前田哲也,三村將,中島健二,伊賀淳一,竹林実,西条寿夫,二宮利治,小野賢二郎)掲載日:2024年9月9日
DOI:10.1038/S41514-024-00164-2
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