2024-10-02 東京大学
発表のポイント
- 南アフリカの地下に広がる20億年前の地層から、生きている微生物を採取することに成功した。
- これまで生きた微生物が見つかった最も古い地層の記録を、1億年前から20億年前まで一気に遡る成果である。
- 20億年間安定な岩石内部で微生物が進化してなければ、地球の生命の起源や初期進化に迫ると期待される。
20億年間続く微生物の楽園
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授と株式会社日本サーマルコンサルティングによる研究グループは、南アフリカの20億年前に形成した地層を掘削した試料の薄片を観察した(図1)。その結果、岩の内部の亀裂付近を中心に多数のDNAを含んだ微生物の細胞を確認した。さらに赤外分光法(注1)を用いて分析したところ、微生物の細胞からはたんぱく質も検出され、微生物が岩の中で生きていることを確認した。微生物が見つかった亀裂付近の隙間は、粘土(注2)で詰まっており、掘削時に地上の微生物が入り込めないこと、逆に隙間の微生物は外部に移動しづらいことも判明した。
掘削が行われた地層は20億年前から現在にいたるまで安定しており、原始的な微生物の生存に有利な状態が継続してきた可能性が高い。これまでに生きた微生物の見つかった最も古い地層は、海底下の1億年前の堆積物であり、本研究はその記録を大幅に更新する成果となる。
今後、ゲノム解析(注3)で微生物の進化が明らかになれば、地球の生命の起源や初期進化に迫る生命情報が得られると期待される。
図1:岩石試料の観察結果
岩石コア試料から作成された薄片(左上)、赤外分光法により明らかとなったたんぱく質の細脈状の分布(左下の紫色の領域)、DNA染色により緑色に発色する微生物細胞(右)。
発表内容
背景
地下に生息する微生物の先行研究により、共通祖先(注4)に近縁な微生物が生息することが判明した。また、地下で微生物の増殖速度は遅く、1億年スケールで進化してないことも判明し、地下環境が原始的な微生物が進化せずに生息している場所として注目される。南アフリカとカナダの金属鉱山の2キロメートルより深い坑道から採取された地下水は、形成年代が20億年より古い地層に10億年以上の間、地上からの水が混じることなく、封じ込められていることが明らかになっている。従って、古い時代の地層の地下には10億年スケールで地上から隔離された超閉鎖的な環境が継続し、その環境で微生物が進化しないで生息していると期待される。
本研究の実験内容
20億年前に形成されたブッシュフェルト複合岩体(注5)を地上から掘削し(図2)、得られた岩石試料を調べた。地下坑道から採取される地下水調査とは異なり、地上からの掘削では外部からの微生物が岩石内部に侵入する可能性が高いため、微生物の汚染について厳密に調べ、汚染のない岩石内部で微生物を可視化する必要がある。研究グループは岩石内部の微生物分析技術の開発に世界に先駆けて成功した実績を有し(関連のプレスリリース)、1億年前に形成した海底下の岩石内部で、高密度で微生物が生息するのを発見している。この手法を改良して、ブッシュフェルト複合岩体から得られた岩石コア試料に適用した結果、1億年前に形成した海底下の岩石と同様に、粘土で充填される隙間に密集した微生物が観察された。本研究の重要な改良点は赤外分光法を用いて、DNAが染色された微生物細胞から、たんぱく質と粘土のスペクトルを取得したことにあり、汚染ではない土着の微生物が生きている信憑性を格段に高めた。
成果の意義と今後の展望
ブッシュフェルト複合岩体と、形成年代と構成する鉱物が類似しているのが火星の岩石である。現在、火星探査車「Perseverance」は、本研究と同様の約20億年前の岩石を地球に持ち帰る計画である。本研究で証明された20億年前の岩石内部での継続的な生命活動は、火星から帰還する試料にも生命が含まれている可能性を飛躍的に高める。また、1億年前と20億年前の岩石共に、粘土に微生物が密集していたことから、億年スケールで生命活動を下支えする機構の解明につながることが期待される。さらに、ゲノム解析により未知の生物が発見される可能性もあり、得られた遺伝情報からどのような進化の歴史を辿ったかがわかることで、地球の生命の起源と初期進化に迫ると期待される。
図2:南アフリカ、ブッシュフェルト複合岩体の露頭と掘削現場
〇関連情報
「プレスリリース「常識覆す成果」海底地下の岩石1cm3当たりに100億細胞の微生物」(2020/04/03)
論文情報
- 雑誌名
Microbial Ecology論文タイトル
Subsurface Microbial Colonization at Mineral-Filled Veins in 2-Billion-Year-Old Mafic Rock from the Bushveld Igneous Complex, South Africa著者
Yohey Suzuki*, Susan J. Webb, Mariko Kouduka, Hanae Kobayashi, Julio Castillo, Jens Kallmeyer, Kgabo Moganedi, Amy J. Allwright, Reiner Klemd, Frederick Roelofse, Mabatho Mapiloko, Stuart J. Hill, Lewis D. Ashwal, Robert B. Trumbul
(*責任著者)
研究助成
本研究は、令和6年度アストロバイオロジーセンタープロジェクト研究(課題番号:AB0606)、JSPS二国間交流事業 南アフリカとの共同研究(NRF)(課題番号:JPJSBP 120246501)の支援により実施されました。
用語解説
注1 赤外分光法
赤外線は可視光線の長波長範囲の電磁波で、その電磁波を試料に照射してスペクトルを得る方法。本研究では0.5μmの空間分解能でスペクトルを取得した。
注2 粘土
層状ケイ酸塩鉱物で、マグマが冷却して形成した火成岩が水と反応することで形成する。
注3 ゲノム解析
生物はDNAにたんぱく質やRNAの合成に必要な塩基配列をコードしており、コードされた全ての塩基配列を決定して、決定された塩基配列を総合的に調べる方法。
注4 共通祖先
セントラルドクマと呼ばれる、DNAからRNAを経てたんぱく質を合成する生き物の中で、最も古いと考えられている生き物。全生物の系統樹により復元され、共通祖先から細菌と古細菌に枝分かれして進化したと考えられている。
注5 ブッシュフェルト複合岩体
南アフリカの北東部に広がる火成岩から成る地層で、国際陸上科学掘削計画(ICDP)のプロジェクト(https://www.icdp-online.org/projects/by-continent/africa/bvdp-south-africa/)が2024年4月から掘削を開始し、10月現在で1000メートルに到達している。20億年前にマントルから上昇して地殻に入り込んだマグマが冷え固まり、クロムやプラチナといったレアメタルの埋蔵量の半分以上を占める。