変動する環境における、細菌の細胞サイズ分布にまつわる普遍性の発見

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2021-11-10 東京大学

嶋屋 拓朗(物理学専攻 博士課程3年)
竹内 一将(物理学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 細菌集団の環境を高度に制御する新しいデバイスを構築し、栄養飢餓に対する大腸菌集団の応答の様子を観察した。
  • 細菌の細胞サイズは飢餓によって劇的に変動するにもかかわらず、急激な飢餓過程では細胞サイズの分布形状が本質的に変化しないことを発見した。
  • 栄養飢餓、あるいは薬剤投与による環境変動の速度に応じて、細菌集団が異なる応答戦略を取る可能性を見出した。

発表概要

細胞は、同じ種類であっても個体により大きさが異なります。これまで、定常的な環境において細胞サイズの分布がどのような法則に従うのか、様々な研究がなされてきました。しかし、細胞は一般的には変動する環境に生息し、そうした環境でのサイズ分布に関する法則は、観測に技術的な困難が伴うことからも、理解が進んでいませんでした。そこで、東京大学大学院理学系研究科の嶋屋拓朗大学院生、竹内一将准教授と、同総合文化研究科の大倉玲子特任研究員、同総合文化研究科/生物普遍性機構の若本祐一准教授らの共同研究チームは、細胞集団の環境を高度に制御する新しいデバイスを構築し、急激な栄養飢餓に対する大腸菌集団の応答の様子を観測しました(図1)。すると、飢餓で細胞が全体的に小さくなりつつも、サイズ分布の形状は変わらず、スケール不変性(注1)という統計的性質を満たし続けることを発見しました。またシミュレーションも併せて行い、飢餓過程の「速さ」が、スケール不変性が成り立つかどうかを決定することを示しました。これらは、細菌集団が環境変動の速さを集団レベルで認識することを示し、バイオフィルム(注2) の制御手法開発につながる可能性があります。

発表内容

研究の背景
微生物などの細胞を顕微鏡で見ると、一つ一つの個体の大きさにばらつきがあることが見て取れます。微生物の個体は成長して分裂、成長して分裂といった周期を繰り返し、増殖していきます。その過程における成長スピードや分裂のタイミングは個体ごとに確率的に決まるため、集団で見ると細胞サイズはゆらぎを伴った分布を形成します。

近年は、細胞サイズ分布に関して、種をまたいだ普遍的性質があるのではないかと議論されています。例えば、定常的な培養環境で、ゾウリムシやミドリムシなどの単細胞生物の種ごとに細胞サイズ分布を計測すると、生物種ごとに典型的な細胞サイズが異なるため、分布の形状も異なります。しかし、個々の細胞体積を各生物種の平均体積で割った「相対体積」の分布を調べると、多くの生物種で共通することが報告されています。この概念はスケール不変性と呼ばれ、多くの生物種の増殖メカニズムに普遍的な側面があることを暗示しています。

こうした研究は「定常的な環境で」多くなされてきましたが、一般的に微生物が住まう「変動する環境」において、上記のスケール不変性がどれくらい頑健に成り立つのかはわかっていませんでした。その根本の原因には、微生物集団に対して、変動する環境を空間的に一様に、且つ大規模に制御することが技術的に難しいという問題がありました。

研究内容
本研究では、微生物集団を取り巻く環境を、空間的に一様に、大規模に、そして高速で切り替えられるデバイス「広域マイクロ灌流(かんりゅう)系(注3)」を構築し、大腸菌集団の細胞サイズ分布が、変動する環境でどのように応答するのかを調査しました(図1)。

図1:本研究で開発された広域マイクロ灌流(かんりゅう)系(左)と、それを用いて観測された大腸菌集団の飢餓応答(右)。


このデバイスは、二重多孔質膜を通じて細胞集団を平面的な空間に捕捉しつつ、上部から培養液を与え続けて環境を常に制御することができます。本研究では、栄養飢餓下で大腸菌などの細菌が典型的な細胞サイズを減少させるという既知の事実に着目し、栄養飢餓過程での細胞サイズ分布の変動を測定しました。広域マイクロ灌流系により、培養環境から急激に栄養分を除去したところ、細胞の矮小化に伴い、サイズ分布が大きく変動する様子を観測しました(図2a)。しかし、個々の細胞体積を各時刻の平均体積で割った「相対体積」の分布を調べると、飢餓過程においてもスケール不変性が成り立ち、分布の形状が一定に保たれることを発見しました。一方で、この分布形状は、飢餓前の成長環境が良いほど広がる(細胞サイズの個体間のゆらぎが増大する)振る舞いも見出しました。

さらに、細菌の増殖周期を模したシミュレーションを行うことで、細胞サイズ分布の性質が栄養飢餓の速度によって大きく変わることが示されました。急激に飢餓が起きた場合は、細胞サイズ分布の形状が一定であるスケール不変性を満たし続ける一方、ゆっくりと飢餓する過程では、細胞サイズ分布が狭まる、つまりサイズゆらぎが抑制される振る舞いを発見しました(図2b)。シミュレーションにおいて、飢餓によって各細胞のDNA複製過程が止まる時間スケール、および細胞の成長が止まる時間スケールを変化させてサイズ分布の変動を調査したところ、各プロセスが急激な飢餓によりすぐ止まる場合はスケール不変性により分布形状が一定に保たれ(図2b,左下の領域)、ゆっくりとした飢餓でなかなか止まらない場合は、分布が狭まることを示しました(図2b,右上の領域)。この振る舞いのメカニズムとしては、飢餓後一定時間までは飢餓前の環境における細胞内状態(染色体数等)が維持され、急激な飢餓過程ではその記憶を保持したまま成長が止まることで、細胞サイズ分布の形状も維持されている可能性が考えられます。

図2:(a) 細胞サイズ分布のスケール不変性。細胞体積の分布は、培養環境から栄養分を抜いて以降大きく変動する一方(左)、各時刻の平均体積で割った「相対体積」の分布は一定に保たれる(右)。 (b) 飢餓過程における細菌増殖サイクルを模したシミュレーションによる、分布形状の変動の調査結果。「分布一定」ではaの結果のようにスケール不変性が成り立ち、「分布が狭まる」場合は相対体積の分布が細くなる。「体積増大」は、実験結果と異なり飢餓によって体積が増大してしまったことを意味する。

今後の展望
本研究成果は、細胞サイズ分布の形状を通して、栄養飢餓の速さを細菌集団が識別できる可能性を示唆しています。大腸菌などの細菌は、高密度に凝集した集団「バイオフィルム」を形成することが多く、今回の細胞サイズ分布の変動は、こうしたバイオフィルムの構造変化につながる可能性があります。環境変化のスピードが、バイオフィルムの構造変化にどのような影響を与えるのか、またそれが細菌集団の防衛戦略にどうつながるのか、さらなる研究の進展が期待されます。また、本研究は栄養飢餓による影響に着眼しましたが、抗生物質などの薬剤投与がバイオフィルムに及ぼす影響において、環境変動の迅速さがどの程度重要になるのか等も、今後の研究の発展方向として考えられます。

発表雑誌

雑誌名
Communications Physics論文タイトル
Scale invariance of cell size fluctuations in starving bacteria

著者
Takuro Shimaya*, Reiko Okura, Yuichi Wakamoto, and Kazumasa A. Takeuchi*

DOI番号
10.1038/s42005-021-00739-5

用語解説

注1 スケール不変性
現象の大きさのスケールが変化しても、本質的な性質が変わらないこと。本研究の場合、全体的な細胞の大きさが変化しても、本質的な性質として、分布の形状が変わらないことを意味する。

注2 バイオフィルム
大腸菌のような細菌の集団が、何らかの表面に付着して形成する、高密度な凝集体。我々生き物の腸内、口腔から、工業製品、医療製品までに至る幅広い環境で形成され、様々な問題を引き起こすことが知られている。

注3 広域マイクロ灌流(かんりゅう)系
μm(マイクロメートル)精度で形状設計でき、細胞を広い二次元的空間に捕捉しながら、多孔質膜を通じて新鮮な培養液を供給し続けられるデバイス。細胞集団を観察しつつ、送液切り替えによってリアルタイムで培養環境を操作できる。

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