サイトカイン複合体を搭載した「ナノスーパーアゴニスト」が抗腫瘍免疫を活性化

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2024-10-04 東京大学

  • 抗腫瘍免疫活性が知られているインターロイキン15(IL-15)とその受容体αドメイン(IL-15Rα)の複合体をポリマーコーティングで安定化させた「ナノスーパーアゴニスト」(注1)がマウスの大腸がんに対して強力かつ安全な免疫療法であることを実証した。
  • タンパク質複合体は生体内で様々な機能の調整役を担っており、がん治療だけでなく多くの難病を含む自己免疫性疾患など幅広い治療領域での応用が期待できる。
  • タンパク質複合体は、その不安定性が医薬品開発の障害となっていたが、同複合体を包み込み、酵素や免疫などによる攻撃から逃れる構造を本研究成果として確立。また、pH応答性のリンカーを用いることで患部到達後に内包物を遊離させることに成功した。
  • 本発表は、東京大学大学院工学系研究科のオラシオ・カブラル准教授(iCONM客員研究員)のグループ、東京大学大学院医学系研究科免疫細胞治療学の垣見和宏特任教授(研究当時)およびiCONMが共同で進める難治性がんの攻略プロジェクトチームによるもの。論文の詳細は以下のサイトを参照。

Chen, S. Li, K. Nagaoka, K. Kakimi, K. Kataoka* and H. Cabral*, J. Am. Chem. Soc., in press.
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c08327


公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(センター長:片岡一則、所在地:川崎市川崎区、略称:iCONM)は、同センターのオラシオ・カブラル客員研究員(東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 准教授)のグループおよび東京大学大学院医学系研究科免疫細胞治療学の垣見和宏特任教授(研究当時)との共同研究を行い、「ポリマーコーティングにより安定化されたサイトカイン複合体が腫瘍を標的とする “ナノスーパーアゴニスト” となる」 と題する論文(注2)が 米国化学会誌 Journal of American Chemical Society (JACS: 注3) に受理されました。同論文は、米国東海岸標準時 10月2日(日本時間:10月3日)付でウェブ掲載されています。

サイトカイン複合体を搭載した「ナノスーパーアゴニスト」が抗腫瘍免疫を活性化

タンパク質複合体は、様々な生体機能において重要な調整役を担うため、治療への大きな可能性を秘めていますが、その不安定さと一過性の作用という性質が実用化を妨げてきました。本研究では、pH応答性のポリマーコーティングがタンパク質複合体を包み込むことで、体内での安定した送達を可能にするというタンパク質工学に依存しない新規手法を考案し試行しました。具体的にはインターロイキン15(IL-15)とIL-15受容体αドメイン(IL-15Rα)複合体を搭載した「ナノスーパーアゴニスト」(注1)を設計したもので、マウスの大腸がんモデルを用いてその強力で安全な免疫療法の有効性が示されました。ポリマーコーティングは、IL-15とIL-15Rαの相互作用を強め、体内循環時における酵素や免疫などの攻撃から防御します。腫瘍微小環境(注4)では、pH応答性の特性がポリマーコーティングの解離を引き起こし、内包する複合体が放出されることで、IL-15のトランスプレゼンテーション(注5)が進み抗腫瘍免疫の活性化を促します。このアプローチは、タンパク質複合体を基盤とした治療法の臨床応用に新たな選択肢を与え、がん治療のみならず多くの難病を含む自己免疫性疾患など幅広い治療領域での応用が期待されます。

<本研究の新規性>

本研究では、ポリマーコーティングがタンパク質複合体の相互作用を安定化させることで、治療薬としての送達を可能にしました。この技術は、従来のタンパク質工学に基づく複合体安定化のアプローチとは異なり、以下の新規性を提供します:

  • タンパク質工学に依存せずに複合体の安定化を実現
  • 生体環境下での複合体の安定性を保持
  • 腫瘍組織内でのみ複合体を放出し、効果的かつ安全ながん免疫療法を実現

この研究により、タンパク質複合体を基盤とする治療法の臨床応用がさらに進むと期待され、ポリマーやナノ技術を用いた治療薬開発に新たな道が開かれるだろうと考えます。

<本研究の将来性と既存の治療法との比較>

タンパク質複合体は主に動的な非共有結合的相互作用によって形成されるため、pH、温度、イオン強度、機械的ストレス、変性剤、タンパク質分解のような因子に対して不安定で、これらの影響を大きく受けます。この研究で用いられたIL-15/IL-15Rα複合体は、単量体IL-15やプロテアーゼのような攻撃物質によって破壊され、生体内で複合体の急速な崩壊を引き起こす可能性があります。対照的に、ポリマーによるコーティングは複合体を繋ぎとめ、血中のような過酷な環境でもその構造を保持することができました。従って、ポリマーコーティングは、治療効果を得るために重要な生体内でのタンパク質複合体の安定性と機能の強化を可能にします。安定したタンパク質複合体を作るためにタンパク質の構造工学にフォーカスして、その送達技術を報告した論文と比較すると、このポリマーコーティング法は、タンパク質工学技術の設計と製造における複雑さを回避する手段となります。

また、このシステムは、例示したIL-15/IL-15Rα複合体以外の他のタンパク質複合体に対しても容易に応用することができ、普遍的なプラットフォームとして機能します。さらに、そのpH応答性の性質を利用して、このシステムはタンパク質複合体を安定な状態で送達することを可能にするだけでなく、さらに標的となる腫瘍組織でのみ搭載物の放出を可能にしました。IL-15に関する「ナノスーパーアゴニスト」の場合、ポリマーコーティングはIL-15/IL-15Rα複合体を酵素などによる攻撃から防御し、ポリマーのpH制御による脱コーティングが腫瘍特異的な生物活性を可能にしたことで有害事象の緩和に繋がりました。従って、このポリマーコーティング法は、タンパク質複合体の腫瘍選択的送達のための合理化されたプラットフォームを提示し、治療薬としてのタンパク質複合体の実用性を促すポリマーおよびナノベースのアプローチに関する研究が今後進むだろうと考えられます。

注1)ナノスーパーアゴニスト:生体機能は多くの鍵(リガンド)と鍵穴(受容体)で調節されていて、この鍵穴に先回りして入り込みその機能を妨げる物質をアンタゴニスト、逆にその機能を亢進する物質をアゴニストという。ここでは、免疫亢進能力がある IL-15/Rα複合体をポリマーが覆い隠すことでナノサイズの安定なアゴニストが形成されることから、そのように命名した。
注2)P. Chen, S. Li, K. Nagaoka, K. Kakimi, K. Kataoka* and H. Cabral*, J. Am. Chem. Soc., in press.

DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c08327

注3)J. Am. Chem. Soc.: 1879年に創刊された米国化学会の基幹誌で、化学とその周辺の科学に関する学術誌。過去5年間のインパクトファクターは 14.8。<https://pubs.acs.org/journal/jacsat>
注4)腫瘍微小環境:腫瘍組織の周囲に形成される線維組織(間質)や様々な細胞などから構成される組織。免疫細胞の腫瘍組織内への侵入が妨げられるため、がん治療上の大きな関門となる。
注5)トランスプレゼンテーション:IL-15が持つ独自の提示システム。1つの細胞から産生されたIL-15が同一の細胞でできる IL-15Rαと複合体を形成すると、その細胞ではなくIL-15Rβ/γCを持った近傍の細胞で IL-15 が提示されるようになること。このメカニズムにより、IL-15 活性が大幅に増強される。

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ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、公益財団法人川崎市産業振興財団が、事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始しました。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の設備と実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。<https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/>

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バイオエンジニアリング専攻は、少子高齢化が進み、持続的発展を希求する社会において、人類の健康と福祉の増進に貢献することを目指します。本専攻では、この目的を達成するために、既存の工学及び生命科学ディシプリンの境界領域にあって両者を有機的につなぐ融合学問分野であるバイオエンジニアリングの教育・研究を推進します。バイオエンジニアリングの特徴は、物質・システムと生体との相互作用を理解・解明して学理を打ち立てるとともに、その理論に基づいて相互作用を制御する基盤技術を構築することにあります。生体との相互作用を自在に制御することで、物質やシステムは人間にとって飛躍的に有益で優しいものに変身し、革新的な医用技術が生まれることが期待されます。このようなバイオエンジニアリングの教育・研究を通じて、バイオメディカル産業を先導し支える人材を輩出するとともに、予防・診断・治療が一体化した未来型医療システムの創成に貢献することを目指します。

  • http://www.bioeng.t.u-tokyo.ac.jp/
  • カブラル オラシオ | 東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 (u-tokyo.ac.jp)

プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of American Chemical Society:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c08327

有機化学・薬学
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