2024-11-15 国立成育医療研究センター
国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区大蔵、理事長:五十嵐隆)のアレルギーセンター平井聖子・山本貴和子、臨床研究センター朴慶純らは、4歳未満の牛乳アレルギーの小児に対し緩徐微量経口免疫療法(SLOIT)を行った際の、3年後の耐性獲得率(耐性:原因食物を食べられるようになること)を求めるモデルを、日本で初めて開発しました。
SLOITは、微量のアレルゲンを定期的に摂取させ、安全に免疫寛容(アレルゲンに反応しないこと)を誘導することにより、摂取可能量の増量、いずれは耐性獲得が期待される食物アレルギー治療法の一つです。
今回作成したモデルは、初診時に牛乳特異的IgEが陽性かつ、4歳未満で牛乳SLOITを開始した小児のデータを基にして作成しており、SLOIT開始前の牛乳特異的IgE値、アトピー性皮膚炎の重症度の指標(TARC)の値、治療開始月齢を用いて、患者さんごとのSLOIT開始3年後の耐性獲得率を算出できるものです。
また、本研究において、SLOITの治療には開始時のアトピー性皮膚炎の状態も影響することが示唆されました。
本モデルは、患者さん個別の耐性獲得率が予測でき、患者家族の不安解消につながるなど、食物アレルギー診療の一助となると考えられます。
この論文は、World Allergy Organ Journal(2024年5月号)に掲載されました。
【SLOIT開始3年後に牛乳200ml飲めている確率を求める予測モデル】
プレスリリースのポイント
- 4歳未満で開始した、牛乳の緩徐微量経口免疫療法(SLOIT)の3年後の耐性獲得率を求める予測モデルを開発。さらにその良好な予測能を検証した、日本で初めての報告です。
- 本モデルで用いる変数は、医師が入手しやすい数値(SLOIT開始月齢、SLOIT開始前の牛乳特異的IgE値、SLOIT開始前TARC値、)であり、エクセルシートに数値を入力すれば算出されるように作成しているため、外来診療でも簡便に活用できる有用なツールです。
- 患者さん個別の耐性獲得率が予測できると、患者さん、またその家族の不安解消にもつながり、牛乳アレルギー管理の一助になると考えられます。
背景・目的
食物アレルギーは、患者さんにもそのご家族にも大きな負担を強いる疾患であり、牛乳は食物アレルギーの原因として頻度の多いものの一つです。食物アレルギーの治療として経口免疫療法が、完全除去と比較して耐性獲得を達成する可能性を高めることがシステマティックレビューで示されていますが、4歳未満で検討された研究は多くありません。また、牛乳アレルギーをもつお子さんのご家族は、いつどのくらい飲めるようになるのか不安を抱え、先の見通しについて知りたいという声が多く寄せられますが、食物アレルギーの耐性獲得にはさまざまな因子が関連することが分かっていて、一概にはお答えできませんでした。これまで、複数の関連因子による牛乳SLOITによる耐性獲得を予測するモデルはなく、本研究ではそのモデル開発と検証を試みました。
研究概要
対象:下記、(1)~(5)を満たす国立成育医療研究センターを受診した191人。
(1) 2014年1月1日~2018年10月31日に初診
(2) 牛乳特異的IgEが陽性である
(3) 牛乳や乳製品を完全に除去している
(4) 4歳未満で牛乳の緩徐微量経口免疫療法を開始している
(5)3年以内に牛乳アレルギーの耐性獲得できたか、緩徐微量経口免疫療法を3年間継続できた
※本研究での「耐性獲得」は、「牛乳200mlを飲むことができること」と定義
方法
- 対象の191人を、初診時期によってA群(120人:2014年~2016年に初診)と、B群(71人:2017年~2018年に初診)の2つに分ける。
- A群のデータセットを用いて、ロジスティック回帰分析[1]により、3年後に牛乳アレルギーの耐性を獲得する予測確率を求めるモデルを開発。モデル開発の変数は、SLOIT(緩徐微量経口免疫療法)開始月齢、SLOIT開始前牛乳特異的IgE値、SLOIT開始前TARC(アトピー性皮膚炎の重症度の指標)値、SLOIT開始1年後牛乳特異的IgE値とした。
- 開発したモデルは、A群のデータセットを用いて内的検証(どの程度信頼できるのか)を行い、B群のデータセットを用いて外的検証(他の集団でも開発したモデルが当てはまるのか)を行う。
結果
SLOIT開始月齢、SLOIT開始前牛乳特異的IgE値、SLOIT開始前TARC値、SLOIT開始1年後牛乳特異的IgE値を用いた主要アウトカムを導くモデルを表1に示します。
【表1:4つの変数を用いた主要アウトカムを導くモデル】
SLOIT開始月齢、SLOIT開始前牛乳特異的IgE値、SLOIT開始前TARC値を用いた予測モデル(モデル2)の受信者動作特性曲線(ROC-AUC)[1]は0.80 (95%信頼区間(CI) : 0.72-0.88) と良好な予測能を示しました(表2)。検証群にこのモデルを適用したところ良好な予測能が示されました。さらにSLOIT開始1年後の牛乳特異的IgE値を加えたROC-AUC(モデル3)は0.83(95% CI : 0.76-0.91)でした(表2)。
【表2:各モデルの検証結果】
モデル1: 変数にSLOIT開始月齢、SLOIT開始前牛乳特異的IgE値を使用
モデル2: モデル1にSLOIT開始前TARC値を追加
モデル3: モデル2にSLOIT開始1年後牛乳特異的IgEを追加
ICC(Intraclass Correlation Coefficient):予測モデルから計算される予測耐性獲得確率と実際のデータで観察された耐性獲得確率の一致度を示す指標。ICCが1に近いほど、予測確率と観察された確率が一致しておりモデルが信頼性が高いことを示す。
発表論文情報
タイトル:Predictive Modeling for Cow’s Milk Allergy Remission by Low-dose Oral Immunotherapy in young children.
執筆者:Seiko Hirai, MD1, Kiwako Yamamoto-Hanada, MD, PhD1, Kyongsun Pak, PhD2, Mayako Saito-Abe, MD, PhD1, Tatsuki Fukuie, MD, PhD1, and Yukihiro Ohya, MD, PhD1
所属:1.Allergy Center, National Center for Child Health and Development
2.Division of Biostatistics, Clinical Research Center, National Center for Child Health and Development
掲載誌:World Allergy Organ J. 2024 May 17;17(5):100910.
DOI : 10.1016/j.waojou.2024.100910.