2024-11-19 国立がん研究センター,エバ・ジャパン株式会社
発表のポイント
- ハイパースペクトルイメージングを用いることで、便表面の高定量値便潜血領域を瞬時に画像化できることを証明しました。
- 現在、日常の排便時にトイレ内で便潜血が判定できる機器を開発中です。
- 将来的に、大腸がん検診未受検者の大腸がんの発見に繋がることを目指します。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:中釜 斉)先端医療開発センター(センター長:土原 一哉)とエバ・ジャパン株式会社(東京都港区、代表取締役社長:高良 洋平)は、ハイパースペクトルイメージング*1を用いることで、便表面の高定量値便潜血領域を瞬時に画像化できることを証明しました。
日本の大腸がんの死亡数は、全がん種の第2位(女性においては第1位)であり、大腸がんでの死亡数を減少させるための対策が急務です。大腸がん検診は、40歳以上を対象に便潜血検査が行われていますが、その検診受診率が低いことが問題になっています。
その問題の解決策の1つとして、日常の排便時に便潜血の判定ができれば、検診受診率が上昇するのではないかと考えました。しかし、便潜血は肉眼で認識することができないため、瞬時に便潜血を判定するためには、便内に混ざっている潜血の領域を画像化することが必要となります。そこで、ハイパースペクトルイメージングを用いることで、非破壊・非接触で便表面の高定量値便潜血領域を瞬時に画像化できることを、国立がん研究センターとエバ・ジャパン株式会社との共同研究にて証明しました。この技術は、世界的に見ても前例がなく世界初の試みです。
現在、製品開発に向けた取り組みを進めており、検診未受検者の大腸がんの発見に繋がることを目指します。
この研究成果は、国際学術雑誌「Journal of Gastroenterology」(2024年10月23日付)に掲載されました。
背景
大腸がんは、日本において罹患数第1位、死亡数第2位(女性においては第1位)のがん種であり、また75歳未満の年齢調整死亡率*2は諸外国よりも高く、死亡数減少のための対策が急務であります。米国では、大腸がん死亡率はかなり減少しており、その第1の理由は検診の効果であると報告しています。一方、日本の大腸がん検診は、40歳以上を対象に便潜血検査2日法が行われていますが、検診受診率は、40%程度とされており、米国の68%よりかなり低く、がん対策推進基本計画で設定された目標値の60%には及んでいません。検診を受けない原因として、「がん検診を受ける時間がない」「無症状で健康であるため検診の必要がない」という理由が挙げられます。また、便潜血検査は、貯めた便から擦って採取、検体を冷所に保管するなどの手間がかかるため、このことも検診を受けない原因となっています。このようなことから、検診受診率を増加させることが重要と考え、その解決策の1つとして、日常の排便で簡易的に便潜血が測定できれば、検診受検率の上昇に繋がると考えました。
そこで、人の目では評価しにくい物質の特性や状態を評価することができるハイパースペクトルイメージングを活用すれば、便表面の潜血を画像化することができ、その場で便潜血を検出することが可能になるのではないかと考え、国立がん研究センターとエバ・ジャパン株式会社の共同研究に至りました。
研究方法・成果
1.ハイパースペクトルイメージングによる高定量値便潜血判定画像の作成と検証
2021年10月から2022年4月まで間、国立がん研究センター東病院で下剤を病院で飲む方法で大腸内視鏡検査を受けた100名の患者さんにご協力いただきました。最初の50人(がん患者さん28名)を、判定画像を作成するためのA群、残りの50人(がん患者さん26名)を、判別画像の精度を検証するためのB群としました。解析対象は、下剤の影響の少ない最初に排泄された便としました。
A群では、便表面から100箇所(1検体につき2箇所)をランダムに選び、その部位の便潜血定量値を測定し、また同部位をハイパースペクトルカメラで撮影し、得られたスペクトル*3特徴の違いを、機械学習*4等により解析した判別画像をエバ・ジャパン株式会社にて作成しました。
大腸癌検診での便潜血検査のcut off値*5は、定量値100ng/mlですが、今回の目的は、大腸がん検診率の向上であり、偽陽性率*6をより少なくするため、cut off値を400ng/mlと高く設定しました。B群では、A群同様ランダムに250箇所(1検体につき5箇所)を、A群で作成した判別画像で判定し、実際正しく判定できているかその精度を検証しました。
評価は、感度*7、特異度*8、正診率*9、陽性的中率*10、陰性的中率*11としました。
A群では、感度、特異度、正診率、陽性的中率、陰性的中率がそれぞれ77.1%、96.9%、90.0%、93.1%、88.7%である高い精度の判別画像を作成できました。B群の精度検証で得られた画像を図1に示します。肉眼でも分かる血液が全体に広がった便は図1-aのように便全体が画像化されました。肉眼では分からない便潜血は図1-bのように便の一部に不規則に画像化されました。陰性の場合は図1-cのように画像化されませんでした。また精度検証でも、感度、特異度、正診率、陽性的中率、陰性的中率がそれぞれ83.3%、92.9%、90.8%、76.3%、95.3%であり、高い精度で全鮮血定量値400ng/mlの領域を画像化できることが確認されました。
図1 判定画像
2.ヘモグロビン認識精度の検証
便潜血画像化ソフトが、水、ミルク、また血液に近い色のトマトジュース、紅茶、珈琲内に血液を垂らした液体モデルと、便模型の表面に新鮮血、凝固血を塗布したモデルと、模型内に血液を含ませたモデルでの検証試験を行いました。液体検証では、水面を通過し、色での識別でなく確実に血液の存在する領域のみを画像化していることを確認しました。一方便模型検証では、便表面の血液は画像化されましたが、便内の血液は画像化されませんでした。(図2)
以上より、肉眼では見えない便表面の高定量値便潜血の画像化に成功しました。
図2 ヘモグロビン認識精度の検証イメージ
展望
この技術を実際のトイレで活用することで、非常に簡便に便潜血の測定が可能になり、国内だけでなく世界に広がる可能性があります。そこで、実際にトイレで使用できる機器を現在開発中です。今後皆様に使用していただくことが可能になれば、「がん検診を受ける時間がない」「無症状で健康であるため検診の必要がない」という理由で大腸がん検診を受けていなかった人の大腸がんの発見に繋がります。また、検診の必要性が啓蒙されることにより検診受検率の更なる上昇に繋がることが期待されます。そのためにもできるだけ早く製品化できるよう努めて参ります。
国立がん研究センター先端医療開発センター 内視鏡機器開発分野 客員研究員(現在:東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 先端消化器内視鏡学分野教授) 池松 弘朗 コメント
内視鏡検査の技術は向上している一方、日本の大腸がん死亡率が高いことを常々思い悩んでおりました。検診を受ければ、大腸がんの早期発見に繋がり、大腸がんの死亡率は低下いたします。少しでも多くの方に検診を受けるきっかけになっていただきたいという思いから本研究を開始しました。現在開発している機器を少しでも早く提供し、多くの方々に使用していただき、将来的に大腸がんの死亡率が低下することを切に願っております。
エバ・ジャパン株式会社 代表取締役社長 高良 洋平 コメント
ハイパースペクトルイメージング技術は、元々リモートセンシング分野における地球観測に端を発しますが、トイレに活用することで、大腸がんの早期発見といった、多くの方々の健康にまで、その応用可能性を示すことができたことを当社としても、嬉しく思います。
本技術の製品化を実現させ、日常生活と医療の架け橋となり、皆様の健康ライフにお役立ちできることを願っております。
論文情報
雑誌名
Journal of Gastroenterology
タイトル
Possibility of determining high quantitative fecal occult blood on stool surface using hyperspectral imaging
著者
Hiroaki Ikematsu, Yohei Takara, Keiichiro Nishihara, Yuki Kano, Yuji Owaki, Ryuji Okamoto, Takahisa Fujiwara, Toshihiro Takamatsu, Masayuki Yamada, Yutaka Tomioka, Nobuyoshi Takeshita, Atsushi Inaba, Hironori Sunakawa, Keiichiro Nakajo, Tatsuro Murano, Tomohiro Kadota, Kensuke Shinmura, Yoshikatsu Koga, Tomonori Yano
DOI
10.1007/s00535-024-02163-2
掲載日
2024年10月23日
URL https://link.springer.com/article/10.1007/s00535-024-02163-2(外部サイトにリンクします)
研究費
研究費名:国立がん研究センター研究開発費
研究事業名:萌芽的研究課題
研究課題名:ハイパースペクトルイメージングによる便潜血診断に関する研究開発(2021-S-4)
研究代表者名:池松 弘朗
用語説明
*1 ハイパースペクトルイメージング
物体から得られた光の波長を細かく分析し、画像を作成する技術です。肉眼では見えない多くの波長の情報を取得できるため、物体の成分や状態を高精度で把握し、農作物の生育状態、食品の鮮度評価、環境汚染物質の検出、建造物の劣化診断など様々な分野で活用されています。
医療分野への応用では、組織や細胞の状態を非侵襲的に評価することが可能であるため、例えば、がん細胞の検出や、皮膚疾患の診断など、病気の早期発見や効率的な診断・治療が可能になることが期待されます。
*2 年齢調整死亡率
年齢構成の異なる地域間で死亡状況の比較ができるように年齢構成を調整した死亡率です。
*3 スペクトル
光の波長ごとの特性(強度分布)を示す情報の集まりで、物質を構成する原子や分子が、それらに特徴的な波長の光と相互作用することで観察されます。
身近でわかりやすいものでは、太陽光などの白色光をプリズムに通すと確認できる虹色の帯もそれに該当します。医療分野では、この光のスペクトルを分析することで、異常な組織や疾患の兆候を捉えることができます。
*4 機械学習
コンピューターにデータを読み込ませて、パターンや規則性を認識する技術。データを解析し、自動的に判断や予測を行う能力を持つため、診断支援や予測モデルの構築に利用できます。
*5 cut off値
定量的検査で陽性・陰性を分ける値のことです。
*6 偽陽性率
実際は陰性であるものを間違って陽性と予測した割合です。
*7 感度
便潜血定量値400ng/ml以上の領域を陽性と示す能力です。
*8 特異度
便潜血定量値400ng/ml未満領域を陰性と示す能力です。
*9 正診率
便潜血定量値400ng/ml以上の領域を正しく陽性、陰性領域を正しく陰性とした割合です。
*10 陽性的中率
判定画像で陽性と判定されて実際便潜血定量値400ng/ml以上だった割合です。
*11 陰性的中率
判定画像で陰性と判定されて実際便潜血定量値400ng/ml未満だった割合です。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立大学法人東京大学医科学研究所
先端医療研究センター 先端消化器内視鏡学分野
池松 弘朗
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
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