オルガノイドを形態で選別することにより、大脳オルガノイドを純化する技術を開発

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2024-12-02 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. ヒトiPS細胞から大脳オルガノイドを分化誘導する際に同時に誘導される目的外の組織を、組織の形態によって分類する手法を見出した。
  2. シングルセル遺伝子発現解析法などにより、オルガノイドに含まれる目的外組織を識別可能なマーカー遺伝子を同定した。
  3. オルガノイドを形態で選別することにより、大脳オルガノイドを純化することが可能になった。

1. 要旨

池田愛 共同研究員(CiRA臨床応用研究部門、住友ファーマ株式会社)、髙橋淳 教授(CiRA同部門)らのグループは、ヒトiPS細胞から作製した大脳オルガノイドを形態で選別することにより、純度の高い大脳皮質オルガノイドを得ることのできる手法を新たに開発しました。
この研究成果は2024年10月10日(米国時間)に国際学術誌「Stem Cell Reports」でオンライン公開されました。

オルガノイドを形態で選別することにより、大脳オルガノイドを純化する技術を開発
概要図

2. 研究の背景

脳梗塞は、脳の血管が閉塞し血流が途絶えることにより、神経細胞が損傷を受ける病気です。脳梗塞の病態はさまざまですが、麻痺症状により介護を要する場合も多い重篤な疾患です。現在の治療法は、超急性期には血栓溶解や血栓除去、それ以降には神経保護剤の投与やリハビリテーションなどがあります。これらの治療法は、残った神経機能の保護と強化を目的としており、脳梗塞で失われた神経回路を再生させる治療法は未だ開発されていません。
これまでに、ヒトiPS細胞を用いて、機能的な大脳皮質組織を再現したオルガノイド注1) (以下、大脳オルガノイド) を作製する方法が開発されています。大脳オルガノイドは、胎児期の大脳皮質に似た層構造をもつほか、神経細胞どうしでネットワークを形成するなど、機能面でも大脳皮質と類似した性質をもちます。研究グループはこれまでに、大脳オルガノイドをマウスの大脳皮質に移植することにより、移植した大脳オルガノイド由来の神経細胞が脳から脊髄へと軸索を伸ばすことを明らかにしました(CiRAニュース2020年7月17日)。この特性に着目し、研究グループは、iPS細胞から作製した大脳オルガノイド由来の神経細胞を移植することで、脳梗塞により失われた神経回路を再構築する新たなコンセプトの治療法開発に取り組んでいます。
大脳オルガノイドを臨床応用するためには、高品質なオルガノイドを高い純度で製造する必要があります。iPS細胞からオルガノイドを作製する過程では、自己組織化と呼ばれる細胞間相互作用により、生体内の組織に似た立体的な構造が形成されるとともに、各種細胞への分化が進行します。しかしオルガノイドを培養皿上で作製するとき、オルガノイドの品質のばらつきが生じやすく、目的外の組織が発生することがあります。このため臨床応用においては、目的外組織を含むオルガノイドを取り除く必要があります。移植に用いるためには、オルガノイドの立体構造を壊すことなく目的組織を選別できる、非侵襲的な手法が必要です。本研究では、オルガノイドの形態に着目し、画像による非侵襲的なオルガノイド選別法の開発に取り組みました。

3. 研究結果

1)形態的特徴によるオルガノイドの分類
はじめに、大脳オルガノイドの作製法により生じる、形状の不均一なオルガノイドを顕微鏡で観察し、形態的特徴から7つのグループ(Variant 1〜7)に分類しました(図1A)。オルガノイドの形態は、作製するたびに分化の傾向が異なったり、同時に培養して作製したもののなかでもばらつきが生じますが(図1B)、今回同定した形態的指標により7つのいずれかに分類可能であることがわかりました(図1C)。

図1. オルガノイドの形態的分類
A:iPS細胞から大脳オルガノイドを誘導した際に得られるオルガノイドの形態的分類。
B:12回の分化誘導で得られたオルガノイドの明視野画像。
C:各分化誘導ロットのオルガノイドの形態グループの割合。

2)各形態のオルガノイドに含まれる細胞種の同定
各形態グループのオルガノイドに含まれる細胞種を同定するため、シングルセル遺伝子発現解析注2)を行いました(図2A)。その結果、目的組織である大脳皮質の神経細胞以外に、大脳基底核の神経細胞、脈絡叢上皮細胞や神経堤細胞由来細胞、線維芽細胞など、脳内にみられるさまざまな細胞種が含まれることがわかりました。また、オルガノイドに含まれる細胞種が発現している遺伝子のなかから、他の細胞種と区別するマーカーとなる遺伝子を新たに同定しました。次に、オルガノイドの免疫染色により、各細胞種の局在を行いました(図2B)。その結果、オルガノイドの形態グループごとに特徴的な細胞種の局在が認められました。
これらの解析結果より、オルガノイドの形態とオルガノイドに含まれる細胞種が相関することを見出しました。また、各形態グループのうちVariant 1が大脳皮質神経細胞を主な構成細胞とするオルガノイドである可能性が示唆されました。


図2. 各形態のオルガノイドに含まれる細胞種の同定
A:7つの形態的特徴をもつオルガノイドのシングルセル遺伝子発現解析。遺伝子発現のパターンから細胞種を同定したところ、大脳に含まれるさまざまな細胞種が含まれていた。
B:各細胞種のマーカータンパク質の局在の免疫染色解析。各形態のオルガノイドの領域にマーカータンパク質の局在が認められた。

3)形態を基にしたオルガノイドの選別
上記より、オルガノイドの形態から目的の細胞種のみを選別できる可能性が示唆されました。そこで、iPS細胞から作製したオルガノイドのうち、大脳皮質神経細胞を多く含む傾向がみられたVariant1に分類される形態のオルガノイドのみを選別し、免疫染色およびシングルセル遺伝子発現解析を行いました(図3A)。その結果、選別後のオルガノイドには、大脳皮質神経細胞のみが含まれ、目的外の細胞は検出されませんでした。以上より、オルガノイドの形態と細胞種には相関があり、形態による選別で大脳オルガノイドのみを純化可能であることが明らかとなりました。


図3. 形態によるオルガノイドの選別
A:大脳オルガノイドの分化誘導5週目に、大脳皮質の構造を持つオルガノイドのみを選別し、シングルセル遺伝子発現解析を実施した。
B:3回の分化誘導と選別により得られた大脳オルガノイドのシングルセル遺伝子発現結果 (UMAP次元圧縮法)。選別後のオルガノイドは大脳皮質神経細胞のみで構成され、GABA作動性神経や脈絡叢、線維芽細胞などの目的外細胞は含まれないことがわかった。
C:選別後のオルガノイドの免疫染色解析。

4. まとめ

本研究により、形態的特徴をもとに、オルガノイドの立体構造を破壊することなく大脳オルガノイドを選別することが可能になりました。また、今回同定した目的外組織のマーカー遺伝子を用いて検体の品質検査を行うことで、最終的な細胞製品の品質を担保することが可能となります。今後は、これまでの研究成果と本研究で開発した選別法を組み合わせ、より安全で有効な脳梗塞の細胞移植治療を実現すべく、研究を進めていく予定です。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Validation of non-destructive morphology-based selection of cerebral cortical organoids by paired morphological and single-cell RNA-seq analyses

  2. ジャーナル名
    Stem Cell Reports
  3. 著者
    Megumi Ikeda1,2, Daisuke Doi1, Hayao Ebise2, Yuki Ozaki1, Misaki Fujii1, Tetsuhiro Kikuchi1,
    Kenji Yoshida2, Jun Takahashi1,*
    *:責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 住友ファーマ株式会社 再生・細胞医薬神戸センター
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「パーキンソン病、脳血管障害に対するiPS細胞由来神経細胞移植による機能再生治療法の開発」
  2. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)オルガノイド
細胞培養により臓器や組織を模倣した三次元構造体をオルガノイドといい、サイズは大きいものでも直径数ミリ程度のものが多い。オルガノイドは、iPS細胞、胚性幹細胞 (ES細胞) 、体性幹細胞などの幹細胞を用いて試験管内で作製する。これまでに、大脳、肝臓、網膜、小腸、胃、腎臓、膵臓など、さまざまな組織を作製する方法が確立されている。

注2)シングルセル遺伝子発現解析
個々の細胞からRNAを抽出して遺伝子発現を解析することにより、細胞集団の特徴を1細胞ごとに解析することのできる技術。本研究では次世代シーケンサーを用いるシングルセルRNAシーケンス法を活用した。

細胞遺伝子工学
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