筋線維がなぜ長いのかを発見~筋肉を増強するための新しい治療戦略に期待~

ad

2018-07-03 京都大学,日本医療研究開発機構

概要

筋肉は、細長い細胞(筋線維)が数多く集まって機能しています。筋線維は小さな筋芽細胞が細胞どうしで融合を繰り返し、融合後まっすぐに伸びることで形作られます。この筋線維に特有の細長い形は、筋肉が素早く収縮して体を動かすために必須ですが、筋線維の特徴的な形を決定するメカニズムは分かっていません。

京都大学大学院工学研究科 土谷 正樹 大学院生、原 雄二 同准教授、梅田 眞郷 同教授、らの共同研究グループは、正しい筋線維の形成に必須なタンパク質をふたつ発見しました。
ひとつは細胞膜にてリン脂質(膜を構成する分子)を外側から内側の方向に輸送する「リン脂質フリッパーゼ」と、もうひとつは細胞膜に掛かる力(ちから)を感知してカルシウムイオン(Ca2+)を細胞内に流入させる「ピエゾ1チャネル」です。

詳しいメカニズムとして、リン脂質フリッパーゼが細胞膜リン脂質の内側と外側の分布のバランスを決めることで、ピエゾ1の働きを調節し、さらにCa2+シグナルを介した筋芽細胞の融合と融合後の伸びを制御していることを明らかにしました。今回の発見は、加齢や疾患による筋力低下に対して、筋線維の形成を促し筋肉を増強するための新しい治療戦略を構築する上で役立つことが期待されます。

本成果は2018年5月24日に国際学術誌「ネイチャーコミュニケーションズ」にオンライン掲載されました。

筋繊維_図

1.背景

人の体の筋肉は、細くて長い形の細胞(筋線維)が寄り集まって束になった組織です。細長い細胞である筋線維は、小さな筋芽細胞が細胞間で融合を繰り返しながら、ひとつの方向にまっすぐ伸びていくことで形作られます。赤血球や神経細胞など他の細胞と違って、なぜ筋線維は独特の細長い形になるのか、そのメカニズムは分かっていません。

筋線維が細長い形の長軸に沿って収縮することで、力を効率よく生み出し、体を滑らかに動かすことができます。筋線維の形は筋肉が働くために重要です。高齢化社会における筋力低下による寝たきり問題や、有効な治療法が未確立な筋肉の病気(筋ジストロフィー)が問題になっているなかで、筋線維のかたちを決定するメカニズムの解明が待ち望まれています。

2.研究手法・成果

本研究グループは、活発に融合する筋芽細胞を用いて、様々な遺伝子を破壊したときの細胞形態への影響について網羅的に解析しました。その結果、「リン脂質フリッパーゼ」と「ピエゾ1チャネル」が失われた細胞では、細胞融合が過剰に起こること、さらに融合した細胞がまっすぐに伸びなくなることを観察しました。リン脂質フリッパーゼは細胞膜の中でリン脂質と呼ばれる分子を細胞の内側へと運び、ピエゾ1チャネルは細胞膜が引っ張られるときの力(ちから)によってCa2+を細胞内に取り込ませ、いろいろな細胞内の現象を引き起こします。
それらのふたつは別々の機能をもつタンパク質ですが、どのような機構で正しい筋線維のかたちをもたらすのでしょうか。我々の研究チームは、リン脂質フリッパーゼが存在しない細胞では、ピエゾ1チャネルは機能しないことを見出しました。つまりリン脂質が細胞膜の中で正しい場所に存在することで、ピエゾ1が細胞膜に掛かる力を感知して、正しく機能することを明らかにしました。さらにピエゾ1により細胞内に流入したCa2+は、細胞骨格とよばれる細胞内の形を決定するタンパク質群を正しく機能させることが分かりました。これらの結果はマウス個体を用いた実験でも証明され、とくに筋肉がダメージを受けて筋線維が修復するときに、リン脂質フリッパーゼとピエゾ1が重要な働きをすることが分かりました。

3.波及効果、今後の予定

私たちは日常生活を送るなかで、激しい運動時には筋線維がダメージを受けます。このダメージに対応し新しい筋線維が作り出されることで、筋肉の機能が維持されます。老化や筋肉の病気(筋ジストロフィーなど)によって、新しい筋線維を形成する能力が損なわれることから、寝たきりをはじめ様々な問題が生じます。今回、筋線維のかたちを決定するメカニズムの解明により、筋線維の形成を促進する新しい創薬ターゲットの候補を見つけたともいえます。超高齢化を迎える日本において、筋肉を増強する薬の開発が今後期待されます。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、富永 真琴 教授(生理学研究所)、田中 求 教授(京都大学高等研究院)をはじめとする研究グループと共同で行われました。

本研究は、下記期間より資金的援助を受けて実施されました。

  • 文部科学省・科学技術研究補助金【新学術領域研究】温度生物学
  • 日本学術振興会(JSPS)・文部科学省科学研究費補助金(基盤研究)
  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域(研究開発総括:曽我部正博)における研究開発課題「リン脂質フリッパーゼを介する膜張力感知機構の筋管形成における役割」(研究開発代表者 原 雄二)
  • 精神・神経疾患研究開発費
論文タイトルと著者
タイトル:Cell surface flip-flop of phosphatidylserine is critical for PIEZO1-mediated myotube formation
リン脂質ホスファチジルセリンの細胞膜フリップフロップ運動はピエゾ1を介した筋管形成に重要である
著者:Masaki Tsuchiya, Yuji Hara, Masaki Okuda, Karin Itoh, Ryotaro Nishioka, Akifumi Shiomi, Kohjiro Nagao, Masayuki Mori, Yasuo Mori, Junichi Ikenouchi, Ryo Suzuki, Motomu Tanaka, Tomohiko Ohwada, Junken Aoki, Motoi Kanagawa, Tatsushi Toda, Yosuke Nagata, Ryoichi Matsuda, Yasunori Takayama, Makoto Tominaga, Masato Umeda
掲載誌:Nature Communications DOI:10.1038/s41467-018-04436-w
お問い合わせ先

京都大学大学院工学研究科 原 雄二 准教授

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課

ad

医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました