2024-12-16 理化学研究所,千葉大学
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 粘膜システム研究チームの大野 博司 チームリーダー、柴田 涼平 客員研究員、千葉大学 予防医学センターの下条 直樹 特任教授らの共同研究グループは、生後1カ月の子どもにおけるビフィドバクテリウム属[1]優位の腸内細菌叢(さいきんそう)[2]パターン(エンテロタイプ[3])が、将来の低い食物アレルゲン感作(かんさ)[4]および食物アレルギーの低い発症リスクに関連することを明らかにしました。
本研究成果は、食物アレルゲン感作および食物アレルギーの発症メカニズムにおける腸内細菌の役割の解明や、腸内細菌を標的とした予防法の開発に貢献することが期待されます。
今回、共同研究グループは、日本における二つの出生コホート研究[5]の腸内細菌叢データを使って、生後1カ月の時点でビフィドバクテリウム属が優位で最も成熟したエンテロタイプを持っていることが、将来の低い卵白アレルゲン感作率および食物アレルギーの発症率と関連することを明らかにしました。
本研究は、科学雑誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』オンライン版(12月16日付:日本時間12月16日)に掲載されました。
背景
食物アレルゲン感作は、特定の食物に対する抗体が体内にできることであり、将来の食物アレルギーや他のアレルギー疾患の発症リスクを高めます。食物アレルゲン感作は乳幼児期(7歳未満)に起こり、特に欧米では生後6カ月の時点で10~20%の子どもに起こっています。食物アレルゲン感作を予防するには、まずは生後早期の免疫システムの発達を理解することが重要です。
生後すぐから腸内細菌叢は、きょうだいの有無、分娩(ぶんべん)経路、授乳方法などさまざまな要因で変化して成長し、個人差も大きく見られます。また、最近の研究では、腸内細菌やその代謝物(短鎖脂肪酸[6])が免疫システムの発達に関与し、食物アレルゲン感作と食物アレルギー発症リスクに関連することが報告されています注)。しかし、これらの関連性を明らかにすることは、生後早期の腸内細菌叢の大きい個人差に加えて、腸内細菌に影響する因子、腸内細菌叢、発症リスクの複雑な相互関係があるため、容易ではありませんでした。また、生後早期およびアジア人の腸内細菌叢データを使った報告は限られていました。
そこで、共同研究グループは日本の二つの出生コホート研究における腸内細菌叢データを使って、エンテロタイプと将来の食物アレルゲン感作および食物アレルギーの発症リスクとの関係を検証しました。
注)Supinda Bunyavanich et al. Food Allergy and the Microbiome: Current Understandings and Future Directions. J Allergy Clin Immunol,2019 December 144:6:1468-1477.
研究手法と成果
共同研究グループは、二つの出生コホート研究(CHIBA study[両親のどちらかにアレルギー疾患の既往があり、高リスクコホート]とKatsushika study[両親のアレルギー疾患は考慮せず])において、515人の小児の生後1週から7歳まで経時的に採取した腸内細菌叢データと240人のその母親から採取した腸内細菌叢データ、計2,563個を研究対象としました。これらの腸内細菌叢データについてクラスター解析[7]を行った結果、六つのエンテロタイプを同定しました。また、腸内環境の成熟度の指標である、腸内細菌叢の多様性や年齢、便中の短鎖脂肪酸(プロピオン酸、酪酸など)濃度の解析結果から、エンテロタイプ1から6に移行するにつれて、腸内環境の成熟度の指標(腸内細菌叢の多様性、腸内細菌の年齢、プロピオン酸・酪酸の濃度)が上昇していくことが分かりました(図1)。
図1 エンテロタイプの特徴
(左)クラスター解析により六つのエンテロタイプを同定した。1W:生後1週、1M:生後1カ月、1Y:1歳、Mo:母親。
(右)エンテロタイプ1から6に移行するにつれて、腸内細菌叢の多様性が増え、腸内細菌年齢が上がり、さらにプロピオン酸・酪酸濃度も高まり、腸内環境は成熟していた。
次に、どのような因子が腸内細菌叢に影響しているのかを評価しました。さまざまな因子の中で、年上のきょうだいの存在と経腟分娩での出生が生後早期の腸内細菌叢に、また母乳栄養が乳幼児期の腸内細菌叢に強く影響していることが分かりました。この中で特に、年上のきょうだいの存在と経腟分娩での出生は、ビフィドバクテリウム属の高い割合と関連していました。
続いて、個別の腸内細菌の割合および便中短鎖脂肪酸濃度と食物アレルゲン感作および食物アレルギーの発症との関連性を検討しました。まず生後1週から6カ月のデータの中で、生後1カ月の腸内細菌の割合が最も食物アレルゲン感作および食物アレルギーの発症との関連が大きいことが分かりました。また、ビフィドバクテリウム属の存在割合が食物アレルゲン感作および食物アレルギーの発症との関連性が最も高いことが判明しましたが、それ以外の発症との関連性が高い腸内細菌は二つの出生コホート研究で大きく異なっていることも明らかになりました。さらに、ビフィドバクテリウム属の存在割合は、他の腸内細菌や短鎖脂肪酸と高い相関関係にあり、複雑な相互関係を形成していました。
最後に、これらの二つの出生コホートでの腸内細菌叢と発症リスクの違い、および腸内細菌に影響する因子、腸内細菌叢と短鎖脂肪酸の相互関係を考慮した解析を行うため、生後1カ月のエンテロタイプに着目し、発症リスクの関連性を検討しました。生後1カ月の小児はエンテロタイプ1、2、3に分けられ、その中でもエンテロタイプ3を持った小児はビフィドバクテリウム属の存在割合が高いことが特徴的でした(図2左)。またエンテロタイプ3を持った小児は、年上のきょうだいがいる割合および経腟分娩での出生割合が高く、さらに腸内細菌叢の成熟度が高く、食物アレルゲン感作との低い関連性が報告されているプロピオン酸の濃度が高いことが分かりました(図2右)。このエンテロタイプ3を持った小児は、卵白アレルゲン感作および食物アレルギーの発症に関してCHIBA studyでは2歳時、Katsushika studyでは9カ月時の発症リスクが最も低いことが明らかになりました。
図2 生後1カ月のエンテロタイプの特徴
(左)生後1カ月のエンテロタイプは1、2、3に分けられ、1はバクテロイデス属(赤)、2はクレブシエラ属(緑色)、3はビフィドバクテリウム属(水色)が特徴的だった(「All」のエンテロタイプ1、2、3において黒線で囲んだ)。
(右)各エンテロタイプの腸内環境の成熟度は、エンテロタイプ3が最も高かった。
今後の期待
本研究は、日本における二つの出生コホート研究の腸内細菌叢データを使用し、腸内細菌の成熟度を表す六つのエンテロタイプを同定し、生後1カ月時のビフィドバクテリウム属優位のエンテロタイプが、将来の低い食物アレルゲン感作および食物アレルギーの低い発症リスクと関連していることを明らかにしました。この成果は、生後早期の腸内細菌叢と食物アレルゲン感作および食物アレルギーとの間のメカニズムの解明や、生後早期に腸内細菌叢を修正することによる発症予防戦略の開発に貢献すると期待されます。
補足説明
1.ビフィドバクテリウム属
いわゆるビフィズス菌と呼ばれる細菌の分類。疾患の予防や改善との関連性が多く報告されている。
2.腸内細菌叢(さいきんそう)
ヒトの消化管内には多種類・多数の細菌が存在して腸内細菌叢を形成している。免疫システムの調節などの機能があり、健康の維持や疾患の発症に大きく関与していることが報告されている。
3.エンテロタイプ
ヒトの腸内細菌叢を構成する腸内細菌の種類やバランスによって分けられる腸内環境のパターンのこと。個人間で大きく異なる腸内細菌叢を、そのパターンが似ているグループにまとめることで、腸内細菌叢と疾患の関連性が分かりやすくなることが報告されている。
4.食物アレルゲン感作(かんさ)
特定の食物に対して体が過敏に反応し、アレルギー反応を引き起こす抗体が体内に作られる現象。この状態になると、将来的に食物アレルギーを発症するリスクが高まるが、全例が発症するわけではない。低い食物アレルゲン感作とは、食物アレルゲンに対する抗体産生が低いことを指し、抗体価は数値として計測可能である。
5.出生コホート研究
特定の年や地域で生まれた子どもたちを対象に、長期間にわたって健康や発達、環境との関係を追跡・調査する研究。この研究手法により、出生後のさまざまな要因が健康や病気にどのように影響するかを明らかにすることができる。
6.短鎖脂肪酸
腸内細菌叢がオリゴ糖や食物繊維などを分解することで生成される代謝物の一種で、プロピオン酸、酪酸などが代表的である。これらは腸内の健康を保つ役割を果たし、炎症の抑制や免疫機能の調整に関与している。
7.クラスター解析
特徴が異なる混ざり合ったデータから似た特徴の対象データを集めてグループ(クラスター)に分ける手法。対象のデータに含まれるパターンや共通点を見つけ、各データを最も似ているグループに分類することで、データの構造や傾向を明らかにできる。
共同研究グループ
理化学研究所
生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム
チームリーダー 大野 博司(オオノ・ヒロシ)
客員研究員 柴田 涼平(シバタ・リョウヘイ)
研究員(研究当時)中西 裕美子(ナカニシ・ユミコ)
マイクロバイオーム研究チーム
チームリーダー(研究当時)服部 正平(ハットリ・マサヒラ)
(現 生命医科学研究センター 共生微生物叢研究チーム 客員主管研究員)
副チームリーダー(研究当時)須田 亙(スダ・ワタル)
(現 生命医科学研究センター 共生微生物叢研究チーム チームリーダー)
千葉大学大学院医学研究院
小児病態学
助教 中野 泰至(ナカノ・タイジ)
医員(研究当時)佐藤 法子(サトウ・ノリコ)
千葉大学
予防医学センター
特任教授 下条 直樹(シモジョウ・ナオキ)
日本赤十字看護大学 看護学部
准教授(研究当時)川﨑 洋平(カワサキ・ヨウヘイ)
研究支援
本研究は、理化学研究所独創的研究提案制度「共生の生物学」、同横断プロジェクト「共生」により実施し、厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 免疫アレルギー疾患等予防・治療研究「食物アレルギーにおける経口免疫療法の確立と治癒メカニズムの解明に関する研究(研究代表者:岩田力)」、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患等実用化研究事業「アレルギー疾患の発症・病態に関わる皮膚・腸管の細菌・真菌叢の解析(研究代表者:下条直樹)」、同革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出(研究総括:清水孝雄)」「オミクス解析に基づくアレルギー発症機構の理解と制御基盤の構築(研究代表者:大野博司)」、ムーンショット型研究開発事業目標7のプロジェクト「健康寿命伸長に向けた腸内細菌動作原理の理解とその応用(プロレジェクトマネージャー:本田賢也、分担者:大野博司、22zf0127007)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「宿主ー腸内細菌叢相互作用が宿主の病理に及ぼす影響の研究(代表:大野博司、22H00452)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
Ryohei Shibata, Yumiko Nakanishi, Wataru Suda, Taiji Nakano, Noriko Sato, Yosuke Inaba, Yohei Kawasaki, Masahira Hattori, Naoki Shimojo, Hiroshi Ohno., “Neonatal gut microbiota and risk of developing food sensitization and allergy”, Journal of Allergy and Clinical Immunology
発表者
理化学研究所
生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム
チームリーダー 大野 博司(オオノ・ヒロシ)
客員研究員 柴田 涼平(シバタ・リョウヘイ)
千葉大学 予防医学センター
特任教授 下条 直樹(シモジョウ・ナオキ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
千葉大学 広報室