2024-12-17 広島大学
本研究成果のポイント
- ゴルジ体(※1)は、細胞内で作られたタンパク質を受け取り、それを必要な場所に送り出す役割を持つ、重要な細胞内小器官(※2)です。
- 本研究では、光を使って細胞内でタンパク質の輸送をコントロールできる新しい方法「RudLOV法」を開発しました。
- この方法によって、異なる種類のタンパク質がどのように細胞内で移動するかを観察し、特に「dynasore」という薬剤が、ゴルジ体のシス槽におけるタンパク質輸送を阻害する作用を持つことを初めて発見しました。
概要
ゴルジ体は細胞内で、小胞体で生合成されたタンパク質(積荷タンパク質(※3))を受け取り、ゴルジ体内を通って加工(修飾・成熟)し、それをさまざまな必要な場所(オルガネラや細胞膜)へと送り出します。ゴルジ体内部での積荷タンパク質の輸送のメカニズムは明らかになってきましたが、ゴルジ体からの積荷タンパク質の搬出のメカニズムはまだよくわかっていません。
近年の顕微鏡技術の発展から、積荷タンパク質の輸送過程を観察(ライブイメージング観察(※4))することで、そのメカニズムを解明する研究が行われています。しかし、通常の細胞では積荷タンパク質は少しずつ輸送されており、それが少量であることからゴルジ体内部の積荷タンパク質を直接観察することは困難です。そのため、本来少量ずつゴルジ体へ運ばれる積荷タンパク質を留め、その後一斉にゴルジ体へ送り込むという、同調的輸送開始法(※5)の開発が鍵となります。
広島大学大学院統合生命科学研究科の佐藤明子教授(らのグループ)と理化学研究所の豊岡公徳上級技師、中野明彦副チームリーダーらは、光により輸送開始をオン/オフできる新しい輸送開始実験法RudLOV法(※6)を開発しました。
RudLOV法の開発によって、光照射の領域やタイミング、光照射時間を変えることで、輸送開始させる領域・タイミング、積荷タンパク質の輸送量を自由に変えることができるようになりました。本研究では、このRudLOV法の利点を用いることで、積荷タンパク質の種類によって、ゴルジ体内部で異なる場所を経由していることを示すことに成功しました。さらに、dynasore(※7)という薬剤が、ゴルジ体への輸送(シス側)及びゴルジ体からの輸送(トランス側)の両方で輸送を阻害するという、これまでに知られていない、新しい作用を発見することに成功しました。
発表論文
掲載雑誌名: EMBO reports
論文名: RudLOV ─a new optically synchronized cargo transport method reveals unexpected effect of dynasore
著者名: Tago T1, Ogawa T1, Goto Y2, Toyooka K2, Tojima T3, Nakano A3, Satoh T1,*, Satoh AK1,*.
所属: 1) 広島大学大学院 統合生命科学研究科
2) 理化学研究所 環境資源科学研究センター 技術基盤部門
質量分析・顕微鏡解析ユニット
3) 理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム
*責任著者:佐藤明子・佐藤卓至
DOI: https://doi.org/10.1038/s44319-024-00342-z
掲載日時: 10 December 2024
背景
ゴルジ体は、ホルモンや消化酵素などの分泌タンパク質や膜タンパク質(積荷タンパク質)の生合成に必要な細胞小器官(※8)であり、一端(シス面)で新規に合成された積荷タンパク質を受け取り、修飾・成熟させた後、もう一端(トランス面)から成熟した積荷タンパク質を送り出します。成熟した積荷タンパク質を送り出す際には、適切な場所へと輸送するための選別が行われます。細胞内輸送のメカニズムを調べるためには積荷タンパク質の輸送過程を直接観察することが重要です。しかし、通常の細胞では積荷タンパク質は少しずつ輸送されており、それが少量であることからゴルジ体内部にある積荷タンパク質を直接観察することは困難です。そこで、小胞体で一度積荷タンパク質をとどめておき、一度に大量の積荷をゴルジ体に送り込む輸送開始実験が鍵となります。近年開発されよく用いられているRUSH法では、ビオチンを投与することで輸送開始を誘導することができます。しかしながら、RUSH法には、輸送開始されるタイミングが細胞によって異なることや、一度はじまった輸送を途中で止めることができず積荷タンパク質の輸送量の調節ができない等の課題がありました。
研究成果の内容
本研究では、従来の輸送開始法RUSH法で発見された課題を克服するために、光照射によって輸送開始を誘導できる新しい輸送開始実験法RudLOV法を開発しました。ヒト培養細胞において、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、RudLOV法による観察を行った結果、RudLOV法では、①光照射により輸送のタイミングを厳密に制御できること、②光照射を単一の細胞や細胞内の領域に絞って行うことで、特定の細胞や領域だけで輸送開始させることができること、③光照射の強度や時間を制御することで、輸送される積荷タンパク質の量を厳密に制御できることを示しました。
ごく少量の積荷タンパク質だけを輸送させる実験では、ゴルジ体内部のどこを積荷タンパク質が通っているかを詳細に観察することに成功し、積荷タンパク質の種類によって異なる経路を経由して輸送されること、また、一部の積荷タンパク質がゴルジ体のトランス側に特殊な領域(ゾーン)を形成して蓄積することを明らかにしました。
ダイナミン阻害剤dynasoreは、これまでに、細胞外から物質を取り込むエンドサイトーシスを阻害することがよく知られていました。それに加えて、ゴルジ体からの積荷タンパク質の輸送もまた阻害するという報告がありました。そこで、RudLOV法を用いて、dynasoreを投与した細胞でゴルジ体のどこで輸送が止まっているかを観察しました。その結果、輸送開始前にdynasoreを投与するとゴルジ体のシス側で輸送が阻害され、輸送開始後すぐに投与すると、投与直後にはゴルジ体のシス槽に積荷タンパク質が存在するのにも関わらず、輸送がトランス側まで進行し、ゴルジ体のトランス側で輸送が阻害することがわかりました。これは、ゴルジ体の早期段階とゴルジ体からの積荷タンパク質の搬出の2箇所でdynasoreによる阻害が起こることを示しています。このように、RudLOV法を用いて輸送量・輸送開始領域・輸送開始タイミングを制御し、dynasoreの新たな作用を示すことに成功しました。
今後の展開
今後は、RudLOV法を用いて、積荷タンパク質の種類による経路の違いをより詳細に観察していき、これまでに報告されていない新たな輸送機構の解明を目指します。
参考資料
図 RudLOV法の原理
RudLOV法ではLOV2とZdk1の2つのタンパク質を用います。LOV2とZdk1は暗所で結合し、青色光照射によって解離します。LOV2を小胞体に局在させて、Zdk1を積荷タンパク質に融合することによって、暗所では積荷タンパク質は小胞体にとどめられ、青色光照射によって積荷タンパク質が解放され、小胞体から輸送が開始されます。
用語解説
(※1) ゴルジ体
ゴルジ体は、扁平な膜袋が複数(シス槽,メディアル槽,トランス槽,トランスゴルジ網)積み重なったゴルジ層板を基本単位としている。ホルモンや消化酵素などの分泌タンパク質や膜タンパク質の生合成に必要な細胞小器官であり、一端(シス面)から新規タンパク質を受け取り、もう一端(トランス面)からタンパク質を送り出す。
(※2) 細胞内小器官
細胞内にある膜で囲まれた器官であり、特有の機能を持つ。小胞体・ゴルジ体・エンドソーム・ミトコンドリアなど。
(※3) 積荷タンパク質
積荷として輸送されるタンパク質を積荷タンパク質と呼ぶ。ここでは小胞体で新規に合成されたタンパク質を指す。
(※4) ライブイメージング観察
細胞を生きたまま観察すること。
(※5) 同調的輸送開始法
積荷タンパク質の輸送過程を観察することは、通常の状態の細胞においては難しい。その理由は、すでに作られたそのタンパク質が最終局在場所にすでに多量に蓄積していることと、その蓄積量と比較して輸送されている積荷タンパク質の量が少ないからである。そこで、積荷タンパク質を小胞体などに留めて、一斉に輸送を開始させる方法、同調的輸送開始法が開発されている。
(※6) RudLOV法
本研究で開発された光照射によって輸送開始を誘導できる同調的輸送開始法。光で輸送開始を誘導することから、輸送開始の領域・タイミングを制御可能であり、さらに光照射を止めることで輸送開始も止めることができるため、光照射時間によって輸送される積荷タンパク質の量を制御可能である。
(※7) dynasore
細胞膜から物質を細胞に取り込むエンドサイトーシスを阻害する薬剤。エンドサイトーシスのために形成されつつある小胞を細胞膜から切り離す役割を持つタンパク質であるダイナミンの機能を特異的に阻害する。ゴルジ体における輸送も阻害するという報告があったが、詳細はわかっていなかった。
【お問い合わせ先】
広島大学大学院統合生命科学研究科 佐藤 明子 教授