2024-12-20 理化学研究所
理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)の赤石 れい ユニットリーダー(研究当時)らの国際共同研究チームは、オンラインコミュニケーションの利用が若者の精神的健康に与える影響について、日本で初めての経験サンプリング法[1]を用いた大規模かつ日常生活レベルでの科学的調査を実施しました。その結果、ソーシャルメディアの閲覧など一対多のオンラインコミュニケーション[2]は孤独感を増加させる一方、メッセージの直接的なやり取りなど一対一のオンラインコミュニケーション[3]は幸福感を増加させることが明らかになりました。ただし、ソーシャルメディアやその他のスマートフォン(スマホ)アプリの利用などのデジタル利用の増加が対面コミュニケーションの時間を減少させ、これが間接的に精神的健康に悪影響を与えていることが分かりました。
本研究では、日本の20代を中心とする若年層418人(平均年齢24歳)を21日間にわたり追跡調査し、日常生活の中でのデジタル利用、コミュニケーション形態、精神的健康指標を詳細に記録する経験サンプリング法を用いました。この手法により、従来の単一時点での調査では得られなかった、実生活に即したオンライン・オフライン(対面)コミュニケーション間の相互作用と、デジタル利用が幸福感や孤独感に及ぼす多面的な影響が明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『npj Mental Health Research』オンライン版(12月6日付)に掲載されました。
経験サンプリング法による21日間の調査概要と主要な発見
背景
2010年代以降、若年層のメンタルヘルス(精神的健康)の状態が世界的にかつ急激に悪化しており、その原因としてスマホやソーシャルメディアの影響が指摘されています。2024年のある調査では、世界のスマホ利用者数は48.8億人に達し、普及率は60%を超えています注1)。特に34歳以下の年齢層における1日当たりのスマホなどの画面使用時間は平均8.8時間に及び、これは65歳以上の年齢層の5.2時間と比較して著しく高い値となっています注2)。
このような状況を受けて、各国では若者のデジタル利用を制限する動きが加速しています。アメリカでは公衆衛生局の長官がソーシャルメディアの有害性をタバコと同等レベルとする警告を発表し、オーストラリアでは16歳以下のソーシャルメディア使用を国レベルで禁止する法案が可決されました。欧州でも同様の規制強化の動きが見られ、世界的にデジタル利用が若者の精神的健康に与える影響への懸念が高まっています。
しかし、これまでの研究では、デジタル利用が精神的健康に与える影響について一貫した結論が得られていませんでした。一部の研究ではデジタル利用が不幸感、抑うつ、不安、孤独感を増加させるとの報告がある一方で、重大な影響は見られないとする研究や、むしろ孤独感を軽減する効果があるとする報告も存在していました。
このような研究結果の不一致の主な要因として、以下の3点が考えられます。
1.デジタル利用の形態を適切に区分できていなかったこと
ソーシャルメディアやスマホの利用でもたくさんの利用形態があり、そのそれぞれが違った影響を精神的健康に与える可能性があります。これらの利用形態が先行研究で適切に区分されなかったり、それぞれの研究が異なる定義を用いてきたりしたことが、不一致の一つの理由になっていました。
2.対面コミュニケーションとの関係を考慮していなかったこと
3.質問紙などによる一時点での調査による想起バイアスの問題
質問紙などによる一時点での調査では思い出せることに偏りがあり(想起バイアス)、ある出来事がもう一つの出来事に直接的な影響を与えているのかはっきりと区別できない場合があります。経験サンプリング法では、ある出来事が起こってから比較的近い時点でその心理的影響を調べることができるため、このような想起バイアスを防ぐことができます。
特に日本においては、この問題に関する本格的な科学的調査がまだあまり実施されておらず、エビデンス(証拠)に基づいた政策立案が困難な状況でした。このような背景から、本研究では、上記の要因を考慮した上で、若者のデジタル利用と精神的健康の関係を詳細に調査することとしました。
注1)Turner, A. How Many People Have Smartphones Worldwide (Dec.2024).
注2)Smith, L. et al. The association between screen time and mental health during COVID-19: a cross sectional study. Psychiatry Res. 292,113333 (2020).
研究手法と成果
国際共同研究チームは、日本国内においてオンラインコミュニケーションなどのデジタル利用が幸福感・孤独感といった精神的健康指標とどのように関連するかを、デジタル利用の形態を区分し、対面コミュニケーションとオンラインコミュニケーションを同時に調べ、経験サンプリング法などを用いて大規模かつ日常生活レベルで検証しました。従来の研究は、質問紙による一時点での測定や、対象者数・対象期間が限られたものが少なくありませんでした。この研究では日本の若年層(平均年齢:男性23.18歳、女性で24.81歳)418人を対象に、21日間にわたる詳細な科学的調査を実施しました。参加者はオンラインプラットフォームを通じて、毎日夜9時に詳細な記録を行いました(図1)。
記録は、項目を以下の三つのカテゴリーに分類して実施しました。
1.デジタル利用時間と内容(ソーシャルメディア、ゲーム、動画視聴など)
2.コミュニケーションの種類(オンライン・オフライン(対面)、一対一・一対多)と時間
3.精神状態の指標(幸福感、孤独感)
図1 研究手法の概要
分析の結果、コミュニケーションの三つの形態によって、それぞれ次のように精神的健康への影響が異なることが判明しました(図2)。なお、コミュニケーション形態の違いによる精神的影響を比較するために統計的効果量(標準化β[4])と影響度(Cohen’s D[5])を用いました。
1.一対一のオンラインコミュニケーション
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- 幸福感の向上に寄与(統計的効果量(標準化β)=0.040、p(有意差を表す値)<0.001;Cohen’s D=0.082)
- 特に親しい人とのメッセージのやり取りで効果が顕著
2.一対多のオンラインコミュニケーション
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- 孤独感の増加と関連(統計的効果量(標準化β)=0.026、p<0.05;Cohen’s D=0.051)
- ソーシャルメディアの閲覧時間が長いほど効果が増大
3.対面コミュニケーション
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- 幸福感に最も強い正の影響(統計的効果量(標準化β)=0.268、p<0.001;Cohen’s D=0.572)
- 幸福感において一対一のオンラインコミュニケーションの5倍以上の効果
図2 デジタル利用の形態別影響度の比較
異なる形態のコミュニケーション(一対一オンライン、一対多オンライン、対面)が孤独感(a)と幸福感(b)に与える影響を比較したグラフ。統計的有意性と影響度(Cohen’s D)を示す。*:p<0.05、***:p<0.001。
さらに重要な発見として、デジタル利用による精神的健康への影響は、直接的な効果よりも、対面交流時間の減少を介した間接的な効果の方が大きいことが明らかになりました(図3)。これは媒介モデルという、直接的な効果(デジタル利用→孤独感)と間接的な効果(デジタル利用→対面交流の減少→孤独感)を同時に検定する統計手法を用いて調べました。その結果、明らかになったのは主に以下の3点です。
1.時間的な競合関係
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- ソーシャルメディアを含む全てのスマホアプリの総使用時間の増加で対面交流の時間が減少
- 一対多のオンラインコミュニケーションの単独の利用時間の増加によっても対面交流時間が顕著に減少
2.間接効果の重要性
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- 精神的健康への総合的な悪影響のほとんどが対面交流の減少という間接効果
- 間接効果は対面交流の減少が主要な経路
3.性別による違い
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- 女性における一対多のオンラインコミュニケーションの影響(幸福感の低下と孤独感の増加)の増大
図3 デジタル利用の影響経路を調べる媒介モデル
デジタル利用が精神的健康に影響を与える直接的(デジタル利用→孤独感)・間接的(デジタル利用→対面交流時間の減少→孤独感)な経路を示す。対面交流時間の減少を介した間接効果の大きさ(標準化β)を図示。***:p<0.001。
本研究により、デジタル利用が精神的健康に与える影響は、その利用形態によって大きく異なり、特に対面交流時間の減少を介した間接的な影響が重要であることが明らかになりました。これらの知見は、若年層のデジタル利用に関する具体的な指針の策定に重要な示唆を提供するものです。
今後の期待
本研究で得られた知見は、デジタル利用と若者の精神的健康に関する具体的な対策の基盤としての活用が期待されます。特に、一対多のオンラインコミュニケーションの孤独感への影響の大きさと対面交流時間の確保の重要性が明らかになったことで、より効果的な介入方法の開発が可能となります。
教育現場では、この研究結果を基に、年齢に応じたデジタル機器使用のガイドラインを策定することができます。特に、対面でのコミュニケーションの時間を確保しつつ、幸福感の向上に寄与しやすい一対一のオンラインコミュニケーションを効果的に活用する方法の提案が可能となります。また、女性が一対多のオンラインコミュニケーションの影響を受けやすいという発見は、性別に配慮した予防的介入の開発につながります。
テクノロジーの開発面では、本研究の結果を生かし、精神的健康に配慮したアプリケーションの設計が可能となります。例えば、対面交流を促進する機能や、一対多のコミュニケーションの利用時間を適切に管理する機能の実装が考えられます。
さらに、政策立案においても、本研究は科学的根拠に基づいた規制や支援の枠組みを提供します。若者のデジタル利用を一律に制限するのではなく、コミュニケーションの形態や個人差を考慮した、より細やかな政策立案が可能となることが期待されます。
補足説明
1.経験サンプリング法
日常生活の中で、定期的に被験者の行動や心理状態を記録する研究手法。本研究では、21日間毎日1回、被験者のデジタル利用状況と気分を記録した。
2.一対多のオンラインコミュニケーション
ソーシャルメディアでの投稿閲覧や「いいね」を付けるなど、オンラインでの個人と不特定多数との交流。直接の双方向コミュニケーションを含まない。
3.一対一のオンラインコミュニケーション
メッセージアプリでの直接的なやり取りや、オンライン通話など、特定の相手との双方向的なコミュニケーション。
4.標準化β
標準化偏回帰係数。異なる尺度で測定された変数間の影響の強さを比較可能にする統計指標で、デジタル機器の利用が精神的健康に与える影響を定量的に評価する際、極めて重要。具体的には、各変数を平均0、標準偏差1に標準化して算出された回帰係数であり、-1から+1の間の値を取る。値の絶対値が大きいほど、影響が強いことを示す。
5.Cohen’s D
Cohen’s Dは、2群間の差の大きさを標準化して示す効果量指標。2群の平均値の差をプールされた標準偏差で割って算出される。本研究ではコミュニケーション形態が与える影響度の比較のためにこの効果量を用いた。一般的に0.2は小さい効果、0.5は中程度の効果、0.8は大きい効果として解釈され、サンプルサイズに影響されにくいという特徴がある。また、実践的な意味の解釈がしやすく、群間比較での効果の大きさを直感的に理解できるため、研究結果の実質的な意味を評価する際に特に有用。
国際共同研究チーム
理化学研究所 脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)
社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)
ユニットリーダー(研究当時)赤石 れい(アカイシ・レイ)
(現 脳神経科学研究センター 社会価値意思決定研究ユニット ユニットリーダー)
中国科学技術大学生命科学・医学部 附属第一病院放射線科
大学院生 イジュン・チェン(Yijun Chen)
教授 シャオチュー・チャン(Xiaochu Zhang)
研究支援
本研究は、理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)(LP3009219)の支援を受けて実施されました。
原論文情報
Yijun Chen, Xiaochu Zhang, Rei Akaishi, “Exploring Digital Use, Happiness, and Loneliness in Japan with the Experience Sampling Method”, npj Mental Health Research, 10.1038/s44184-024-00108-4
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC) 社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)
ユニットリーダー(研究当時)赤石 れい(アカイシ・レイ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当