膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカーを特定~患者に最適な医療の選択に期待~

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2025-01-02 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 膵臓がんに対する重粒子線治療は効果が出にくいこともありますが、治療選択に役立つ情報として、予後を予測することはできていませんでした。
  • 重粒子線治療前の血中バイオマーカー濃度が高い患者ほど治療後に遠隔転移が起きにくいことが判明しました。
  • 今後、重粒子線治療の選択における有用な情報となることが期待されます。

概要

量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)QST病院 重粒子線治療研究部の武島嗣英研究統括と医療技術部の篠藤誠部長、および放射線医学研究所 放射線規制科学研究部の土居主尚主任研究員らは、膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカーを発見しました。
膵臓がんは見つけにくく、また、治りにくいがんとしてよく知られています。膵臓がんの診断がついた段階で手術ができる患者はわずか20%程度で、手術で切除できたとしてもその後の再発率が高く、術後の5年生存率は20-40%と不良です。
最近、切除不能な進行性膵臓がんに対する保険診療として、重粒子線治療が注目されています。重粒子線治療は従来の放射線治療と異なり、重い粒子(炭素イオン)を加速器で加速して、多くの線量をがんに投与することにより、優れたがん殺傷効果を示します。
こうした特徴から、膵臓がんに対する重粒子線治療の臨床研究では、従来のX線治療に比べて生存期間の延長が確認されていますが、効果が出にくい患者もいます。膵臓がんに対する重粒子線治療は効果が出にくいこともありますが、治療選択に役立つ情報として、予後を予測することはできていませんでした。治療の効果や予後を予測するバイオマーカーは治療選択に役立ちますが、これまで膵臓がんにおける重粒子線治療の効果や生存率などの予後を予測できるバイオマーカーとして使用されているものはありませんでした。
そこで我々は、QST病院が実施しているメディカルデータバンク事業で保管されている重粒子線治療前の血液サンプルを用いて、重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカー探索に取り組みました。その結果、治療前の可溶性インターロイキン6受容体(sIL-6R)濃度が高い患者(95 ng/ml以上)は低い患者と比べて治療後の遠隔転移が起きにくく死亡しにくいことがわかりました。つまり、治療前の血中sIL-6Rが重粒子線治療後の膵臓がん患者の予後予測マーカーとして有用なことが示されました。
今後、治療前に膵臓がん患者の血中sIL-6R濃度を測定することは、膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測し、治療選択に有用な情報を提供することが期待されます。また、生存期間の延長効果を限定する要因となり得る遠隔転移の起きにくさとsIL-6Rとの関係をさらに研究することで、予後が不良と予測される患者にも、最適な治療法を見つける手がかりになる可能性があります。
本研究は、がん治療に関する論文が数多く発表されている国際誌Anticancer Researchに米国時間2025年1月1日にオンライン掲載されました。

研究開発の背景と目的

膵臓がん(特に局所進行膵がん)は非常に悪性度が高く、膵臓がんの5年生存率は10%未満と、他のがんに比べて生存率が低いがんです。主な治療法は手術ですが、根治的な外科切除が可能な患者は全体の15〜20%であり、切除できても5年生存率は約10〜20%にとどまります。手術が不可能な患者には化学療法や化学放射線療法が行われますが、両者の効果に大きな差はありません。これは、膵臓がんは放射線に抵抗性であるにもかかわらず、膵臓が放射線に弱い臓器に囲まれているため、腫瘍に高線量の放射線を照射できないことが一因と考えられています。
重粒子線は、X線やγ線よりも強力な殺細胞効果を持ちます。さらに、重粒子線は腫瘍の位置で止まってエネルギーを腫瘍部位に集中して放出できるため、がんに対して集中的な照射が可能です。これにより、腫瘍周囲の正常臓器への影響を抑えながら腫瘍のみに高線量を投与できる点が強みです。臨床研究では、化学療法単独やX線を用いた化学放射線療法を受けた患者の生存期間での中央値が16.5か月と15.2か月であるのに対し、重粒子線治療を受けた患者では21.5か月と長期生存することが確認されました。
しかし、上記のように重粒子線治療が優れていても、効果が出にくい患者もいます。そのため、治療前に治療効果を予測できる指標(マーカー)が必要とされています。そこで本研究では、がんの性質と深く関わり、他のがん種のマーカーとしても研究が進められている可溶性インターロイキン6受容体(sIL-6R)に着目し 、膵がん患者の重粒子線治療前の血中sIL-6Rレベルと予後因子(遠隔転移や生存期間)との関連を調べました。

​研究の手法と成果

研究には、2015年12月から2020年3月までの間に、QST病院で重粒子線治療を受けた膵がん患者103名(女性39名、男性64名)から治療前に採取、保管していた血液を用いました。まず血漿分画を調製し、市販のELISAキット1)でsIL-6R濃度を測定しました。後ろ向きコホート研究2)としてCox回帰解析3)を行った結果、高sIL-6R濃度(95 ng/ml以上)の患者さんでは、全生存期間のハザード比(HR)が0.55(95%信頼区間0.32-0.96、P=0.037)、遠隔転移のHRが0.53(95%信頼区間0.30-0.95、P=0.036)と、いずれも1より低いことが示されました。つまり、血漿中のsIL-6R濃度が高い患者さんは、重粒子線治療後に遠隔転移が起きにくく死亡しにくいことが示唆されました。

膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカーを特定~患者に最適な医療の選択に期待~

今後の展開

​ 本研究の結果は、重粒子線治療前に血中sIL-6Rを測定することで、治療を受けた膵がん患者の遠隔転移や死亡リスクを予測できる可能性を示しています。今後は、sIL-6Rが転移と生存率に関係する理由をさらに調査し、より効果的な膵がんに対する重粒子線治療法の開発を目指して日本や海外の研究機関と連携して研究を進めていきたいと考えています。

用語解説

1) ELISAキット
特定のタンパク質や生物分子の検出や定量に用いられる試薬キット。抗体を固相化したマルチウェルプレートとサンプルを反応させた後に、検出用の抗体を用いることで抗原をサンドイッチ上に捕捉し、抗原の濃度を高感度定量できる。臨床診断や研究で広く利用されている。

2)後ろ向きコホート研究
ある期間に治療を受けた患者等の特定の集団(コホート)に対し、時間をさかのぼって既存のデータや過去の症例を分析し、疾患の原因やリスク要因、治療法の効果などを評価する研究方法。

3) Cox 回帰解析
対象のイベント(例えば死亡や再発)が発生するまでの時間を分析する生存時間の分析の一つであり、複数のリスク因子を投入することで様々な要因を調整しつつ、興味のある因子のリスクの大きさを推定できる方法。

掲載論文

雑誌名:Anticancer Research
タイトル: Prognostic Significance of Plasma Soluble IL-6 Receptor in Carbon-Ion Radiotherapy for Pancreatic Cancer
著者: Kazutaka Doi1, Makoto Shinoto2, Tetsuro Isozaki2, Takashi Imai3, Toshiki Aiba4, Sumitaka Hasegawa4, Tsuguhide Takeshima4
著者所属:
1 Department of Radiation Regulatory Science Research, National Institutes for Quantum Science and Technology, Chiba, Japan;
2 QST hospital, National Institutes for Quantum Science and Technology, Chiba, Japan;
3 Medical Data Bank, National Institutes for Quantum Science and Technology, Chiba, Japan;
4 Department of Charged Particle Therapy Research, National Institutes for Quantum Science and Technology, Chiba, Japan
DOI: https://doi.org/10.21873/anticanres.17406​​

医療・健康
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