2025-01-07 名古屋大学
幹細胞は再生能力の維持に適した生息場所(幹細胞ニッチ※4)に存在することが、概念上の考えとして知られていました。しかし、異なる幹細胞ニッチが、そこに存在する幹細胞の再生能力に違いを形成し、さらに免疫細胞からの攻撃を回避する能力(免疫寛容)を制御しているのかどうかについては不明でした。
名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学の古橋和拡 講師、丸山彰一 教授とコロンビア大学の垣内美和子 ポストドクター、ハーバード大学 上田亮介 ポストドクター、ハーバード大学 藤崎譲士 准教授の共同研究により、造血幹細胞の中で最も再生能力の高い幹細胞は主としてヘアピン構造状の血管が多い骨末端部に存在し、一酸化窒素(NO)高発現することを発見しました。この NO 高発現造血幹細胞(NOhiHSC)は、定常状態では休眠を維持し、移植時には高い再生能を示します。そしてこの細胞は、シアストレスが強くかかる毛細血管叢に存在し、同部位の血管 内 皮細胞上にCD200 が高発現することを骨髄3次元イメージングにより世界で初めて証明しました。同部位の分子学的解析を進め、シアストレスセンサーである一次繊毛タンパク質IFT20 刺激が血管に CD200 を含めた免疫制御分子の高発現を誘導し、免疫細胞からの攻撃を回避できる部位(免疫特権部位)を形成することを明らかにしました。さらに、CD200 高発現血管に隣接する NOhiHSC では CD200 レセプターを介した NO産生からオートファジー※5 が亢進し、移植時の高い再生能力と定常状態での休眠状態が維持されることを発見しました。また、免疫分子 CD200 を介して骨髄3次元イメージングで幹細胞ニッチを可視化することで、幹細胞ニッチという概念を実体化することに成功しました。本研究では、幹細胞ニッチにおける個別の機能として考えられていた免疫特権と幹細胞ヒエラルキーの維持が免疫制御分子 CD200 を介して連結されることを分子レベルで明らかにしました。
本研究での発見は、血管・血管周囲細胞を制御することで、組織幹細胞の制御から組織再生へ発展する基盤となるものです。また、がん組織にも同様のがん幹細胞が存在し、血管に囲まれていることから、がんの上流細胞から根治する新たな治療へも応用できる可能性があります。さらに、シアストレスが強い血管において免疫制御分子の増強が局所の炎症制御・組織恒常性の維持に関わっていることから、新たな免疫抑制・炎症制御・組織再生への治療法開発につながることも期待できます。
本研究成果は、2025 年 1 月 1 日付「Nature」にオンライン掲載されました。
なお、この研究は、科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業(JPMJFR200W)、偕行会医学基金、アメリカ国立衛生研究所 NIH R01 の支援を受けて行いました。
【ポイント】
・一酸化窒素※1(NO)高発現造血幹細胞※2(NOhiHSC)は、定常状態では休眠状態を維持し、免疫細胞からの攻撃を回避し、移植時には長期にわたる強固な再生能力を示すことを発見した。
・骨髄3次元イメージング技術により NOhiHSC が骨末端部に多く存在することを解明した。
・骨末端部に多く存在する血管内皮が、血流シアストレス※3 によって誘導される免疫制御分子 CD200 を介して造血幹細胞の NO 発現と幹細胞性を維持していた。
以上より、血管は単なる血液が流れる“道”ではなく、幹細胞や炎症細胞を制御する組織への“扉”であることが示され、新たな再生・免疫抑制・炎症制御への治療応用の可能性が示唆された。
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【用語説明】
※1 一酸化窒素(NO)
一酸化窒素の生物機能の発見に対して 1998 年のノーベル生理学・医学賞が贈られた分子である。現在も、血管医学、血圧、免疫、再生においてその役割・創薬の研究が精力的に進められている。
※2 造血幹細胞
「幹細胞」とよばれる細胞はさまざまな組織に存在し、その組織において必要な細胞へ変化(分化)することで組織恒常性を維持している。最近では、幹細胞も均一ではなく、より分化能の高い細胞や休眠している細胞分画が存在することが報告されている。幹細胞性が高い細胞は、定常状態では休眠しているが、移植時には増殖し効率的に骨髄を再構築する。
幹細胞の中でも造血幹細胞は、赤血球、白血球、血小板へ分化する大元の細胞である。成人では、そのほとんどが骨髄の中に存在し、血液へ赤血球、白血球、血小板を供給する。造血幹細胞は、血液細胞におけるヒエラルキーの最も上位に存在する組織幹細胞で、自己複製能によって骨髄内で常に再生され、一生を通じて枯渇することはない。最近では、造血幹細胞の中にもさらなるヒエラルキーが存在することが示唆されている。
※3 シアストレス
液体が流れると、その液体に接する面にすべらせるように作用する応力が働く。このずり応力をシアストレスと呼ぶ。
※4 幹細胞ニッチ
幹細胞が存在する特別な微小環境を幹細胞ニッチと呼んでいる。「幹細胞ニッチには、幹細胞が幹細胞としての性質を維持するための微小環境がそろっている」という観念から生まれた。最近、微小環境の特徴を裏づける分子が多く報告されることで、概念から実際のイメージングとして幹細胞ニッチを捉えることができるようになってきている。本研究でも CD200 を用いることで造血幹細胞ニッチをイメージングで同定した。
※5 オートファジー
この細胞内機構は、2016 年にノーベル医学・生理学賞を受賞している。細胞がみずからの細胞内成分やミトコンドリアなどの細胞小器官を分解して、再利用する細胞内システムである。これにより、細胞エネルギーバランスを維持し、不純物を除去することで、細胞の恒常性・増殖・発生・分化を調節する。
【論文情報】
雑誌名:Nature
論文タイトル:Bone marrow niches orchestrate stem cell hierarchy and immune tolerance
著者名・所属名:
Kazuhiro Furuhashi 2, 3, 10, 11, Miwako Kakiuchi 2, 3, Ryosuke Ueda 1, 2, 3, Hiroko Oda 1, Simone Ummarino 4, 5, 6, 7, Alexander K. Ebralidze 4, 5, 6, 7, Mahmoud A. Bassal 5, 7, 8, Chen Meng 1, 9, Tatsuyuki Sato 1, Jing Lyu 1, 9, Min-guk Han 1, Shoichi Maruyama 10, Yu Watanabe 10, Yuriko Sawa 10, Daisuke Kato 12, Hiroaki Wake 12, Boris Reizis 13, John A. Frangos 14, David M. Owens 15, 16, Daniel G. Tenen 4, 5, 6, 7, 8, Ionita C. Ghiran 1, Simon C. Robson 1, Joji Fujisaki *1, 2, 3, 17, 18
1 Center for Inflammation Research, Department of Anesthesia, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, USA
2 Columbia Center for Translational Immunology, Department of Medicine, Columbia University, Vagelos College of Physicians and Surgeons, New York, USA
3 Columbia Stem Cell Initiatives, Columbia University, Vagelos College of Physicians and Surgeons, New York, USA
4 Harvard Medical School Initiative for RNA Medicine, Harvard Medical School, Boston, USA
5 Harvard Stem Cell Institute, Harvard Medical School, Boston, USA
6 Cancer Research Institute, Beth Israel Deaconess Medical Center, Boston, 330 Brookline Avenue Boston, USA
7 Division of Hematology and Oncology, Department of Medicine, Beth Israel Deaconess Medical Center, Boston, USA
8 Cancer Science Institute of Singapore, National University of Singapore, Singapore
9 Department of Anesthesiology, Taihe Hospital, Hubei University of Medicine, Shiyan, Hubei, China
10 Department of Nephrology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, JAPAN
11 Nagoya University Institute for Advanced Research, Nagoya, Aichi, JAPAN
12 Department of Anatomy and Molecular Cell Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, JAPAN
13 Translational Immunology Center, Department of Pathology, New York University, NY, USA
14 La Jolla Bioengineering Institute, La Jolla, USA
15 Department of Dermatology, Columbia University Irving Medical Center, Vagelos College of Physicians & Surgeons, New York,USA
16 Department of Pathology & Cell Biology, Columbia University Irving Medical Center, Vagelos College of Physicians & Surgeons, New York, USA
17 Division of Clinical Immunology, Department of Medicine, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, USA
DOI: 10.1038/s41586-024-08352-6
English ver. https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Nat_250107en.pdf
【研究代表者】
大学院医学系研究科 古橋 和拡 講師