マウスの心臓に移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞のナノ構造の評価に成功

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2018/10/30  京都大学,カルフォルニア大学
ポイント

  1. 心筋細胞にはT管注1や2つ組注2といったナノ構造注3があり、観察には電子顕微鏡注4が必要であるが、 電子顕微鏡画像は倍率が非常に高いため、観察した細胞が移植した心筋細胞かどうか確認できなかった。
  2. アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APEX2)注5を目印として用いることにより、 マウスの心臓に移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞を電子顕微鏡で同定し、T管や2つ組が形成され始めていることを発見した。

1. 要旨
羽溪健研究員(CiRA増殖分化機構研究部門)、星島正彦博士(カルフォルニア大学サンディエゴ校元准教授)、吉田善紀准教授(CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループは、 マウスの心臓に移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞を電子顕微鏡で同定し、ナノ構造の評価に初めて成功しました。
この研究成果は2018年10月14日に米国科学誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」にオンライン公開されました。
2. 研究の背景
多くの動物実験で多能性幹細胞注6から作製した心筋細胞の移植が心疾患に対して有効であることが示されています。その一方で、移植後に不整脈が生じることも報告されており、その一因として多能性幹細胞から作製した心筋細胞が未熟であることが考えられています。
成熟した心筋細胞には活動電位注7の変化やカルシウム濃度の変化を効率よく筋収縮に転換する興奮収縮連関注8があり、T管や2つ組といったナノ構造が重要な役割を果たしています。これらの非常に小さな構造を解析するには、電子顕微鏡による観察が必要となります。 しかし、電子顕微鏡画像は倍率が非常に高く、観察した細胞が宿主の心筋細胞ではなく、移植した心筋細胞であるかどうかを確認することが困難でした。そこで近年開発された、電子顕微鏡画像で識別できるアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APEX2)を用いて、移植した心筋細胞を識別、評価しました。
3. 研究結果
健常人由来のヒトiPS細胞の核にAPEX2を発現注9させ、心筋細胞へ分化誘導しました。 そして、このiPS細胞由来心筋細胞を、作製した心筋梗塞モデルマウスに移植しました。 移植6ヶ月後にX線顕微鏡で観察したところ、移植した心筋細胞の核が白く表示され、3次元配置の描出に成功しました(図1)。


図1. 心筋細胞移植6ヶ月後のX線顕微鏡画像
(左)APEX2によって移植細胞の核が白く表示される。
(スケールバー:20µm)
(右)3次元再構成画像では移植した心筋細胞の3次元配置が描出できた。
また、電子顕微鏡で観察すると、移植心筋細胞と宿主心筋細胞が鮮明に識別できました。また、宿主心筋細胞と比して未熟ではあるものの、移植心筋細胞にはZ帯注10やM帯注10といった比較的成熟したサルコメア注10構造を認めました(図2)。


図2. 心筋細胞移植6ヶ月後の電子顕微鏡画像
(GN:移植心筋細胞の核、HN:宿主心筋細胞の核、Z:Z帯、M:M帯)
(左)APEX2により移植心筋細胞の核が黒く表示され、宿主心筋細胞と鮮明に識別できる。
(スケールバー:1µm)
(右)移植心筋細胞に比較的成熟したサルコメア構造を認める。
(スケールバー:1µm)
さらに、電子顕微鏡の3次元再構成画像により、移植した心筋細胞にT管や2つ組が形成され始めていることが分かりました(図3)。


図3. 心筋細胞移植6ヶ月後の電子顕微鏡3次元再構成画像
(左)APEX2により移植心筋細胞(ピンク色)であることが証明され、移植心筋細胞にT管(水色)が 形成され始めている。(スケールバー:500nm)
(右)拡大画像では移植心筋細胞に2つ組(赤色)が形成されている様子が認められる。 (スケールバー:100nm)
4. まとめ
本研究では、マウスの心臓に移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞のナノ構造の評価に初めて成功しました。また、移植6ヶ月後には移植した心筋細胞にT管や2つ組が形成され始めていることが分かりました。このAPEX2を用いる手法は、心筋細胞移植だけではなく、他のiPS細胞由来分化細胞の移植後の観察にも応用することができ、電子顕微鏡を用いた移植細胞のナノ構造の解析に有用であると期待されます。
5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Nano-structural analysis of engrafted human induced pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes in mouse hearts using a genetic-probe APEX2.
  2. ジャーナル名
    Biochemical and Biophysical Research Communications
  3. 著者
    Takeshi Hatania,b, Shunsuke Funakoshib, Thomas J. Deerinckc,d, Eric A. Bushongc,d, Takeshi Kimuraa, Hiroshi Takeshimae, Mark H. Ellismanc,d,f, Masahiko Hoshijimac,g, Yoshinori Yoshidab
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学大学院医学研究科循環器内科学
    2. 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
    3. カルフォルニア大学サンディエゴ校Center for Research in Biological Systems
    4. カルフォルニア大学サンディエゴ校National Center for Microscopy and Imaging Research
    5. 京都大学大学院薬学研究科生体分子認識学
    6. カルフォルニア大学サンディエゴ校Departments of Neurosciences and Bioengineering
    7. カルフォルニア大学サンディエゴ校医学部

6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 中核拠点
  2. 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤B
  3. 日本学術振興会 研究拠点形成事業
  4. ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム
  5. アメリカ心臓協会
  6. アメリカ国立衛生研究所 国立一般医科学研究所
  7. iPS細胞研究基金

7. 用語説明
注1)T管
心筋の筋細胞膜が細胞内に深く入り込んだ管状の構造物。T細管、横細管とも呼ばれる。
注2)2つ組
T管と筋小胞体との接合部がとっている構造。
注3)ナノ構造
1nm(ナノメートル)は1mmの1000万分の1の長さ。ナノメートル単位の非常に小さな構造。
注4)電子顕微鏡
電子線をあてて対象物を拡大し観察する顕微鏡。一般的な光学顕微鏡よりもはるかに高い倍率で観察することができる。
注5)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APEX2)
アスコルビン酸(ビタミンC)から過酸化物に電子を渡すことで、過酸化物を無毒化する反応を媒介する酵素。
注6)多能性幹細胞
ほぼ無限に増やすことができ、体のあらゆる細胞に変化することのできる性質をもつ細胞。多能性幹細胞にはiPS細胞やES細胞がある。
注7)活動電位
心筋細胞膜では、細胞内外をナトリウムイオンやカルシウムイオン、カリウムイオンが透過するが、その透過性が刺激により変化し閾値を超えると、活動電位が発生し、それにより心臓が収縮する。
注8)興奮収縮連関
細胞膜の電位変化から筋収縮に至るまでのプロセス。細胞内のカルシウムイオン濃度に依存する。
注9)発現
細胞内において、遺伝子の情報をもとにタンパク質がつくられること。本研究では、APEX2遺伝子をiPS細胞に導入して発現させてできたAPEX2(タンパク質)を目印としている。
注10)Z帯、M帯、サルコメア
サルコメアは筋原線維(筋線維の細胞内小器官)の最小構成単位。厚さ2-8nmのZ帯と呼ばれる隔膜で仕切られて連結している。また、サルコメアの中にM帯と呼ばれる部分がある。

医療・健康生物化学工学
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