骨格筋の再生医療に新展開 ~培養筋芽細胞の移植による筋量増加を実証~

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2025-01-15 東京都立大学

1.概要

加齢や不活動に伴う骨格筋の萎縮は、運動能力の低下にとどまらず、生活の質(QOL)の悪化や様々な疾患への抵抗力の減少を引き起こすため、効果的な予防・治療法の確立が求められています。運動は骨格筋を鍛える最も有効な手段ですが、高齢者や疾患を持つ方にとっては、筋量を増加させるような負荷の高いトレーニングの実施が難しい場合があります。そのため、筋萎縮の治療に即効性のある方法として、骨格筋の幹細胞を利用した再生医療が注目されています。しかしながら、筋の幹細胞の移植は、骨格筋組織が損傷しているような筋疾患に対しては有効性が確認されている一方で、加齢による筋萎縮のように筋線維がやせ細るだけで損傷していない場合には、細胞が生着(注1)しないという問題がありました。

東京都立大学大学院人間健康科学研究科の古市泰郎 准教授と土肥希虎(博士後期課程学生)、眞鍋康子 准教授、藤井宣晴 教授らのグループは、細胞外基質(ECM)(注2)を用いる新しいアプローチでこの課題を克服しました。培養した筋芽細胞を、ECMを含む液に浸してマウスに移植することで、筋線維の損傷がなくても細胞が生着し、筋量を増加させることに成功しました。さらに、移植細胞の数を増やすことで、コラーゲン沈着による線維化(注3)を抑えつつ、生着効率を高められることも確認しました。これにより、骨格筋重量が約10%増加するという成果を得ました。

本研究は、損傷していない骨格筋に対する細胞移植の有効性を初めて示し、骨格筋再生医療の新たな道筋を切り拓くものです。今後は、ECMのいずれの因子が細胞の生着に関与するかを解明し、ヒトへの応用を目指した研究を進めていきます。この技術は、加齢性筋減弱症や廃用性筋萎縮症など、運動が困難な患者に対する画期的な治療法となることが期待されます。

本研究成果は2025年1月14日(火)に国際科学誌 Frontiers in Cell and Developmental Biologyのオンライン版に掲載されました。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR205K)の支援のもとで行われたものです。

2.ポイント
  1. 筋芽細胞を細胞外基質(ECM)液に浸して移植することで、損傷していない骨格筋においても細胞を生着させることを実現した。
  2. 移植する細胞数を増加させることで、生着効率を向上させながら、コラーゲン沈着による線維化を抑制した。
  3. 骨格筋重量を約10%増加させることに成功し、運動が困難な患者や高齢者に対する即効性のある治療法の可能性を示した。
  4. ECM内の因子を解析し、ヒトへの応用を目指したさらなる研究が進行中である。
3.研究の背景

加齢や運動不足による骨格筋の萎縮は、身体機能の低下や疾病への抵抗力の減少を引き起こし、生活の質を著しく損ないます。特に、高齢者や筋萎縮が進行した方にとって、筋力トレーニングのような負荷の高い運動を行うことは現実的に難しい場合が多いです。そのため、骨格筋の萎縮を予防・治療する革新的な方法の確立が求められています。

骨格筋再生医療は、筋幹細胞(筋肉を形成する未熟な細胞)を培養して筋組織に移植することで筋量を増加させるアプローチとして注目されています(図1)。しかしながら、これまでの研究では、筋ジストロフィー症など筋線維が損傷している場合には筋幹細胞の移植の有効性が示される一方で、加齢による筋萎縮のように筋線維が健全な場合(筋線維がやせ細っているのみ)では細胞が生着しないという問題がありました。さらに、筋幹細胞は高い生着能力を備えている一方、シャーレで培養すると筋芽細胞に分化し、組織への生着力を失うという課題がありました。骨格筋は全身の約40%を占める大きな組織であるため、筋幹細胞ではなく筋芽細胞として大量に増殖させて移植させることが理想ですが、その解決策は長らく不明でした。本研究では、これらの課題に対する新しい解決策として、細胞外基質(ECM)を活用する可能性を探りました。

骨格筋の再生医療に新展開 ~培養筋芽細胞の移植による筋量増加を実証~
図1 骨格筋の再生医療

4.研究の詳細

生体内の細胞は、その周囲を細胞外基質(ECM)とよばれる「足場」構造で囲められており、このECMは細胞の生存や機能に重要な役割を果たしています。一般的に、培養実験では筋芽細胞をシャーレで培養する際に、その表面をECMでコーティングすることで細胞の増殖や分化を可能にしています。本研究では、このECMを細胞移植に応用し、筋組織への細胞の生着を促進できるかを検証しました。

まず、通常は生理食塩水に懸濁けんだく(注4)して移植する細胞に、ECM溶液をさらに加えて移植し、その生着量を評価しました。具体的には、緑色蛍光タンパク質(GFP)(注5)を発現するマウスから採取した筋芽細胞(ドナー細胞)を野生型マウス(GFPを持たない)の下肢筋に移植しました。3週間後に筋組織内のGFP陽性細胞を定量したところ、筋線維を事前に損傷させる処理を行わなくても細胞が生着することを確認しました(図2)。一方で、筋組織を薬理的に損傷させた場合には、ECMの効果が減弱していました。

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図2 ECM溶液は損傷していない骨格筋へ細胞を生着させる
GFPマウス由来の筋芽細胞を単離・培養し、生理食塩水またはECM溶液に懸濁して野生型マウスの骨格筋に移植した。3週間後に骨格筋を組織学的に解析した結果、ECM溶液を用いた移植群では、GFP陽性細胞(移植された細胞)の数が有意に多いことが確認された。


さらに、細胞外基質の濃度を調整することで生着率に与える影響を検討しました。ECMの濃度を0.5 mg/mLから5.0 mg/mLまで段階的に増加させたところ、2.5 mg/mLでGFP陽性細胞が最も高い生着量を示しました。しかし、この条件下では筋線維間にコラーゲンなどECM由来のタンパク質が過剰に沈着し、線維化による筋機能への悪影響が懸念されました。

そこで、移植する筋芽細胞の数を10倍に増やし、沈着の抑制を試みました。この手法では、生着細胞数がさらに増加し、コラーゲン沈着量も低減することが確認されました。また、マウスの前脛骨筋ぜんけいこつきん(重量約50 mg)に100万個(もとの10倍)の筋芽細胞を移植した場合、移植細胞が筋断面の約10%を占め(図3)、筋重量が約10%増加しました(図4)。

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図3 移植する細胞数の増加はコラーゲンの沈着を抑制し、生着率を向上させる
ECM濃度を増加させるとコラーゲン沈着が増加する一方、移植する細胞数を増加させることで、コラーゲン沈着量は生着した細胞量に比して抑制されることが確認された。

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図4 筋全体の写真と細胞移植による筋重量の変化
ECMの濃度を2.5 mg/mL、細胞数を100万個に設定して移植した場合、筋組織全体の約10%の面積を移植細胞(GFP陽性細胞)が占めるまで生着した。前脛骨筋の重量は細胞移植によって有意に増加した。


本研究では、筋力への影響も検討しましたが、残念ながら筋力の有意な増加は観察されませんでした。さらに詳細な解析を行ったところ、移植されたGFP陽性細胞の多くが未熟で小型の状態であることが判明しました。このことから、細胞が筋線維として機能を発揮するまでには、これらを成熟させる必要性が示唆されました。しかし、移植細胞の周囲には運動神経や毛細血管が形成されていることも観察され、これらが成長すれば筋力増強につながる可能性があります。

5.研究の意義と波及効果

骨格筋の重量や筋力を増加させるには強度の高い運動が必要ですが、高齢者や疾患を持つ方にとっては困難な場合が多いです。細胞移植は、迅速かつ効果的な筋萎縮治療法として期待されます。本研究では、筋線維が損傷していない筋の萎縮においても、生体外で培養した細胞の移植で筋量を増加させられることを実証しました。

この成果は、骨格筋再生医療に新たな道を拓くものであり、細胞外基質のしくみをさらに解明することで、治療効果の向上が期待されます。将来的には、この技術をヒトへ応用し、筋萎縮症や加齢性筋減弱症の治療に役立てることを目指します。

【用語解説】

(1)  生着
移植された細胞や組織が受け入れ先の環境に適応し、定着して機能を発揮すること。

(2)  細胞外基質(ECM)
細胞外基質(Extracellular Matrix, ECM)は、細胞の周りにあるネットワーク状の構造で、細胞同士の接着を助け、組織の形を保つ役割を果たす。コラーゲンやエラスチン、糖タンパク質などから成り、細胞の増殖や分化、移動を調節する役割がある。

(3)  線維化
組織が過剰にコラーゲンなどの線維をつくり、硬くなったり厚くなったりする現象。これにより、組織の機能が低下することがある。

(4)  懸濁
液体中に固体の微粒子や細胞が均一に分散した状態を指す。細胞を移植する際には、培養液などの液体に細胞を浮遊させた懸濁液を用いることで、目的の部位に効率よく細胞を届けることが可能となる。

(5)  緑色蛍光タンパク質(GFP)
緑色に光る蛍光タンパク質で、遺伝子の発現や細胞の追跡に使用される。オワンクラゲなどに自然に存在するこのタンパク質は、蛍光顕微鏡を使って簡単に観察できるため、研究で広く利用されている。

【論文情報】

掲載誌:Frontiers in Cell and Developmental Biology
タイトル:Achieving myoblast engraftment into intact skeletal muscle via extracellular matrix
著者:Kitora Dohi, Yasuko Manabe, Nobuharu L Fujii, Yasuro Furuichi
DOI:10.3389/fcell.2024.1502332

6.問合せ先

(研究に関すること)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域
准教授 古市 泰郎(ふるいち やすろう)

(大学に関すること)
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係

(JST広報に関すること)
科学技術振興機構 広報課

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 創発的研究推進部
加藤 豪(かとう ごう)

報道発表資料(2.1MB)

医療・健康
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