2025-01-22 国立長寿医療研究センター
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)研究所・認知症先進医療開発センター・神経遺伝学研究部の関谷倫子副部長と飯島浩一部長らは、アルツハイマー病モデルマウスを用いた研究から、アミロイド斑の蓄積が引き起こす認知機能の低下や神経細胞死に深く関わると考えられている「脳内の慢性炎症」を反映して血液中で変化する代謝物を同定し、新たな血液バイオマーカーや治療標的としての可能性を見出しました。
研究背景
認知症の最大の原因であるアルツハイマー病は、患者数の急速な増加が見込まれることから、その予防・治療法の確立は喫緊の課題です。脳内へのアミロイド斑の蓄積が、シナプスの変性、タウ病理の拡大、そして神経細胞の脱落を引き起こし、発症に至ると考えられています。この一連のメカニズムには、ミクログリアやアストロサイトと呼ばれるグリア細胞が、アミロイド斑を異物として認識して活性化した状態が続く「脳内の慢性炎症」が深く関わっていると考えられています。実際、脳内の炎症状態と認知機能の低下がよく相関するという報告もあり、グリア細胞を標的とした脳内炎症の制御は、アルツハイマー病の進行を抑止する重要な治療標的として注目されています。
なかでもアストロサイトは、健康な脳では神経細胞への栄養補給や血液脳関門の制御、またシナプスの形成など、脳の高次機能や恒常性の維持に欠かせない働きをしています。しかしアルツハイマー病の脳では、アストロサイトはアミロイド斑に反応して慢性的に活性化しており、アストロサイトが本来担う脳の恒常性を保つ働きができなくなった結果、神経機能の低下や神経細胞死が起こっている可能性があります。従って、アストロサイトの活性化を反映する血液バイオマーカーや、その活性を制御するメカニズムの解明は、アルツハイマー病の画期的な診断法や治療法の開発につながると考えられます。
研究成果
関谷副部長らは、アミロイド斑の蓄積に伴う脳内炎症を反映する血液バイオマーカーを探索するために、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)法(1)を用いて、アミロイド病理と脳内炎症を再現するアルツハイマー病モデルマウスの血液(血漿)中のメタボローム解析を行いました。その結果、モデルマウスの血漿中で、水溶性ビタミンB群の一つであるニコチンアミド(ナイアシン)が顕著に減少していることを見出しました(図1A)。ニコチンアミドはニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)の原料で、パスウェイ解析(2)からも血漿中の代謝物の変動がNAD+代謝経路(図1B)に集積することを見出しました。NAD+は細胞のエネルギー代謝や修復、炎症反応、神経保護作用など多岐に渡る機能を担い、NAD+量の低下は老化の促進や、疾患の進行に関わることが報告されています。
次に、アルツハイマー病モデルマウスの血漿中でニコチンアミドが減少していた理由を探るために、脳におけるNAD+代謝経路の変化を調べました。その結果、生体内の主要なNAD+消費酵素として知られるCD38(cluster of differentiation 38)タンパク質(図1B参照)の量が、アルツハイマー病モデルマウスの脳で顕著に増加していることを見出しました(図1C)。
図1.アルツハイマー病モデルマウス血液のメタボローム解析と脳組織のNAD+代謝酵素(CD38)タンパク質量の変化
さらに免疫組織学的解析から、CD38はアルツハイマー病モデルマウスの脳内では、アミロイド斑を取り囲むアストロサイトで強く発現していることも見出しました(図2)。CD38は、NAD+を分解して、セカンドメッセンジャーであるADPR(adenosine diphosphate ribose)やcADPR(cyclic ADPR)を産生し、細胞内カルシウム濃度を上昇させて末梢の免疫細胞の活性化や、中枢のアストロサイトの活性化に関わることが報告されています。
図2.アルツハイマー病モデルマウス脳でCD38はアミロイド斑周囲のアストロサイトで強く誘導される
これらの結果から、アルツハイマー病モデルマウスの脳内では、アミロイド斑に対するアストロサイトの活性化によりNAD+代謝が亢進し、血液中のニコチンアミド量が低下した可能性が考えられました(図3)。
図3.CD38の活性化による神経炎症の亢進とCD38を標的とした治療薬開発の可能性
本研究から、血液中のニコチンアミド量の低下は、アミロイド斑に対してアストロサイトが活性化し、脳内炎症が亢進した状態を検出する新たな血液バイオマーカーになる可能性が示されました。さらにCD38によるNAD+分解活性の阻害は、アストロサイトの活性化による脳内炎症を抑制することに加えて、神経保護効果を持つNAD+量を脳内で上昇させることからも、アルツハイマー病の新たな治療薬の開発につながる可能性があります。
本研究成果は、令和6年10月5日付けで米国科学誌Neurobiology of Diseaseのオンライン版に掲載されました。なお、本研究は国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費、科研費(日本学術振興会科学研究費助成事業)からの研究助成を受けて行われました。
用語解説
- CE-TOFMS法:キャピラリー電気泳動装置を飛行時間型質量分析計に接続した解析装置により,少量のサンプルから一度に数千種類の代謝産物(メタボローム)を検出することができる方法。
- パスウェイ解析:さまざまな代謝物(あるいは遺伝子)が,どのような代謝経路(パスウェイ)やシグナル伝達系に集積しているのかを,データベースの情報を用いて同定する方法。
原著論文情報
Michiko Sekiya, Yasufumi Sakakibara, Yu Hirota, Naoki Ito, Sachie Chikamatsu, Kimi Takei, Risa Nishijima, Koichi M. Iijima, “Decreased plasma nicotinamide and altered NAD+ metabolism in glial cells surrounding Aβ plaques in a mouse model of Alzheimer’s disease” Neurobiology of Disease, 202: 106694, 2024. doi: 10.1016/j.nbd.2024.106694.
お問い合わせ先
研究に関すること
国立長寿医療研究センター研究所・認知症先進医療開発センター
神経遺伝学研究部 部長:飯島浩一/副部長:関谷倫子
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国立長寿医療研究センター 情報発信室長:川嵜隆治