家屋被害の大きかった人で、心理的苦痛、平均歩数、骨密度への影響が継続
2018-12-05 東北大学東北メディカル・メガバンク機構,岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 東北メディカル・メガバンク計画において、地域住民コホート調査*1の参加者を対象にベースライン調査*2から約4年後に2回目の詳細調査を実施したところ、震災被害による影響が一部で依然として続いていることが明らかになった。家屋被害の大きさと関連が示されたのは、心理的苦痛、平均歩数、骨密度だった。一方、HbA1c*3、頸動脈内膜中膜肥厚*4(Intima Media Thickness, IMT)、家庭血圧値の変化については現時点で関連は示されなかった。
- 尿中のNa/K比*5の経時的な測定により、塩分摂取量が高いと推定される人では血圧が上昇し、腎機能悪化のリスクが高くなっていることが観察された。簡便に得られる尿中のNa/K比の測定値が、長期的な健康影響を示す指標として有効に機能し得ることが明らかになった。
- 本健康調査は、数年以上の間隔をおいて同一の人の経時的な変化を測定している大規模調査であり、震災後の調査としては世界にも例がない。重大な疾病が引き起こされる前に住民の健康についての報告が可能である点において、このような調査が震災による長期的な健康影響の有無を確認する有効なものであることが明らかになった。
*これらの研究成果の主なものは2018年10月24日~26日に福島県郡山市で開催された“第77回 日本公衆衛生学会総会”にて発表されました。
概要
東北メディカル・メガバンク計画では地域住民コホート調査参加者に対し、ベースライン調査から約4年の間をおいて行う2回目の詳細な健康調査を2017年6月から開始しており、現在も継続中です。東北大学東北メディカル・メガバンク機構個別化予防・疫学分野の寳澤 篤教授らの研究グループは、
- 宮城県における2回目の詳細な健康調査結果(2018年3月までに参加された方のデータを使用)
- 調査票による震災被害の状況
を総合して解析した結果、いまだ震災被害が検査データに影響を与えている項目が存在することが明らかになり、依然として被災者への健康施策が重要であること、今後引き続き様々な影響について調査することの必要性が改めて示されました。
また、大規模に詳細な健康調査を行った結果、疾病リスクと検査データ値の関連が明らかになった項目が発見されました。本調査を推進し、更に解析を行うことにより、新たな疾患マーカーやリスク因子が見付かる可能性があります。
本調査は、同一人物でほぼ同一項目について年単位の継時的な変化を見ることができる、世界でも例のない大規模健康調査です。この調査結果、そして今後調査を続けていくことによって得られる結果を元に、本報告に続き様々な知見が本調査からもたらされることが期待されます。
詳細
東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興事業として計画され、宮城県では東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)、岩手県では岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)が事業主体となり、長期健康調査(地域住民コホート調査、三世代コホート調査)を実施しています。
地域住民コホート調査は宮城県と岩手県の20歳以上の方を対象としており、平成27年度末までに参加募集を完了し、両県あわせて84,073人が参加しています。参加者に対しては郵送による追跡調査等を実施していますが、2017年6月からは、より詳細な健康状態を把握するために、宮城県内に設置された7カ所の地域支援センターで詳細二次調査を開始しました。同調査は、2013年に開始されたコホート調査で行われた最初の採血等から概ね4年経過時点で行われ、様々な検査により参加者の経時変化を幅広い観点で測定し、震災の影響、そして加齢や生活環境の影響を調べるものです。この詳細二次調査は現在も継続中であり、他の参加者情報、同一の人のさらなる継時的な変化情報を蓄積することにより、詳細かつ明確な結果、そして新たな知見が得られることが大いに期待できます。
震災被害と検査データ:家屋被害と心理的苦痛、歩数、骨密度
- <家屋被害と心理的苦痛>
- 心理的苦痛あり(K6スコア≥13点)の人の割合は、家屋被害の程度に関わらず、ベースライン調査に比し詳細二次調査で低くなっていた。しかし、ベースライン調査、詳細二次調査ともに、家屋被害の大きかった人で心理的苦痛のリスクが高かった。引き続き震災後の心理的苦痛について継続的な支援が必要であることが示唆された。
※被害大(全壊・大規模半壊)、被害中(半壊・一部損壊)
- <家屋被害と歩数>
- ベースライン調査と詳細二次調査いずれにおいても歩数計測を行った4,734人を分析対象としたところ、ベースライン調査時点において、家屋被害が大きいと平均歩数が有意に少なく、またその傾向は詳細二次調査時点においてなおも見られた。本研究結果から、家屋被害の程度が大きい人で低い平均歩数が継続しており、身体活動を実施する場を積極的に提供することが重要と示唆される。
ベースライン調査と詳細二次調査時点における家屋被害程度による平均歩数及びその差(歩/日)
※被害大(全壊・大規模半壊)、被害中(半壊・一部損壊)
- <家屋被害と骨密度>
- 今回の参加者では詳細二次調査時点での骨密度が被害大の住民で低値であった。ベースラインと詳細二次調査を双方受けた集団ではベースライン調査時点での差は大きくなかったため、平均歩数の低下等を介して骨密度低下が認められた、つまり「家屋被害→平均歩数低下→骨密度低下」という負の循環が発生している可能性があり、被災の大きかった住民に積極的な外出を勧奨していく必要があると考えられる。
家屋被害程度別の骨梁面積率(%)
※被害大(全壊・大規模半壊)、被害中(半壊・一部損壊)
- <関連が見られなかった指標>
- 一方、HbA1c、頸動脈内膜中膜肥厚、家庭血圧値については、現時点では関連は示されなかった。しかし、これらの値は平均歩数の低下に伴い、BMI*6の増加、メタボリックシンドローム、と順を追って悪化する可能性があり、引き続き経過を観察する必要がある。
図1:家屋被害の大きさと心理的苦痛、平均歩数、骨密度との間に関連が見られた
疾病リスクと検査データ:尿中Na/K比と血圧、腎機能悪化リスクの関係
家庭血圧については震災時の家屋の被害状況とその後の血圧変化に関連がなかった。
ただ、ベースライン調査時の尿中Na/K比とその後の家庭血圧変化を検討すると尿中Na/K比の大きい群で血圧上昇の程度が大きいことが観察された。
また、塩分摂取指標と腎機能障害の発生について分析したところ、推定塩分摂取量では差がなかったが、尿中のNa/K比が有意に腎機能低下と関連していた。特に推定K摂取量と腎機能低下発症の負の関連が観察され、腎機能正常だったものについては尿中Na/K比が低いもので腎機能悪化のリスクが小さいことが示された。
従来、尿中Na/K比と腎機能悪化リスクの関連は示唆されていたものの、今回の報告で初めてデータとして明らかになった。今回の尿中Na/K比測定は検査会社の測定により評価されたものであるが、研究用に開発された機器を用いることにより個人でも測定が可能となっている。今後研究を進めることにより家庭で測定する新たな健康指標となる可能性がある。
図2:尿中Na/K比(塩分摂取と野菜などに含まれているカリウム摂取のバランス)と腎機能悪化リスクとの間に関連が見られた
地域支援センターにおける詳細調査について
ベースライン調査では対象者への特定健診会場でのお声がけを中心にリクルートを実施したが、主たる健康指標の変化を追うために詳細二次調査ではご協力いただいた方に宮城県内7か所に設置した地域支援センターでの参加をお願いしている。評価項目は、動脈硬化、呼吸機能、眼科検査、骨密度検査、口腔内検査と多岐にわたり、対象者にはこれらの結果をお返しするとともに震災の影響について評価を続けている。さらにこれらの情報を遺伝情報・血中の代謝物質とあわせて解析することによって個人に合わせた予防・医療の開発に貢献している。調査データについては対象者の同意のもと、近々全国の研究者に広く提供する予定である。
図3:数年以上の間隔をおいて継続的に詳細な検査を行う、 世界でも稀な大規模調査
まとめ
今回の分析結果から、震災がいまなお心身に影響を与えていることが客観的に明らかになりました。今後もコホート調査から得られた分析結果を県・市町村をはじめとする自治体・地域と共有し、いかにして震災からの二次健康被害を軽減していくかについて検討を進めていきます。
また、今回の調査により継続的な骨密度や動脈硬化などの詳細な検査の有効性が明らかになりました。調査によって得られた情報は当計画や大学内のみに留めず、広く全国の研究者と共有できるよう準備を進めています。今回の報告は中間解析結果であり今後調査を継続していくと、異なる結果が明らかになる可能性があります。調査を継続し、得られた情報から次々に新たな知見、そして未来型の個別化予防・個別化医療が生まれることが期待されます。
参考
- <東北メディカル・メガバンク計画について>
- 東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。東北大学東北メディカル・メガバンク機構と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構を実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、平成25年より合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査等を実施して、試料・情報を収集したバイオバンク*7を整備しています。東北メディカル・メガバンク計画は、平成27年度より、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。
用語等説明
- *1.コホート調査:
- ある特定の人々の集団を一定期間にわたって追跡し、生活習慣などの環境要因・遺伝的要因などと疾病発症の関係を解明するための調査のこと。「地域住民コホート調査」は東北メディカル・メガバンク計画により実施している20歳以上の方を対象としたコホート調査。
- *2.ベースライン調査:
- 2013年から2015年にかけて実施したリクルート時の調査。
- *3.HbA1c:
- 赤血球内の酸素を運ぶ血色素であるヘモグロビン(Hb)に血液中のブドウ糖が結合したもの。過去1~2か月における血糖値の平均を反映する指標で、糖尿病の診断や血糖コントロール状況の評価に用いられる。単位は%。
- *4.頸動脈内膜中膜肥厚:
- 頸動脈エコーにおける動脈硬化の評価の指標として最もよく利用される。血管は、一般に、内膜、中膜、外膜の3層からなるが、エコー所見では、内膜と中膜は判別不能であり、内膜と中膜の合わせた厚みを中膜内膜複合体厚(Intima Media Thickness: IMT)と呼び、動脈硬化の程度、心血管疾患のリスク指標になる。IMTの基準範囲は1.0mm以下であり、1.1mm以上が内膜中膜肥厚と診断される。
- *5.尿中Na/K比:
- 塩分(ナトリウム)の摂取と野菜などに含まれているカリウム摂取のバランスを表す指標。Na/K比が高いと食事中の塩分が多い、あるいはカリウムが不足していることが考えられる。
- *6.BMI:
- 肥満度を表す国際的な指標であり、[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で算出される。
- *7.バイオバンク:
- 生体試料を収集・保管し、研究利用のために提供を行う。東北メディカル・メガバンク計画のバイオバンクは、コホート調査の参加者から血液・尿などの生体試料を集める。
お問い合わせ先
研究に関すること
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
個別化予防・疫学分野
教授 寳澤 篤(ほうざわ あつし)
報道に関すること
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神 風二(ながみ ふうじ)
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
基盤研究事業部 バイオバンク課