再生する能力を持つ生き物たち
ウーパールーパーとして知られるアホロートルは、再生能力が高く、手足のみならず、脳や心臓、脊髄などを損傷しても再生が可能です。イモリも同様な高い再生能力を持ち、目のレンズさえも再生します。これらの生物がどのようにして再生を可能にしているのかを明らかにすることは、人体の損傷した部分の再生や取り換えといった再生医療を可能にする研究開発に繋がると考えられます。
水槽で泳ぐウーパールーパー(アホロートル)
再生能力の高い生物は巨大なゲノムを持つ
再生のメカニズムを詳しく知るためには、再生能力を持つ生き物のゲノムを調べることが早道と考えられます。しかし、アホロートルのゲノムは巨大であり、人のゲノム(約30億)の10倍以上の約320億の塩基対から成り、イモリ類も200億の塩基対といった大きなサイズのゲノムを持ちます1,2。このような巨大なサイズかつ多くの繰り返し配列を含むゲノムのために、これまでは再生能力の高い生物の全ゲノムの解読は困難でした。
これまでの技術の限界を超える新技術
ここ10年のゲノム解析装置や技術の進歩には目を見張るものがあります。2000年代後半には、大量の短い配列の解析を得意とするシーケンサーが登場し、次世代(第2世代)シーケンサーと言われました。近年は、第3世代と呼ばれるシーケンサーが普及しつつあります3。第3世代シーケンサーは一回の解析で長い配列を読めるので、第2世代シーケンサーでは難しかった、繰り返し配列を多く含むゲノムの解読が可能になりました。さらに、情報技術の高度化により、ゲノムの位置決定等の解析技術の精度も向上しました。
巨大なゲノムの解読を可能にした新技術の開発
今回のアホロートルの全ゲノムは、ドイツのマックス・プランク研究所等の研究者らにより解読され、2018年2月にNature誌上で発表されました1。アホロートルゲノム解読の成功は、第3世代シーケンサーを利用したこと、研究者らがMARVELというゲノムアセンブリー法(断片の配列を繋げて対象のゲノムを復元するコンピュータアルゴリズム)を開発したこと、これらと最新のゲノム位置決定法(物理地図作成法)の3つを組み合わせたことが理由と云えます。
再生能力の秘密はゲノムの中に
ゲノム解読により、アホロートルゲノムは、全ゲノムの約6割にLTR(同じ配列を数百から数千回繰り返す配列の領域)を含むことがわかりました1。人のゲノムではLTRは2割に満たない程度です。さらに、哺乳類など多くの生物において発生に不可欠な役割(一部再生にも関与)を持つPax3とPax7は、アホロートルではPax7のみであり、ゲノム編集技術を用いた分析により、アホロートルのPax7はPax3の機能を併せ持つことが示唆されました1。
今後は、解読したゲノム情報を基に、アホロートルを実験動物として用いた研究が実施され、その再生能力の解明と、人の再生医療に繋がるような新知見が得られることが期待されます。
参考文献
1. Nowoshilow, S., Schloissnig, S., et. al., “The axolotl genome and the evolution of key tissue formation regulators”, Nature, 2018, 554(7690), 50-55.
2. Elewa, A., Wang, H., et. al., “Reading and editing the Pleurodeles waltl genome reveals novel features of tetrapod regeneration”, Nature Communications, 2017, 8, 2286.
3. 磯部祥子, 小柳亮, 大崎研, 「ついに来た!ゲノム解析第3 世代の波」,育種学研究, 2017, 19, 30–34.
これまでの科学技術予測調査における関連トピック
ヒトが接することのできる全生物のゲノム情報の取得(植物・単細胞真核生物・原核生物も含む)・データベース化 (2015年:第10回)
次世代シーケンサーを用いた全ゲノム解析に基づく、神経筋疾患(筋萎縮性側索硬化症(ALS)等)患者の新たな診断・治療法 (2015年:第10回)