長期記憶、ALS、認知症に関わるタンパク質による液相・固相RNA顆粒の形成
2019-01-17 基礎生物学研究所,生命創成探究センター
生物は膜で仕切られる(区画化される)ことで出来ています。例えば体を構成する細胞も、細胞内に存在する核も、膜で覆われることで区画化されています。しかし近年、膜によらない全く新しいタイプの区画化が知られるようになりました。それは、液−液相分離という仕組みで、水中に油が溶けずに油滴ができるのと同じように、異なる組成の水溶液同士が分離して液滴を形成する現象です。
液−液相分離で作られる細胞内構造の代表例は、ニューロンに多く存在するRNA顆粒です。RNA顆粒は通常は長期記憶の形成などに役立っていますが、液相が凝集化(固相化)することで、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や認知症を引き起こすことが分かってきました。液相のRNA顆粒の内部には固相の「種」が既に存在することが最近明らかにされましたが、液相構造と固相の種がどのように形成され、平衡状態を保っているのか、それらの仕組みは不明でした。
今回、自然科学研究機構 基礎生物学研究所/生命創成探究センターの椎名伸之准教授は、RNA顆粒の構成成分であり、長期記憶に必須であることやALS・認知症の原因に関与することが知られるタンパク質を含む8種類のタンパク質の性質を調べ、それらがRNA顆粒の液相構造を作るタンパク質と固相の種を作るタンパク質の二群に分けられることを発見しました。さらに、液相構造を作るタンパク質を細胞内で増加させることによって、固相の種を液相状態に近づけられることを見出しました。特に長期記憶に必須のタンパク質RNG105は、強い液相の性質、すなわち、固相の種を液相に近づける性質を持つことが分かりました。今回明らかにしたタンパク質群の特性は、長期記憶形成やALS・認知症の仕組みを理解する上での基盤となる知見です。
本研究成果は米国の科学専門誌Journal of Biological Chemistry(先行電子版)に2019年1月3日にオンライン掲載されました。
図:RNA顆粒の液相構造および固相の種を形成するタンパク質群
【研究の背景】
RNA顆粒は伝令RNAを取り込み、多くの伝令RNAの翻訳を抑制しつつ、特定の伝令RNAの翻訳を活性化するといった翻訳制御を行う構造体です。RNA顆粒は特にニューロンに多く存在し、シナプス強化や長期記憶の形成に関わっています。しかし、RNA顆粒が凝集化し翻訳抑制が亢進することによって、ALSや認知症(前頭側頭葉変性性認知症)につながることが分かってきました(図1)。
図1:RNA顆粒の凝集化(固相化)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や
認知症に関わる
RNA顆粒は液−液相分離によって形成される液滴で、その内部には凝集化の種というべき固相部分が含まれています。通常はこの液相と固相が平衡を保ち、凝集化することはないと考えられます。しかし、液相と固相がどのような仕組みで形成されるのか、例えば、固相は液相が単に濃縮しただけなのか、あるいは両者は異なるタンパク質によって形成されるのか、さらに、なぜ固相化が亢進せずに平衡を保っているのかは未解明の問題として残されていました。そこで本研究では、細胞内におけるRNA顆粒の液相および固相状態を判定する方法を開発し、RNA顆粒の形成に関わる8種類のタンパク質が細胞内でどのようなRNA顆粒を形成するのか、さらに、互いの液相、固相状態や翻訳制御にどのような効果を及ぼし合うのかを解析しました。
【研究の成果】
RNA顆粒の形成に関わることが知られている8種類のタンパク質を緑色蛍光(GFP)標識し、培養細胞に導入しました。それらタンパク質は、長期記憶に必須のタンパク質RNG105、ALSおよび認知症の原因遺伝子であるTDP-43およびFUS、精神発達障害の原因遺伝子であるFMR1の他、G3BP1, Pumilio1, TIA-1, TIARです。これらが形成したRNA顆粒の形態および動態を蛍光顕微鏡を用いて以下の4つの観点から詳細に観察、解析することにより、RNG105, G3BP1, TDP-43の3種類は液相のRNA顆粒を形成し、他のタンパク質は固相のRNA顆粒を形成することを明らかにしました。
1. RNA顆粒の形態:液相顆粒は表面張力による表面積最小化の作用により、スムースな表面形態をとる。一方、固相顆粒は小さな「種」の集合体であり、ゴツゴツとしたラフな表面形態をとる(図2)。
図2:液相顆粒および固相顆粒の形態
RNG105は液相顆粒を、FUSは固相顆粒を形成する。点線は細胞の核および細胞膜。四角で囲ったRNA顆粒の拡大図を右上に示す。スケールバーは10μm。
2. 細胞膜透過処理後のRNA顆粒の挙動:細胞膜透過により、細胞質の濃度が低下する。その結果、細胞質と液相顆粒との間の濃度平衡の崩れにより、液−液相分離が保てなくなるため、液相顆粒は収縮または溶解する(図3)。固相顆粒は濃度平衡の崩れの影響が小さく、形態を維持する。
3. RNA顆粒の不動性画分:液相顆粒内では分子が混合し、顆粒表面に来た分子は細胞質との間で行き来(交換)が可能である。よって、細胞質との間で交換できない分子(不動性画分)は少ない。一方、固相顆粒内では分子の混合は起こりにくく、顆粒深奥部にある分子は細胞質と交換できず、不動性画分が多い。
4. RNA顆粒の経時的変形:液相顆粒は、表面張力が大きい場合は球形化しようとする力が大きく、外力に対して変形しにくいが、表面張力が小さい場合は変形しやすい。一方、固相顆粒は、外力に対して常に変形しにくいという個体の性質を示す。
図3:細胞膜透過処理後の液相顆粒および固相顆粒の挙動
RNG105が形成した液相顆粒は収縮するが、FMR1が形成した固相顆粒は形態を維持する。四角で囲った部分の画像の明度を上げても、150秒後のRNG105顆粒はサイズが小さく、収縮したことがわかる(右上図)。点線は核。スケールバーは10μm。
液相顆粒を形成するタンパク質と固相顆粒を形成するタンパク質を組み合わせて同時に細胞に導入すると、両者は同一のRNA顆粒に集積しつつ、異なる構造を作りました。すなわち、液相タンパク質は混合性の高い液相顆粒を形成し、固相タンパク質はその内部に固相の種を形成しました(図4)。この結果から、RNA顆粒の固相の種は液相構造が単に濃縮したものではなく、それぞれの構造が異なるタンパク質によって作られることが示唆されました。
図4:液相タンパク質(RNG105)と固相タンパク質(FUS)は同一顆粒に集積し、それぞれ液相構造と固相の種を形成する
右図は四角で囲った部分の拡大。緑, FUS; 赤, RNG105; 下図, 重ね合わせ。点線は核。スケールバーは2μm。
さらに、液相顆粒と固相の種の組み合わせでRNA顆粒が形成されると、固相の種の性質が変化することが明らかになりました。すなわち、固相タンパク質の不動性画分が減少し、液相の性質に近づくことが分かりました。この時、液相タンパク質の性質は変化することはありませんでした。さらに、固相タンパク質単独でRNA顆粒を形成した場合は濃度依存的に翻訳を抑制しましたが、液相タンパク質との組み合わせにより、濃度依存的な翻訳の上昇に転じることが分かりました。特に長期記憶に必須のRNG105は強い液相の性質を持ち、固相タンパク質の不動性画分を減少させて翻訳上昇に転じさせる強い活性を示しました。このような活性は、長期記憶形成の基盤になると共に、RNA顆粒の固相化を抑制し、ALSや認知症への進行に対抗する働きを持つ可能性が示唆されました。
図5:液相タンパク質によって、固相タンパク質の不動性画分の減少、および濃度依存的な翻訳抑制から促進への逆転が引き起こされる
【今後の展望】
本研究は、RNA顆粒の液相と固相が異なるタンパク質によって形成され、液相タンパク質が固相化の亢進を抑えて液相−固相平衡状態を維持するというモデルを提示しました。このモデルは、細胞内で液−液相分離によって形成される様々な構造体にも共通する可能性があります。
今回の研究を、長期記憶の低下やALS、認知症のモデル動物に適用することにより、脳内でのRNA顆粒の液相、固相状態に対する様々な要因からの影響を明らかにすることが可能になると考えられます。そういった研究が進むことによって、記憶低下や疾患の理解と改善方策へ向けた取り組みへと発展することが期待されます。
【発表雑誌】
雑誌名:Journal of Biological Chemistry
掲載日:2019年1月3日先行電子版
論文タイトル:Liquid- and solid-like RNA granules form through specific scaffold proteins and combine into biphasic granules
著者:Nobuyuki Shiina
DOI: 10.1074/jbc.RA118.005423
【研究サポート】
本研究は、武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、岡崎統合バイオサイエンスセンターオリオンプロジェクトの支援のもと行われました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 神経細胞生物学研究室
生命創成探究センター 神経分子動態生物学研究グループ
准教授:椎名 伸之(シイナ ノブユキ)
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
自然科学研究機構生命創成探究センター 広報担当