HIV-1感染初期:ウイルスタンパク質と内因性免疫の分子メカニズムに迫る

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2018-01-11 京都大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構

概要

エイズは、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)の感染によって引き起こされる感染症であり、結核、マラリアと並ぶ世界三大感染症のひとつです。現在、全世界において約3000万人以上がHIV-1に罹患していると報告されていますが、エイズを根治する治療法はいまだ確立されていません。HIV-1感染症/エイズの根治療法が確立できない問題のひとつには、HIV-1の感染宿主域がヒトとチンパンジーに限られており、その感染病態を動物モデルを用いて再現することができないことが挙げられます。

京都大学ウイルス・再生医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳講師、小柳義夫教授らの研究グループは、ヒト免疫システムを再構築し、HIV-1に感受性をもつ小動物モデル「ヒト化マウス」を用い、HIV-1感染最初期におけるウイルスタンパク質と内因性免疫のせめぎあいの分子メカニズムを解明しました。本研究成果は、エイズの病態解明の一助となるのみならず、HIV-1の起源を辿る上でも重要な知見となると考えられます。なお、本研究成果は、2018年1月11日、Cell PressのCell Host & Microbeに掲載されます。

図1)

HIV-1感染初期:ウイルスタンパク質と内因性免疫の分子メカニズムに迫る

図1)ヒト免疫システムを再構築した小動物モデル「ヒト化マウス」を用い、HIV-1 Vpuがテザリンを拮抗阻害することが、感染最初期における効率的なウイルス増殖に必須であることを明らかにし(図右)、SIVcpz Vpuがテザリンを拮抗阻害する活性を獲得することが、HIV-1としてヒトに適応進化する上で重要であることを、「ヒト化マウス」モデルを用いて実証しました(図左)。

背景

エイズは、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-11)の感染によって引き起こされる感染症であり、結核、マラリアと並ぶ世界三大感染症2のひとつです。培養細胞を用いた研究から、ヒトはHIV-1感染に無防備な訳ではなく、「内因性免疫3」と呼ばれる防御システムを進化的に獲得してきたことが明らかとなっています。その「内因性免疫」の構成因子のひとつである「テザリン(tetherin)9」は、HIV-1粒子を感染細胞の表面上に繋留(”tether”)し、その細胞外への放出を阻害することによって、ウイルスの複製を抑制します。一方、HIV-1は、「アクセサリータンパク質4」と呼ばれるさまざまなタンパク質を獲得・適応進化させることにより宿主の内因性免疫システムを回避し、ヒトでの増殖を可能としてきたと考えられています。特に、アクセサリータンパク質のひとつであるVpu5は、さまざまな分子的機能を持つことが知られています。しかし、HIV-1の生体内での複製・増殖過程において、Vpuのどの機能が重要なのかは不明でした。また、HIV-1の進化的起源は、アフリカに生息するチンパンジーが保有するウイルス、SIVcpz6であると考えられていますが、SIVcpzがどのような機能を獲得することでヒトに適応することに成功し、HIV-1として進化・流行したのかは謎に包まれていました。

研究手法・成果

本研究では、ヒト造血幹細胞を移植し、ヒト免疫システムを再構築した小動物モデル「ヒト化マウス7」を用いました。ヒト化マウスはHIV-1に感受性であり、その感染病態を再現することができます。研究グループはヒト化マウスモデルに加え、リバースジェネティクス法8を駆使して作製したさまざまな変異体ウイルスを用いることで、Vpuが内因性免疫のひとつである「テザリン (tetherin)9」を抑制する活性が、感染初期における効率的なウイルス増殖に重要であることを解明しました。さらに、SIVcpzの変異体ウイルスを用いることで、Vpuがテザリンを拮抗阻害する活性を獲得することが、ヒトに適応進化する上で重要であることを実証しました。

波及効果、今後の予定

本研究成果によって、HIV-1と内因性免疫のせめぎあいの分子メカニズムの一端が明らかとなりました。この成果は、HIV-1という感染症がどのようにして誕生したのか、というウイルスの起源と進化を紐解く上でも重要な知見であると考えられます。しかし、HIV-1のアクセサリータンパク質は他にも存在すること、および、ヒトの内因性免疫システムはテザリン以外にもさまざまであることから、生体内におけるHIV-1と内因性免疫のせめぎ合いはより複雑なものであると考えられます。ヒト化マウスモデルをプラットフォームとした今後の研究により、ウイルスと宿主のせめぎ合いの原理がより明らかとなることが期待されます。

用語解説

1 HIV-1:
ヒト免疫不全ウイルス1型 (human immunodeficiency virus type 1)の略称で、エイズの原因ウイルス。
2 世界三大感染症:
エイズ、マラリア、結核のこと。
3 内因性免疫:
宿主(ヒト)が先天的に保有する、感染病原体の複製を阻害する遺伝子・タンパク質の総称。
4 アクセサリータンパク質:
HIV-1がコードするタンパク質群の総称。培養細胞を用いた研究から、ウイルス複製に必須ではないが、その複製過程において、さまざまな役割を果たすことが知られている。
5 Vpu:
viral protein Uの略称。HIV-1がコードするアクセサリータンパク質のひとつ。さまざまな分子機能を有することが知られているが、特にどの機能が生体内におけるウイルス複製の促進に寄与しているのかは不明であった。
6 SIVcpz:
チンパンジーが保有するウイルス。系統学的に、HIV-1の祖先ウイルスと考えられている。
7 ヒト化マウス:
ヒト造血幹細胞を移植し、ヒト免疫システムを再構築したマウスモデル。ヒト特異的病原体の感染病態の研究や、がん研究、血液細胞の発生・分化の研究に用いられている。
8 リバースジェネティクス法:
特定の遺伝子を選択的に欠失・破壊することによって、その遺伝子の機能を解析する実験手法のこと。
9 テザリン (tetherin):
内因性免疫のひとつ。ウイルス粒子を感染細胞の表面上に繋留し、その放出を阻害することによって、HIV-1の複製を抑制する。一方、HIV-1のアクセサリータンパク質のひとつであるVpuによって、その抗ウイルス効果は拮抗阻害される。
研究プロジェクトについて

本研究は、科学研究費補助金、新学術領域研究「ネオウイルス学」、日本医療研究開発機構(AMED)感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)の研究支援を受けて実施されました。

論文タイトルと著者
タイトル:
Human-specific adaptations in Vpu conferring anti-tetherin activity are critical for efficient early HIV-1 replication in vivo
著者:
Eri Yamada, Shinji Nakaoka, Lukas Klein, Elisabeth Reith, Simon Langer, Kristina Hopfensperger, Shingo Iwami, Gideon Schreiber, Frank Kirchhoff, Yoshio Koyanagi, Daniel Sauter & Kei Sato
掲載誌:
Cell Host & Microbe
お問い合わせ先
佐藤 佳
京都大学ウイルス・再生医科学研究所システムウイルス学分野 講師AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部 感染症研究課

医療・健康
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