2019-01-23 統計数理研究所
この度、統計数理研究所の 山本 誉士 特任研究員と名古屋大学大学院環境学研究科の 依田 憲 教授を中心とする研究グループが、動物に小型データロガー(記録計)を装着して行動を調べるバイオロギング手法※1を用いて、南米アルゼンチンに生息するマゼランペンギン※2のメスが、オスより多くストランディング※3(衰弱や怪我による漂着)する理由を世界で初めて明らかにしました。マゼランペンギンは冬になると繁殖地から1000km以上も離れたウルグアイやブラジル南部の海域で、毎年、数千羽がストランディングすることが様々なメディアで取り上げられてきました。興味深いことに、ストランディング個体はオスよりもメスの方が多いことが過去の研究から知られていましたが、その理由は謎のままでした。本研究の結果、マゼランペンギンのメスは、オスよりも繁殖地から遠い、ウルグアイからブラジル南部にかけての海域まで移動して越冬していることが明らかになりました。メスが主に越冬している海域は、船舶の往来や油田開発、漁業などの人間活動が盛んな海域と重複しているため、オスに比べてメスの方が飢餓や怪我などによってストランディングする可能性が高いのだろうと考えられます。
マゼランペンギンはIUCNレッドリストの準絶滅危惧種に記載されており、一部の繁殖地では、近年、個体数の減少が危惧されております。死亡率の雌雄差は繁殖つがい数の減少に繋がり、ひいては個体群や種の存続に大きく影響します。本研究の成果は、当該種の保全対策に大きく貢献するのみならず、近年、社会的ニーズが高まっている生物多様性保全に関する海洋保護区の設定を考える上でも重要な見識をもたらすと期待されます。
この研究成果は、平成31年1月8日付(日本時間1時)米国科学雑誌Current Biologyオンライン版に掲載されました。
【ポイント】
- 動物装着型の小型データロガー(記録計)を用いて、南米アルゼンチンに生息するマゼランペンギンの非繁殖期の移動を追跡しました。
- オスとメスでは越冬海域が異なり、メスの方がより繁殖地から遠い、アルゼンチン北部からブラジル南部にかけての海域まで移動することが明らかになりました。
- メスが主に越冬している海域は、船舶の往来や油田開発、漁業などの人間活動が盛んな海域と重複しているため、オスに比べてメスの方がストランディング(衰弱や怪我による漂着)する可能性が高いのだろうと考えられます(メスが多くストランディングする謎を解明)。
【研究背景と内容】
南米のアルゼンチンに生息するマゼランペンギンは、冬になると繁殖地から1000km以上も離れたウルグアイやブラジル南部の海域で、毎年、数千羽がストランディングすることがこれまで多くのメディアに取り上げられています。このようなストランディング現象は1980年代から報告されていたものの、DNA分析による性判別から、ストランディング個体はオスよりもメスの方が多いということが近年になって明らかになりました(メスのストランディング数はオスの約3倍)。しかし、様々な憶測はあるものの、その理由についてはこれまでずっと謎のままでした。原因の一つとして、水中を数百km以上も移動する彼らを追跡することの困難さがあげられます。
そこで、統計数理研究所の 山本 誉士 特任研究員、名古屋大学大学院環境学研究科の 依田 憲 教授、IBIOMAR-CONICET Argentinaの研究者らで構成される国際共同研究チームは、2017年~2018年にかけて、動物に小型データロガー(記録計)を装着して行動を調べるバイオロギング手法を用い、アルゼンチンのパタゴニア地方に生息するマゼランペンギンの非繁殖期の行動を調べました(図1)※4。その結果、非繁殖期になると、メスはオスよりも繁殖地から遠く離れた海域まで移動し、本種のストランディングが多く報告されている海域で過ごすことが明らかになりました(図2)。アルゼンチン北部からブラジル南部にかけての海域は、大きな都市や港が多く、商業船の往来や油田開発による海洋環境汚染および漁業活動による海洋資源の枯渇や漁網による混獲など、人間活動に伴う海洋生物への影響が危惧されています※2。そのため、冬にこれらの海域により多く生息するメスは人為的影響を被りやすく、メスに偏ったストランディングに繋がっていることが示唆されました。
図1 ペンギンの足に装着したデータロガー
越冬海域の雌雄差の理由として、本種のオスとメスの体の大きさの違いが関係していると考えられます(オスはメスよりも体が大きい)。一般的に、体の大きい個体ほど水中を深く潜ることができます。位置情報に併せてデータロガーに記録された潜水深度データから、実際に越冬期のマゼランペンギンのメスは、オスよりも浅い深度で餌を採っていることが示されました(図2)。このことから、メスはオスとの餌を巡る競合を避けるため、オスの越冬海域よりもさらに遠くまで北上しているのだと考えられます。その他の可能性として、体の小さなメスは水中でより体温を失いやすいため、低緯度の水温の暖かい海域を好んでいるのかもしれません。
図2 マゼランペンギンの非繁殖期の越冬海域と潜水深度
図中の◇は調査地、○は太平洋側にある本種の繁殖地北限
【成果の意義】
マゼランペンギンは一夫一妻で繁殖するため、片方の性別ばかり死亡率が高くなると必然的に繁殖つがい数が少なくなります。そして、繁殖つがい数が少なくなると次世代に残せる雛の数が少なくなり、ひいては個体群や種の存続に影響します。なお、生きたままストランディングし、保護センターで回復を試みた場合でも、約半数の個体は回復できずに死亡することが報告されています。マゼランペンギンはIUCNレッドリストの準絶滅危惧種に記載されており、一部の繁殖地では個体数の減少が報告されています。これまで種の保全に関する議論や活動では、多くの場合、繁殖期の生息域のみが考慮されています。この点において、本研究の結果は、種や生物多様性の保全において、以下の2点の重要性を提唱します:①生物の保全において繁殖期・非繁殖期を含む1年を通した生息域の特定、②空間分布動態の種内差を考慮した保全海域の設定。
なお、マゼランペンギンのストランディングは、成鳥よりも巣立ち幼鳥の方が多いこともわかっています(巣立ち幼鳥でもストランディング個体はメスに偏っています)。今回の研究により、越冬海域の性差がメスに偏ったストランディングの原因であることが明らかになりました。しかし、なぜ、成鳥よりも巣立ち幼鳥の方が多くストランディングするのかについては未だ不明のままです。成鳥と巣立ち幼鳥では、移動パターンや主要な越冬海域が異なるのかもしれません。死亡率の性差と同様に、幼鳥が繁殖個体として新たに加わる数は繁殖個体群の増減に大きく影響します。今後の研究では、当該研究分野において一般的に知見の乏しい巣立ち幼鳥が、繁殖地を離れて数年後に帰還するまでの生態を明らかにすることが喫緊の課題です。
【用語説明】
※1)バイオロギング:動物に各種センサーを取り付けて、行動や生態を調査する研究手法(参考:日本バイオロギング研究会http://japan-biologgingsci.org/home/discipline/)。
※2)マゼランペンギンMagellanic Penguin Spheniscus magellanicus:温帯〜寒帯に生息するペンギン。アルゼンチンからチリにかけての沿岸およびフォークランド/マルビナス諸島で繁殖する。マゼランペンギンはカタクチイワシ(Argentine anchovy Engraulis anchoita)を主な餌としており、カタクチイワシの分布の季節変動に呼応して、非繁殖期になると繁殖地から離れて北上する。なお、今回の調査はアルゼンチン南部にある繁殖地Cabo dos Bahías, Chubut, Argentina(44°54S, 65°32W)にて実施した。
※3)ストランディング:衰弱や怪我などによって海岸に漂着すること。通常、非繁殖期のマゼランペンギンは繁殖期のように陸上で過ごすことは少ない。マゼランペンギンのストランディングの原因として最も多いのは油汚染だが、油汚染が実際にどのように影響してストランディングするのかについては不明である。油汚染の影響は大きく分けて、体表面への付着による影響と体内摂取による影響がある。前者の場合、羽毛の防水能と断熱能が劣化し、低体温症になる。後者の場合、消化管や腎臓の代謝、血液系へ影響する。どちらにせよ、ペンギンは油汚染によって衰弱する。その他にも、漁業の網や漁具による負傷が報告されている。また、多くのストランディング個体(死亡個体)で胃内容物からプラスチック片が発見されている。
※4)今回の研究では「ジオロケータ」と呼ばれるデータロガーを用いた。ジオロケータは環境照度を記録し、装着個体が滞在した場所の日長時間と南中時刻(正午)から、それぞれ緯度と経度を推定することができる。例えば、冬の北海道では午後4時頃には暗くなってくるが、沖縄では午後5時頃まで明るく、緯度によって日長時間が異なる。一方、ジオロケータの内蔵時計はグリニッジ標準時に設定されており、経度によって南中時刻が異なる。例えば、ジオロケータを持って日本にいた場合、南中時刻はグリニッジ標準時で午前3時、アメリカ(ロサンゼルス)にいた場合はグリニッジ標準時で午後8時に記録される。このように、個体が経験した環境照度の記録から、位置を推定することができる。なお、動物の移動を記録するデータロガーとして、その他にGPSを用いた研究などがある(Yoda et al. 2017 Current Biology 27: R1152–1153, https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(17)31173-9)。
【論文情報】
雑誌名:Current Biology
論文タイトル:Female-biased stranding in Magellanic penguins.
著者:Takashi Yamamoto, Ken Yoda, Gabriela S. Blanco, Flavio Quintana
DOI:10.1016/j.cub.2018.11.023
【研究内容紹介記事】
BBC movie article
https://www.bbc.com/news/av/science-environment-46785510/why-more-female-penguins-are-washing-up-dead-in-south-america
【問合せ先】
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