2019-01-31 東京大学
1.発表者:
高橋 宏知(東京大学先端科学技術研究センター 准教授)
川合 謙介(自治医科大学脳神経外科 教授)
國井 尚人(東京大学医学部附属病院 助教)
篠崎 隆志(情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター 研究員)
江間見 亜利(東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻 博士課程:研究当時)
松尾 健(東京都立神経病院脳神経外科 医長)
2.発表のポイント:
◆ 脳波からてんかん発作を自動検出できる人工知能の開発に成功しました。
◆ 脳波データを脳波計の画面に出力されるような画像に変換し、これらの無数の画像を深層畳み込みニューラルネットワークに学習させることで、てんかん発作を高い精度で検出できるようになりました。
◆ てんかん専門医に対し、長時間の精査を要する脳波診断への支援や、将来的には、専門医が不足する地域での、専門的な脳波診断の提供が可能になります。
3.発表概要:
東京大学先端科学技術研究センターの高橋宏知准教授、自治医科大学脳神経外科の川合謙介教授、情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターの篠崎隆志研究員らの研究グループは、脳波からてんかん発作を自動検出できる人工知能の開発に成功しました。
脳の一部が異常で過剰な活動を起こすと、突然痙攣を生じたり、意識を失ったりする「てんかん発作」を起こします。てんかんの診断には、脳波検査が欠かせません。これらの診断は、てんかん専門医の専門知識と経験に加え、膨大な検査データの精査に長時間を要する大変な作業でした。このような診断の負担軽減のためにも、脳波からてんかん発作を自動検出できる手法が強く求められていました。
本研究では、脳波データを脳波計の画面に出力されるような画像に変換し、これらの無数の画像を人工知能に学習させることを試みました。そのような試みの動機は、てんかん専門医が脳波を精査するとき、脳波を時系列データとして数理的に解析しているわけではなく、自らの経験に基づいて、脳波計の画像の特徴から「視覚的に」判断していると考えたことにあります。
本研究では、ビデオ脳波モニタリング検査を実施した24名から得た合計1124.3時間の脳波データを解析対象にしました。これらの検査データから作成した脳波画像を深層畳み込みニューラルネットワークに学習させたところ、市販のソフトウエアにおける既存手法を大きく上回りました。今後、さまざまな脳波データを集積すれば、専門的な知識と経験を備えたてんかん専門医に勝るとも劣らないてんかん発作を検出できる人工知能の開発の可能性が示されました。将来的には、てんかん専門医が不足する地域でも、本手法により専門的な脳波診断を提供できるようになると期待されます。また、時系列データを画像に変換したうえで画像認識技術を適用する手法は、てんかん発作以外の脳波診断や生体信号解析をはじめ、さまざまな用途への応用が考えられます。
本研究成果は、2019年1月22日付でAccepted Manuscripts 版が「NeuroImage: Clinical」に掲載されました。
4.発表内容:
脳の一部が異常で過剰な活動を起こすと、突然痙攣を生じたり、意識を失ったりする「てんかん発作」を起こします。てんかん発作を繰り返す「てんかん」の発症率は1000人に5人~8人と見積もられており、日本国内には60万~100万人のてんかん有症者がいると考えられています(注1)。
てんかんの診断には、脳波検査(注2)が欠かせません。てんかんの脳波診断の歴史は古く、その最初の試みは1935年に米国のFrederic Gibbsらにより報告されています。最近ではデジタル脳波計の開発や計算機の記憶容量増大といった技術的な進歩により、数日間に渡る長時間ビデオ脳波モニタリングがてんかんの診断方法として普及しています。しかし、これらの診断は、てんかん専門医の専門知識と経験に加え、膨大な検査データの精査に長時間を要する大変な作業でした。このような診断の負担軽減のためにも、脳波からてんかん発作を自動検出できる手法が強く求められていました。
てんかん発作を自動検出することを目的とした従来研究では、脳波を時系列データとして扱い、時間周波数解析や非線形解析が試みられていました。しかし、てんかん発作の脳波の特徴は患者ごとに異なるため、どの患者でも使える統一的な手法は実現されていませんでした。また、数日間に渡り脳波検査を実施したとしても、その検査データに含まれるてんかん発作の脳波は高々数分程度と限られていました。したがって、てんかん発作の脳波の特徴を人工知能に覚えさせようとしても、訓練データが足りないという問題点がありました。
研究グループは、従来の研究のように脳波を時系列データとして扱うのではなく、脳波データを脳波計の画面に出力されるような画像に変換し、これらの無数の画像を人工知能に学習させることを試みました。そのような試みの動機は、てんかん専門医が脳波を精査するとき、脳波を時系列データとして数理的に解析しているわけではなく、自らの経験に基づいて、脳波計の画像の特徴から「視覚的に」判断していると考えたことにあります。この仮説が正しければ、画像認識のための人工知能技術が、てんかん脳波の自動検出に利用できるはずです。特に、深層畳み込みニューラルネットワークは、さまざまな画像認識課題で人間と同等の認識精度を実現していることから、てんかん専門医と同等の診断精度を期待できます。
本研究では、東京大学医学部附属病院とNTT東日本関東病院において、ビデオ脳波モニタリング検査を実施した24名のてんかん患者の脳波を解析対象にしました。これらの検査データから作成した脳波画像を用いて、既存の深層畳み込みニューラルネットワーク(注3:SimonyanとZisserman (2014)によるVGG-16)を学習させ、与えられた脳波画像にてんかん発作が含まれるか、または、含まれないかを識別させました(図1)。なお、検査データは、国際10-20法に基づく19チャネルの脳波計測で得られており、合計1124.3時間の脳波データのなかに、97回のてんかん発作が含まれており、それらの発作の持続時間は6950秒でした。また、学習とテストに用いた脳波画像は、VGG-16の構造にあわせて224×224ピクセルとしました。本手法によるてんかん発作の検出精度は、1個抜き交差検証で評価しました(23名の脳波を学習に用い、残りの1名の脳波で検出精度を評価)。1秒ごとに脳波を画像化したところ、てんかん発作の検出精度は、本手法では74%で、市販ソフトウエア(20%と31%)を大きく上回りました。また、10秒単位でてんかん発作の検出を試みたところ、本手法の検出精度の中央値は100%(24名中20名で100%)で、市販ソフトウエア(73.3%と81.7%)を上回りました。このときの誤検出率は、0.2回/時間(5時間に1回程度)と実用上で問題ないほど低く抑えられました。脳波には体動や食事時の咀嚼により発作様のノイズが混入し、これらを初学者はてんかん発作としばしば誤認しますが、そのような紛らわしい脳波でも 本手法は正しく識別できました(図2)。また、前述のようにてんかん発作は患者ごとに異なりますが、本手法では、類似したてんかん発作の脳波を以前に一度でも学習していれば、高い検出精度を実現できることを詳細な解析により示しました。
本手法は、てんかん専門医にとって、長時間の精査を要する脳波診断を支援することを目的に開発されました。将来的には、脳波判読の初学者用の教材としての利用も考えられます。てんかん専門医が不足する地域でも、本手法により脳波診断を提供できるようになると期待されます。海外では、てんかん発作を検出して、脳を直接電気刺激して発作を制御する治療の開発が進められており、その要素技術としての利用も期待されます。
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(26242040, 17H04305)、日本医療研究開発機構(AMED)(JP18dm0307009)、立石科学技術振興財団の助成を受けました。
5.発表雑誌:
雑誌名:「NeuroImage: Clinical」
論文タイトル:Seizure detection by convolutional neural network-based analysis of scalp electroencephalography plot images
著者:Ali Emami, Naoto Kunii, Takeshi Matsuo, Takashi Shinozaki, Kensuke Kawai, and Hirokazu Takahashi
DOI番号:10.1016/j.nicl.2019.101684
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1016/j.nicl.2019.101684
6.問い合わせ先:
<研究に関すること>
(研究全体) 東京大学 先端科学技術研究センター 生命知能システム 分野
准教授 高橋 宏知(たかはし ひろかず)
(医学分野) 自治医科大学 脳神経外科
教授 川合 謙介(かわい けんすけ)
(人工知能分野) 情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター 脳情報通信融合研究室
研究員 篠崎 隆志(しのざき たかし)
<広報に関すること>
東京大学先端科学技術研究センター 広報・情報室 担当:村山
自治医科大学 大学事務部 研究支援課 担当:岩崎
情報通信研究機構 広報部 報道室 担当:廣田
7.用語解説・参考情報:
(注1)「てんかん」発症率は厚生労働省『みんなのメンタルヘルス総合サイト』(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_epilepsy.html)より引用
(注2)脳波:
脳の活動に伴う電気信号。頭皮上の電極からでも無侵襲に計測できるので、覚醒・睡眠状態や脳機能の検査などに用いられる。
(注3)深層畳み込みニューラルネットワーク:
2010年代に発展した人工知能技術。主に画像認識に用いられている。
8.添付資料:
図1 てんかん発作の検出のための脳波画像の深層畳み込みニューラルネットワーク
図2 てんかん発作の検出例