国内の治療普及を牽引
2019-06-25 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(略称:国循)の脳血管内科(古賀政利部長)、脳神経内科(猪原匡史部長)における、超急性期の脳梗塞患者を対象にした遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ(recombinant tissue-type plasminogen activator: rt-PA[またはtPA]、アルテプラーゼ)を用いた静注血栓溶解療法の治療件数が、2019年5月に通算1000件を突破しました(図1)。全国での施設ごとのtPA治療件数は公表されていませんが、国内屈指の治療件数と考えられます。
tPA静注療法の開発の経緯
tPA静注療法(静注血栓溶解療法)とは、血栓をtPAの力で溶かして血栓で詰まった脳動脈を再開通させ、脳の組織が決定的に傷む前に十分な脳への血流を戻す治療です。今でこそ超急性期脳梗塞患者に対するわが国の標準治療として確立していますが、ここまでの道程はけっして平易ではありませんでした。
1990年代はじめに、わが国はデュテプラーゼという血栓溶解薬を用いて世界の治療開発競争を先導し、山口武典国循名誉総長(当時脳血管内科部長)を中心とした研究グループがデュテプラーゼの適正投与量を確かめる臨床試験を行って、現場での応用間近に迫っていました。しかしその後に同薬の開発が中止され、現在世界共通で用いられているアルテプラーゼを開発した米国で1996年に脳梗塞患者への治療応用を始めた後も、わが国では長年にわたってこの治療が認められずに来ました。この間に、政界やスポーツ界の多くの著名人が脳梗塞で第一線から退かれたことを、記憶されておられる方も少なくないでしょう。
2002年に、山口名誉総長や峰松一夫国循名誉院長(当時脳血管内科部長)、中川原譲二前国循循環器病統合イメージングセンター長らを中心に国内の多くの研究者が協力してわが国独自の臨床試験を行い、2005年に国内でもやっとこの治療が承認されました。
tPA静注療法の安全で確実な普及を目指して
わが国での治療承認が遅れた理由の一つに、tPAに特有の副作用である頭蓋内出血への強い懸念がありました。日本人は他国民に比べて頭蓋内出血の発症率が高いため、日本人患者を対象とした治療データで安全性を示す必要がありました。ですから、国内承認後も日本脳卒中学会を中心に、tPA静注療法の安全な普及を図るさまざまな取り組みが行われました。脳卒中全体の治療ガイドラインと別に、tPA治療のみを取り扱った適正治療指針が2005年の承認時に公表され(部会長:山口名誉総長)、その後の治療環境の変化に合わせて2012年に第二版(部会長:峰松名誉院長)、今年に第三版(部会長:豊田一則副院長、事務局代表:古賀部長)が改訂公表されました。この治療指針を教材にした適正使用講習会も毎年各地で開かれ、2018年からはeラーニングに方式を替えて、広く啓発活動が行われました。tPA静注療法に関する各地の施設からの研究論文が国際誌に掲載されるようになり、国循を中心に行った多施設共同観察研究のSAMURAI rt-PA登録研究(研究代表:豊田副院長)も、わが国独自の治療結果の特徴を世界に発信することに、大いに貢献しました。2010年にはカテーテル治療に用いる脳血栓回収機器が国内で初めて承認され、2014年には現在汎用されるステント型脳血栓回収機器が承認されて、tPA静注療法に続けて脳血栓回収療法を行う事例も増え、両治療の相乗効果でさらにtPA静注療法の施行件数が伸びました。2018年は国内で約17,000件の治療が行われたと推定され、これは急性期脳梗塞患者全体の7~8%に当たると考えられます。治療施行率の地域差などが問題視され、今後もさらに普及に努める必要があります。
tPA静注療法の今後の展望
tPAによる頭蓋内出血の副作用を避けるなどの理由で、現在は原則的に脳梗塞を起こしてから4.5時間までに治療を受けられる患者のみに、適応が限られています。しかし最近の海外での研究結果によって、今後幾つかの条件を満たせば、発症後9時間までの患者にこの治療が出来るようになりそうです。また治療薬として長年用いられてきたアルテプラーゼに替わって、より効果の高い新薬テネクテプラーゼの開発も進み、わが国でもこの流れに遅れぬよう準備を始めています。tPA静注療法と組み合わせて治療効果を高める新薬の開発も多く行われ、国循でも猪原部長を中心に、医師主導での新規治療開発試験を始める準備中です。
わが国の国民病である脳梗塞を征圧するために、tPA静注療法の底上げが重要です。国循はナショナルセンターとしての責任を持って、この治療の普及と開発に引き続き務めて参ります。
図1.国循におけるtPA静注療法の治療件数
臨床試験THAWSでの投与例を除く
濃色の縦棒はtPA静注療法と急性期カテーテル治療(血栓回収療法など)を組み合わせて行った件数