天然キラル溶媒を不斉源とする触媒的不斉合成

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高分子らせん骨格による高効率不斉転写、不斉増幅の実現

2019-07-03  京都大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 安価なキラル溶媒を唯一の不斉源として用い、高い選択性で光学活性な生成物を得る「触媒的不斉合成」に世界で初めて成功しました。
  • 今回、オレンジの皮から得られる「(R)-リモネン」を溶媒として用いることで、高分子骨格に完全な右巻き構造を誘起させたのち触媒として利用することで、高選択的に光学活性化合物を得られることを発見しました。
  • 本成果は、光学活性医薬品などの高効率生産への応用が期待されるとともに、安価な生物由来資源を有効に活用するための新たな指針を示すものです。

京都大学 大学院工学研究科 杉野目 道紀 教授、長田 裕也 助教、竹田 龍平 博士課程学生(研究当時、現 民間企業勤務)らの研究グループは、天然から安価かつ大量に得られるキラル溶媒注1)を唯一の不斉源注2)として用い、触媒的不斉合成を行う新たな手法を開発しました。今回の成果では、オレンジの皮から得られる「(R)-リモネン」を反応溶媒として用いることで高分子(ポリ(キノキサリン-2,3-ジイル))に一方向巻きらせん構造を誘起させ、その後その高分子を触媒として利用することで高選択的に光学活性化合物が得られることを明らかにしました。さらに、低光学純度のリモネンを用いた場合でも、高分子の不斉増幅現象注3)に基づいて高い不斉選択性が維持されることを見いだしました。本成果は、医薬品や農薬の高効率生産のほか、コピー防止印刷やバイオ研究用試薬などの効率的な開発に応用されることが期待されるとともに、安価な生物由来資源を有効に活用する新たな指針を示すものとして期待されます。

本研究成果は、2019年7月3日にアメリカ化学会のオープンアクセス誌「ACS Central Science」オンライン版に公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「新機能創出を目指した分子技術の構築」のほか、「基盤研究」、「新学術創成研究」「高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出」、「配位アシンメトリー:非対称配位圏設計と異方集積化が拓く新物質科学」の支援を受けました。

動物や植物の内部で重要な働きをする有機化合物は多くの場合右手型と左手型に分類され、これらは鏡像異性体と呼ばれます。鏡像異性体は生体外においては厳密に全く同じ性質―融点、沸点、屈折率など―を示しますが、鏡像異性体の一方から構成されている生体中では、異なった生理活性を示します。このため、医薬品や農薬など生体中で効果を発揮する化合物の工業生産においては、鏡像異性体の一方を選択的に合成する化学反応が必要です。このように鏡像異性体の一方を選択的に得るための合成法を「不斉合成」といいます。1960年代から始まった「触媒的不斉合成」は、この不斉合成を「右手型」と「左手型」の触媒を使うことで効率的に行おうとする研究分野で、2001年には野依 良治 名古屋大学 特別教授を含む3氏にノーベル化学賞が与えられています。研究がスタートしてからこれまでの50年ほどで極めて多くの触媒が開発され、医薬品および農薬の開発に極めて大きな貢献を果たしてきました。今回の研究はこの「触媒的不斉合成」の基本戦略に革新的なパラダイムシフトをもたらしうるものです。

これまでの触媒的不斉合成では、「右手型」と「左手型」の触媒をそれぞれ化学合成して使うことが基本戦略とされてきました。この方法では、それぞれの触媒を「右手型」および「左手型」の天然化合物を出発原料として、多段階の化学反応を経て合成する必要がありました。また、天然化合物は必ずしも純粋な右手型、左手型を供給してくれるわけではなく、純粋な「右手型」および「左手型」の触媒を得ようとすると、合成の途中でこれらを高純度に精製する必要があることも、従来の方法の問題点でした。

今回見いだした新しい方法では、触媒は「右手/左手可変型」の構造を持っています。見方によっては、左右の区別のない軍手のような「手袋型」の構造を持っていると言えます。反応を行う際に、これを「右手型溶媒」あるいは「左手型溶媒」に溶かすだけで、その場で「右手型」あるいは「左手型」の触媒構造が形成されます。これは、「手袋」に右手を入れれば、「右手型」、左手を入れれば「左手型」の形になることに対応します。「溶媒」とは反応を行う際に、触媒や化合物を弱く取り囲むことで均一に溶かすために使われる液体で、通常それらは「右手型」と「左手型」を区別して生成させるほどには強い効果を示さないと考えられてきました。今回、らせん型高分子を触媒として用いることで、溶媒から受ける本来弱い効果を大きく増幅して「右手型」または「左手型」の構造を効率的に発生させ、高い選択性で「右手型」または「左手型」の生成物を得る触媒的不斉合成に世界で初めて成功しました。溶媒として用いるのは天然から安価に得られる「リモネン」という有機化合物です。本成果は、安価な天然化合物に溶かすだけで必要な触媒構造が1段階で生成できる点で、従来の触媒的不斉合成の概念を根本的に変え得るものです。

今回の研究において触媒として用いたらせん型高分子は、右巻きまたは左巻きのらせん構造をとっています。通常これらの左右らせん構造は混在しているものの、容易に相互変換可能であるため、上述の「左右の区別のない手袋型」として扱うことができます。また、天然から安価に得られる「リモネン」にも「右手型」と「左手型」があり、それぞれ「(R)-リモネン」と「(S)-リモネン」と呼ばれています。(R)-リモネンはオレンジの皮から、もう一方の(S)-リモネンはペパーミントから得ることができます(ちなみに(R)-リモネンは柑橘系の香りを持ち、(S)-リモネンはハーブまたは森のような香りを持ちます)。

このらせん型高分子を(R)-リモネンに溶解させたところ、完全な右巻き構造を形成しました。これを触媒として合成を行なったところ、高い純度で一方の鏡像体を生成物として得ることができました。一方で(S)-リモネンを用いた場合には、高分子は完全な左巻き構造を形成しましたが、触媒として用いると、先ほどとは逆の鏡像体を高い純度で得ることができました。

この方法は多段階を必要とする従来の触媒的不斉合成法と比べて、天然から容易に得られる「右手型」または「左手型」化合物を溶媒として用いるだけで一方の鏡像体化合物を生成物として得られる点において、極めて革新的な方法です。本成果は、医薬品や農薬の高効率生産のほか、コピー防止印刷やバイオ研究用試薬などの効率的な開発に応用されることが期待されるとともに、安価な生物由来資源を有効に活用する新たな指針を示すものとして期待されます。

天然キラル溶媒を不斉源とする触媒的不斉合成
図1 従来の不斉触媒反応の概要

図2 本研究のコンセプト
図2 本研究のコンセプト

左右の区別のない「手袋型」触媒から1段階で「右手型」または左手型触媒を生成

図3 リモネンによる左右らせん構造の誘起と高選択的不斉触媒としての応用
図3 リモネンによる左右らせん構造の誘起と高選択的不斉触媒としての応用

図4 本研究成果の応用に関する展望
図4 本研究成果の応用に関する展望

図

注1)キラル溶媒
「キラル溶媒」とは一方の鏡像体からなる液体で、一般に「溶媒」は反応を行う際に、触媒や化合物を弱く取り囲むことで均一に溶かすために使われる。通常は、キラル溶媒を用いたとしても「右手型」と「左手型」を区別して生成させるほどには強い効果を示さないと考えられてきた。
注2)不斉源
「不斉源」とは、鏡像体のバランスの偏りの起源となる化合物などを指す。これまでの研究では、キラル溶媒は不斉源とはならないと見なされてきた。
注3)不斉増幅現象
「不斉増幅現象」とは、低い純度の鏡像体から、高い純度の鏡像体が得られる現象。一般に、このような現象は極めて限られていることが知られている。
“Asymmetric Catalysis in Chiral Solvents: Chirality Transfer with Amplification of Homochirality through Helical Macromolecular Scaffold ”
(キラル溶媒中での不斉触媒作用:らせん高分子骨格による不斉増幅を伴う不斉転写)
著者名:Yuuya Nagata, Ryohei Takeda, and Michinori Suginome
DOI:10.1021/acscentsci.9b00330

杉野目 道紀(スギノメ ミチノリ)
京都大学 大学院工学研究科 教授

長田 裕也(ナガタ ヒロヤ)
京都大学 大学院工学研究科 助教

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

京都大学 総務部 広報課 国際広報室

科学技術振興機構 広報課

 

有機化学・薬学
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