犬のリンパ腫に対する新規抗体医薬の開発~犬リンパ腫対象獣医師主導臨床試験開始~

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2020-07-10 山口大学,東北大学,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • これまで犬のB細胞性リンパ腫に対する抗体療法は確立されていませんでしたが、山口大学共同獣医学部では、東北大学および日本全薬工業株式会社とともに、抗腫瘍細胞活性が非常に高い犬CD20抗体医薬を開発しました。
  • 山口大学共同獣医学部動物医療センターでは、世界に先駆けて犬CD20抗体医薬を用いた獣医師主導臨床試験を実施しています。
  • 本治療によりB細胞性リンパ腫の犬の寿命を延長する可能性が期待されます。
概要

山口大学共同獣医学部の水野拓也教授の研究グループは、東北大学未来科学技術共同研究センター/大学院医学系研究科の加藤幸成教授、および日本全薬工業株式会社と共同で、犬のB細胞性リンパ腫に対して抗腫瘍細胞活性が非常に高い抗犬CD20抗体を開発しました。本抗体医薬1)は、既報の抗犬CD20キメラ抗体よりもin vitroにおける腫瘍細胞に対する殺傷能力が著しく高いだけではなく、犬の腫瘍を移植したマウスにおいてもその増殖抑制効果を認めました。また健常ビーグル犬を用いた安全性試験においては、本抗体のターゲット分子であるCD20分子2)をもった正常B細胞が投与翌日にはほぼ0になるというほどの活性が認められました。このことはCD20分子をもつB細胞性リンパ腫に対しても同様の殺傷能力をもつことを示唆しており、臨床的な効果が期待されるものです。

本研究成果は、2020年7月10日(英国時間10時、日本時間7月10日18時)に、米国科学誌Scientific Reportsに掲載されます。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)によって支援されました。

研究内容

犬の悪性リンパ腫は比較的頻度が高い犬の悪性腫瘍であり、その発生部位、病理組織学的分類などにより様々なタイプに分類されます。なかでも大細胞性B細胞性リンパ腫は、もっとも頻度が高く、通常実施する複数の抗がん剤を用いた治療を行っても2年生存率は20%であり、新しい治療法の開発が切望されています。ヒトの悪性リンパ腫に対する治療法を参考にこれまでに様々なグループが新しい治療法の開発にチャレンジしてきましたが、いまだに有効な治療法はありません。

本研究において、まず水野拓也教授らのグループは犬B細胞性リンパ腫の腫瘍細胞がもつCD20分子に対するモノクローナル抗体を開発しました。その抗体の特徴として、犬のCD20分子に特異的であり、犬の正常B細胞だけではなく、犬B細胞性リンパ腫由来の腫瘍細胞にも特異的に反応することが確認されました。また、それらを犬に対して投与できるように、モノクローナル抗体のCD20分子認識部位をコードする遺伝子をもとにキメラ化し、抗犬CD20キメラ抗体(4E1-7-B)を作製しました。このキメラ抗体は、in vitroにおいて、犬B細胞性リンパ腫細胞株CLBL-1に対して、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性、補体依存性細胞傷害(CDC)活性、直接の細胞傷害活性を示し(図1)、同時に以前に別のグループから報告された1E4-B抗体よりも著しく強い細胞傷害活性があることが証明されました。また、抗体のADCC活性をより増強するために、東北大学の加藤幸成教授のグループとの共同でフコース除去型の抗体開発を行い、より強いADCC活性を示すキメラ抗体4E1-7-B_f3)を利用可能にしました(図1)。また生体における本抗体の機能を確認するために、CLBL-1細胞を移植した免疫不全マウスの腫瘍に対してこの4E1-7-B_f抗体を投与したところ、著しい腫瘍の増大抑制が認められました(図2)。

図1 抗犬CD20キメラ抗体である4E1-7-Bとフコース除去型抗体4E1-7-B_f抗体による犬B細胞性リンパ腫細胞株CLBL-1細胞に対する、(A)抗体依存性細胞傷害活性、(B)補体依存性細胞傷害活性、(C)直接の細胞傷害活性。

図2 CLBL-1細胞を移植した免疫不全マウス(N=4)の腫瘍に対するフコース除去型抗犬CD20キメラ抗体(4E1-7-B_f)の増殖抑制効果。0日目から4日おきに抗体を投与。

さらに、この強力なADCC活性をもつ4E1-7-B_f抗体について安全性および機能確認のため、健常ビーグル犬に5mg/kgで1回静脈内投与したところ、末梢血中のCD20陽性B細胞は投与翌日にはほぼ0になり、それが2週間以上続くとともに、リンパ節のB細胞領域も著しく萎縮することが明らかとなりました(図3)。このことは、4E1-7-B_f抗体が犬の体内においてもCD20陽性細胞をターゲットとして十分な機能を有することを示唆しており、実際のCD20陽性B細胞性リンパ腫の犬の治療薬として有用である可能性を示すものとなります。

図3 フコース除去型抗犬CD20キメラ抗体(4E1-7-B_f)の健常ビーグル犬への投与。4頭の犬(各色)の(A)末梢血B細胞数の推移および(B)リンパ節のCD79陽性B細胞領域を示す。

上記の報告をもとに、犬の悪性リンパ腫のなかでもCD20陽性B細胞性リンパ腫を対象として、4E1-7-B_f抗体の有効性および安全性を評価する獣医師主導臨床試験をスタートしました。犬のリンパ腫に発現するCD20分子を標的とした抗体医薬としては、現在世界で唯一の獣医師主導臨床試験となります。本試験内容は、既存の抗がん剤によるCHOP療法4)に組み合わせる形で生存期間や無病再発期間の延長が認められるか、または既存のCHOP療法に抵抗性になった後のレスキュー療法として腫瘍縮小効果が認められるかを明らかにするものであり、山口大学共同獣医学部動物医療センターおよび国内の複数の二次診療施設において実施しております。

用語解説
1)抗体医薬
抗体医薬は、分子標的治療の一つであり、ターゲットとなる分子に対して特異的な抗体をもとにした治療法です。医療においては、悪性腫瘍だけではなく、炎症性疾患やアレルギー性疾患などさまざまな病気に対して50種類以上の抗体医薬が治療に使用されています。抗体医薬は生物学的製剤に分類され、原則として、副作用の問題や効果の面などから動物に用いることはできません。ペットの医療においては、世界的にみても抗体医薬で承認販売されているものは、抗犬IL-31抗体医薬(サイトポイント®)しか存在せず、とくに悪性腫瘍に対する抗体医薬は皆無です。本抗体は、ペットの悪性腫瘍に対する抗体医薬として世界的にも期待されるものです。
2)CD20分子
CD20とは、白血球の一種であるリンパ球のうちBリンパ球の系列の細胞表面に存在する分子です。 CD20分子は犬の正常なBリンパ球にも存在していますが、犬のB細胞系のリンパ腫細胞および一部のT細胞系のリンパ腫細胞においても存在していることが知られています。ヒトでは、すでに1997年よりこのCD20分子を標的とした抗体による治療法が一般的に用いられており、悪性リンパ腫の標準療法に組み入れられているように非常に有効性の高い治療であると考えられています。
3)4E1-7-B_fについて
本試験で使用する抗犬CD20キメラ抗体4E1-7-B_fは、山口大学共同獣医学部臨床病理学分野(水野拓也研究室)において創製した犬CD20分子に対するモノクローナル抗体を遺伝子改変技術により犬キメラ化し、東北大学(加藤幸成研究室)でフコース除去型として産生することで抗体依存性細胞傷害活性を向上させ、腫瘍細胞への攻撃力を高めた薬剤です。日本全薬工業株式会社で実施された健常ビーグル犬を用いた安全性および忍容性試験では、予測された正常B細胞の減少以外に大きな副作用が認められなかったことから、上記の臨床試験が計画されております。
4)既存の抗がん剤によるCHOP療法
従来、犬の高悪性度B細胞性リンパ腫に対しては、ビンクリスチン、シクロフォスファミド、ドキソルビシン、プレドニゾロンといった抗がん剤を組み合わせたプロトコールであるCHOP療法を実施します。その方法を用いることで2年間生きられる罹患犬の割合はおよそ20%であることが確認されています。
研究論文
タイトル:
“Generation of a canine anti-canine CD20 antibody for canine lymphoma treatment”
著者名:
Takuya Mizuno, Yukinari Kato, Mika K. Kaneko, Yusuke Sakai, Toshinori Shiga, Masahiro Kato, Toshihiro Tsukui, Hirofumi Takemoto, Akio Tokimasa, Kenji Baba, Yuki Nemoto, Osamu Sakai, Masaya Igase
公表雑誌:
Scientific Reports
公表日:
2020年7月10日(オンライン公開)
お問い合わせ先
論文の内容および獣医師主導臨床試験に関するお問い合わせ

山口大学共同獣医学部臨床病理学分野
教授 水野拓也(みずのたくや)

東北大学未来科学技術共同研究センター
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬研究分野
教授 加藤幸成(かとうゆきなり)

報道関係のお問い合わせ

国立大学法人山口大学総務企画部総務課広報室
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課

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