にじみを表現できる省電力ソフトディスプレイによる芸術的表現の試み

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2019-11-25   物質・材料研究機構,早稲田大学,多摩美術大学,科学技術振興機構

NIMSは、早稲田大学、多摩美術大学と共同で、表示の維持に電力を必要とせず、形状も自由に加工できてアナログな色彩表現が可能なソフトディスプレイ注1)を開発し、その芸術的表現の試みとして、電気で紅葉する落ち葉型デバイスの開発を実現しました。虫食いのある自然な形状の落ち葉型ディスプレイにわずかな電流を流すだけで、自然の紅葉さながらににじむように色が変化し、しかも途中でスイッチを切るとその着色状態が保持されます。さらに、逆向きに電流を流すと緑色に戻すこともできます。本技術は自然の風合いを超えた未知の感覚を表現できるため、既存のデジタルアートを超える、未知の可能性をもたらすことが期待されます。

4Kや8Kなどディスプレイの超高解像度化や、画像加工技術の発達により、デジタルアートの創作が盛んになっています。一方で、その表現は液晶や有機ELといったディスプレイ上で行うため、四角い形状とグリット状に区切られたピクセルの概念や、表示に常に電力が必要となること、色彩がデジタルの有限な状態に限られていることや、ノイズや偶然性の排除など、デバイスが内在している暗黙の仕様が、自由な発想と表現を妨げる原因となっていました。

今回、研究グループは、電気をわずかに流すだけで色が変化するエレクトロクロミック(EC)材料注2)(有機/金属ハイブリッドポリマー注3))、およびフレキシブル透明電極基板を使い、紅葉前後の色変化を自然に再現する、無限解像度の落ち葉型ディスプレイの開発に成功しました(図1)。フレキシブル透明電極をレーザーで落ち葉型に加工し、固体デバイス化、電極配線加工、葉脈作製などの技術を組み合わせてデバイスを作成しました。紅葉のようなにじみながらの色の変化は、EC材料の多重塗布により再現しています。さらに、紅く変化したのちに再び緑に戻すこともでき、電気を切ると着色状態が維持されます。

本研究は、国立研究開発法人 物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 電子機能高分子グループ 樋口 昌芳 グループリーダーらの研究グループと、早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構、多摩美術大学 美術学部との共同研究の成果です。

本成果は、11月27日~30日まで札幌コンベンションセンターで開催される国際会議(International Display Workshop(IDW19))で発表します(発表題目:Nature-Inspired Flexible Electrochromic Devices)。

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」領域(研究総括 桜井 貴康)研究課題「超高速・超低電力・超大面積エレクトロクロミズム」(研究代表者 樋口 昌芳)の一環として行われました。

<研究の背景>

液晶や有機ELディスプレイは、パソコンやスマートフォンなどに搭載され、日常生活におけるコミュニケーションツールとして広く使用されています。また、それらのディスプレイを使用したデジタルアートの創作が盛んに行われています。4Kや8Kなどの画像の超高解像度化や、デジタル処理による画像の加工により、さまざまな芸術表現が生み出されています。しかし、既存のディスプレイへの傾倒・依存は、人間の発想をディスプレイの「枠内」に閉じ込め、その結果、現代人の発想・着想がむしろ貧困になっているのではないか、ということを研究グループは危惧しています。

自然の中で起きているさまざまな現象は、決して液晶や有機ELディスプレイの「枠内」で再現できるわけではありません。例えば、ディスプレイが柔らかく、切ったり、たわませたり、穴を開けたりすること、ぼかすような表現やじわっと色が変わるような表現を行うこと、電源を切った後表示を残すこと。そのような「ソフトディスプレイ」の出現は、芸術的表現、さらには日常生活における視覚表現全般の可能性を広げると期待されます。

<研究内容と成果>

これら今回のデバイスの特徴を表現するために、にじみを表現できる省電力ソフトディスプレイによる芸術的表現の試みとして、自然にある紅葉した落ち葉のイメージが適すると考えて取り組みました。デバイス構造を図2に示します。デバイスは、低抵抗の透明電極膜を有するフレキシブルPETフィルム2枚の間に、EC層(有機/金属ハイブリッドポリマー層)、電解質層注4)、対極物質層を有します。デバイスを組み立てる前に、2枚のフレキシブル透明電極基板を落ち葉の形状にレーザー加工しました。その1枚の上に、EC材料の多重塗布(重ね塗り)をすることでにじみ現象の表現を生み出しました。もう1枚の基板に対極物質を塗布します。最後に粘性を有する電解質層を介して2枚の基板を貼り合わせることで固体デバイス化しました。その後、電極配線加工、および葉脈作製などの最終加工を経て、落ち葉デバイスを完成させました。

EC材料として、今回、ルテニウムイオンを含む有機/金属ハイブリッドポリマーを使用しました(図3)。このポリマーは、金属イオンと有機配位子が錯形成により交互につながった構造を有し、ルテニウムイオンが2価の酸化状態において、金属イオンから有機配位子への電荷移動吸収によりオレンジ色に呈色します。このポリマー膜に1V以上の電圧を印加することで、2価のルテニウムは3価へと酸化され、オレンジ色から淡緑色へと色変化します。ルテニウムイオンの酸化状態を電気化学的に切り替えることで、紅葉前後の色変化を表現しました。

<今後の展開>

不揮発性であり、また微小な電力によって色が変わる有機/金属ハイブリッドポリマーのEC特性を生かして、自由曲面や3次元構造を有するディスプレイ、風力などにより表示が変わるディスプレイ、透明になり消えるディスプレイなど、従来のディスプレイの概念を広げ、芸術表現のみならず日常生活での新たな展開を目指します。

<参考図>

図1 電流を流すと紅葉するように色が変わる葉っぱ型ECデバイス
図1 電流を流すと紅葉するように色が変わる葉っぱ型ECデバイス

 

図2 葉っぱ型ECデバイスの断面構造
図2 葉っぱ型ECデバイスの断面構造

 

図3 ルテニウムイオンを含む有機/金属ハイブリッドポリマーの構造と色変化
図3 ルテニウムイオンを含む有機/金属ハイブリッドポリマーの構造と色変化

ポリマー中のルテニウムイオンが2価の時はオレンジ色(左)で、3価に酸化されると淡緑色に変わる(右)。

<用語解説>
注1)ソフトディスプレイ
ディスプレイ自体が柔らかく、切ったり、たわませたり、穴を開けたりすることが可能で、ピクセルに頼らずに無限解像度でぼかすような表現やじわっと色が変わるような表現を行うことができ、電源を切った後も表示を残せるなど、現在の液晶や有機ELディスプレイとは原理的に異なる、本プレス発表で提唱する新しい表示方法およびそのデバイスの総称。
注2)エレクトロクロミック材料(Electrochromic材料(EC材料))
電気化学的酸化還元により色が変わる特性を持つ材料。
注3)有機/金属ハイブリッドポリマー
金属イオンと有機配位子が錯形成することで合成される新しいポリマー(高分子)。金属から有機配位子への電荷移動吸収(MLCT吸収)に基づいて着色する。ポリマー中の金属イオンを電気化学的に酸化還元すると、MLCT吸収が消失/発現するために、消色/着色のエレクトロクロミック特性を示す。
注4)電解質層
カチオン(プラスの電荷を有するイオン)およびアニオン(マイナスの電荷を有するイオン)を多く含む固体層。本デバイスの場合、有機/金属ハイブリッドポリマーの電気化学的酸化に伴って生じるプラス電荷の増加を補償するためのアニオンの供給源。
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

樋口 昌芳(ヒグチ マサヨシ)
物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 電子機能高分子グループ グループリーダー

大橋 啓之(オオハシ ケイシ)
早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 研究院教授

濱田 芳治(ハマダ ヨシハル)
多摩美術大学 美術学部 生産デザイン学科プロダクトデザイン研究室 教授

久保田 晃弘(クボタ アキヒロ)
多摩美術大学 情報デザイン学科 メディア芸術コース研究室 教授

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

早稲田大学 広報室 広報課

科学技術振興機構 広報課

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