急性腎障害(AKI)における炎症の新しいメカニズムを解明

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2019-10-30 東京大学

1.発表者:
前川 洋(東京大学医学部附属病院 血液浄化療法部 特任臨床医)
井上 剛(東京大学大学院医学系研究科 慢性腎臓病(CKD)病態生理学講座 特任助教)
田中 庸介(東京大学大学院医学系研究科 細胞構築学 講師)
廣川 信隆(東京大学大学院医学系研究科 分子構造・動態・病態学 特任教授)
南学 正臣(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 教授)
稲城 玲子(東京大学大学院医学系研究科 慢性腎臓病(CKD)病態生理学講座 特任教授)

2.発表のポイント:
◆急性腎障害(AKI)が悪化する過程において、腎臓を構成しミトコンドリアを多く含む近位尿細管細胞のミトコンドリア障害とミトコンドリア DNA の漏出、cGAS-STING 経路の活性化による炎症誘導が重要であることが明らかとなりました。
◆本研究は AKI における炎症の新しいメカニズムを示し、さらにそのメカニズムが AKI 治療のターゲットになり得ることを示した点で新規性の高い研究です。
◆AKI は重症化すると透析治療が必要となり、死亡率上昇と関連することが知られています。本研究結果はこれまでにない AKI の治療戦略、創薬の開発につながる可能性があります。

3.発表概要:
東京大学医学部附属病院の前川洋医師、東京大学大学院医学系研究科の稲城玲子特任教授らは、急性腎障害(acute kidney injury:AKI、注 1)におけるミトコンドリア(注 2)の機能異常とそれに引き続く炎症誘導のメカニズムを解明しました。この成果は、これまでわかっていた AKI における尿細管のミトコンドリア障害と炎症反応の誘導という二つの現象がミトコンドリア DNA による自然免疫機構の活性化というメカニズムを介して起こることを示したという点で画期的です。さらに、このメカニズムのターゲット分子である stimulator of interferon genes(STING)というタンパク質を遺伝学及び薬理学的に抑制することで AKI を改善できることをマウスを用いた実験でも示しています。AKI は入院患者で高い罹患率を有し、重症例では透析が必要となり死亡率を上昇させることから、本研究成果が新しい AKI 治療法の開発、ひいては AKI 患者の予後改善に寄与することが期待されます。

4.発表内容:
<研究の背景>
急性腎障害(acute kidney injury:AKI)は、さまざまな原因で急速に腎機能が悪化する病気です。AKI では尿が作られなくなり、本来は尿から排泄されるさまざまな物質が体内に貯留することで、心不全や電解質異常といった尿毒症症状が起こります。重症例では透析治療が必要になります。さらに入院患者の多くが罹患しており、死亡率上昇に関連し、腎機能が改善した後も将来的に腎機能が不可逆的に低下した慢性腎臓病や腎臓が完全に廃絶する末期腎不全に進展する可能性が高まることも知られています。腎臓は複数の種類の細胞が三次元構造をとっている複雑な臓器です。AKI では腎臓を構成する細胞の一種である近位尿細管細胞(注 3)のミトコンドリア障害と炎症反応が誘導されることが以前から知られていました。加えて細胞質内の DNA を認識し自然免疫反応を引き起こす cyclic GMP-AMP synthase(cGAS)- stimulator of interferon genes(STING)経路(注 4)が近年発見され注目を集めていました。そこで研究者らは、AKI における近位尿細管細胞のミトコンドリア障害および炎症誘導と cGAS-STING 経路の関わりについて検討しました。

<研究内容>
本研究はマウスに抗がん剤の一種であるシスプラチンを投与する AKI モデルを用いました。シスプラチンを投与したマウスでは AKI が生じ、腎臓内での cGAS-STING 経路の活性化や炎症性サイトカインという分子の発現が上昇していることがわかりました。なお、AKI に罹患した患者の腎組織標本を用いた検討でもcGAS-STING経路の活性化が示唆される結果が得られました。次に STING の発現を抑制した STING ノックアウトマウス(注 5)では、シスプラチンによる腎機能障害、炎症反応が改善しており、STING の阻害薬においても同様の結果が認められました。近位尿細管細胞にシスプラチンを添加しフラックスアナライザー(注 6)およびフローサイトメトリー(注 7)を用いて検討したところ、ミトコンドリア機能障害、ミトコンドリア外膜の電位低下が認められました。より詳しい検討を行ったところ、シスプラチンを添加した近位尿細管細胞ではミトコンドリア DNA が細胞質に漏出し、cGAS-STING 経路を活性化し、炎症が誘導されていることがわかりました。加えてこのミトコンドリア DNA はミトコンドリア外膜上のアポトーシス(細胞死の一種)に関係する分子とし知られる BAX が流出路となり漏出していると考えられました(図 1)。

<社会的意義・今後の展望>
本研究により急性腎障害(AKI)では、近位尿細管細胞においてミトコンドリア障害が起き、それに引き続くミトコンドリア DNA の細胞への漏出を生じ、cGAS-STING 経路の活性化を介した尿細管炎症が引き起こされることが明らかとなりました。さらにこの尿細管炎症が病態の進展に関与するともわかりました。よって、この経路を抑制することで将来的に新たな AKI の治療方法が開発できると考えられます。研究グループは今回の成果を基盤とし、今後は cGAS-STING 経路の他の腎疾患モデルにおける関与を探索すること、そして、この経路をターゲットとした治療法の開発に取り組んでいく予定です。

5.発表雑誌:
雑誌名:「Cell Reports」(オンライン版:10 月 29 日)
論文タイトル:Mitochondrial damage causes inflammation via cGAS-STING signaling in acute kidney injury
著者:Hiroshi Maekawa, Tsuyoshi Inoue, Haruki Ouchi, Tzu-Ming Jao, Reiko Inoue, Hiroshi Nishi, Rie Fujii, Fumiyoshi Ishidate, Tetsuhiro Tanaka, Yosuke Tanaka, Nobutaka Hirokawa, Masaomi Nangaku*, Reiko Inagi* (*Corresponding author)
DOI 番号:10.1016/j.celrep.2019.09.050

6.問い合わせ先:
<研究内容に関するお問い合わせ先>
東京大学大学院医学系研究科 CKD 病態生理学講座
特任教授 稲城 玲子(いなぎ れいこ)

東京大学医学部附属病院 血液浄化療法部
特任臨床医 前川 洋(まえかわ ひろし)

<取材に関するお問い合わせ先>
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井

7.用語解説:
(注 1)急性腎障害(acute kidney injury:AKI)
急性腎障害(AKI)は急速に腎機能悪化が起きる病気です。その原因は薬剤の副作用や脱水、感染症などさまざまです。AKI になると尿が産生できなくなるため、体内から水分や老廃物が除去できず、心不全やミネラル異常などの尿毒症が起きてきます。重症例では透析が必要になり、生命の危機を及ぼすことから、治療の確立が非常に重要です。
(注 2)ミトコンドリア
二重の生体膜からなり、独自の DNA を持つ細胞小器官です。分裂、増殖し、酸素を使用した呼吸の場としても知られており、また、細胞死の誘導においても重要な役割を担っています。
(注 3)近位尿細管細胞
腎臓を構成する細胞の一つ、血液が濾されてできる原尿が最初に通過する部分で多くの物質の輸送に関わり、代謝が活発な細胞です。ミトコンドリアを多く含んでいることも特徴的です。
(注 4)cyclic GMP-AMP synthase(cGAS)‐ stimulator of interferon genes(STING)経路
Cyclic GMP-AMP 合成酵素 (cGAS)により細胞内の二重鎖 DNA が認識されるとセカンドメッセンジャーである cGAMP が生成されます。cGAMP は細胞内核酸センサー群の 1 つである STING を活性化し、インターフェロンやインターロイキンなどの炎症性サイトカインを誘導します。
(注 5)ノックアウトマウス
ある特定のタンパク質をコードする遺伝子を、分子生物学的な手法を用いて特異的に欠失させたマウスのことです。
(注 6)フラックスアナライザー
細胞の主要なエネルギー代謝経路である解糖、ミトコンドリアによる好気呼吸の状態を、細胞に対して無侵襲・高感度に経時的に計測する機器です。
(注 7)フローサイトメトリー
個々の細胞を分析する際に用いられる実験手法で細胞表面の抗原を染色し、検出器で個々の細胞の状態を解析します。

8.添付資料:


図 1 急性腎障害では尿細管細胞のミトコンドリア障害と BAX を介したミトコンドリア DNA (mtDNA)の漏出が起き、cGAS-STING 経路を介した炎症反応が引き起こされる。

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