110歳以上の超長寿者が持つ特殊なT細胞~スーパーセンチナリアンの免疫細胞を1細胞レベルで解析

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2019-11-13 理化学研究所,慶應義塾大学医学部

理化学研究所(理研)生命医科学研究センタートランスクリプトーム研究チームの橋本浩介専任研究員、ピエロ・カルニンチチームリーダーと慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターの広瀬信義特別招聘教授(研究当時)らの共同研究グループは、スーパーセンチナリアン(110歳以上)が特殊なT細胞[1]である「CD4陽性キラーT細胞[1]」を血液中に多く持つことを発見しました。

本研究成果を通して免疫と老化・長寿との関係を理解することで、免疫の老化を予防し、健康寿命の延伸に貢献することが期待できます。

今回、共同研究グループは、110歳に到達した超長寿者であるスーパーセンチナリアン7人と50~80歳の5人から直接採血を行い、血液中に流れる免疫細胞を1細胞レベルで解析しました。その結果、スーパーセンチナリアンでは、免疫システムの司令塔の役割を果たすT細胞の構成が50~80歳と比べて大きく変化していることが分かりました。なかでも、通常は少量しか存在しないCD4陽性キラーT細胞が高い割合で存在していました。さらに、これらのT細胞受容体[2]を調べたところ、特定の種類の受容体を持つT細胞が増加するクローン性増殖[3]が起きたことが明らかになりました。

本研究は、米国の科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』オンライン版(11月12日付け:日本時間11月13日)に掲載されます。

110歳以上の超長寿者が持つ特殊なT細胞~スーパーセンチナリアンの免疫細胞を1細胞レベルで解析

図 80歳と110歳のT細胞の比較(横:CD4、縦GZMB)

背景

スーパーセンチナリアンは110歳に達した特別長寿な人々のことを指し、自立的な生活を送る期間が長いことから、理想的な健康長寿のモデルと考えられています。一般的に、老化に伴って免疫力が低下してくると、がんや感染症などのリスクが飛躍的に高まります。しかし、スーパーセンチナリアンはこうした致命的な病気を回避してきていることから、高齢になっても免疫システムが良好な状態を保っていると考えられます。

どのようにして免疫力が維持されているのかは興味深い研究課題ですが、多数の百寿者(100歳以上の人々)を擁する長寿国の日本においても、110歳を超える人の数は限られており(図1)、スーパーセンチナリアンの免疫細胞はこれまでほとんど研究されていませんでした。そこで、長寿研究を専門とする慶應義塾大学医学部百寿研究センターと、分子レベルの解析を専門とする理研生命医科学研究センターが共同で、スーパーセンチナリアンの血液中を流れる免疫細胞の詳細な分析を試みました。

日本における100歳以上の人口分布の図

図1 日本における100歳以上の人口分布

2015年国勢調査の結果、人口約1億2709万人のうち、110歳以上の人々(スーパーセンチナリアン)は146人であった。

研究手法と成果

共同研究グループは、スーパーセンチナリアン7人と50~80歳の5人から採血を行い、免疫細胞を抽出してシークエンサー[4]によるトランスクリプトーム[5]のシングルセル解析(1細胞レベルの解析)を行いました(図2)。合計で約6万細胞を調べたところ、スーパーセンチナリアンでは50~80歳と比べて、免疫細胞の中でもT細胞の構成が大きく変化しており、細胞傷害性分子[6]を発現するT細胞(キラーT細胞)の割合が高くなっていることが明らかになりました(図3)。

免疫細胞のシングルセル解析の図

図2 免疫細胞のシングルセル解析

全血から赤血球や顆粒球を除き、T細胞やB細胞などの免疫細胞の抽出を行った。次に、10x Genomics社のキットを使い、シングルセルライブラリを作成した。それらをシークエンシングすることで遺伝子発現プロファイルを作成した。

スーパーセンチナリアンにおけるキラーT細胞の増加の図

図3 スーパーセンチナリアンにおけるキラーT細胞の増加

右の50~80歳の細胞に比べて、左のスーパーセンチナリアンでは、キラーT細胞(茶色)が増加していることが分かる。ニつのT細胞クラスター(黄土色と茶色)のうち、右側がキラーT細胞の特徴である細胞傷害性分子を発現している。

T細胞は、他の免疫細胞を助ける「CD4陽性ヘルパーT細胞[1]」とがん細胞などを殺す「CD8陽性キラーT細胞[1]」という2種類のサブタイプに分類されます。興味深いことに、スーパーセンチナリアンの持つキラーT細胞は、通常のCD8陽性キラーT細胞だけでなく、ヒトの血液にはあまり存在しないはずの「CD4陽性キラーT細胞」を多く含むことが明らかになりました(図4)。また、他のグループが公開している20歳代から70歳代までの血液データを解析したところ、このような特徴を持つT細胞は非常に少なく、CD4陽性キラーT細胞はスーパーセンチナリアンで特異的に増加していることが分かりました。

7人のスーパーセンチナリアンにおけるキラーT細胞の割合の図

図4 7人のスーパーセンチナリアンにおけるキラーT細胞の割合

8点ある分布図のうち、右下はアイソタイプコントロール(比較対象)として特異的に抗体染色されていないT細胞で、それ以外は7人のスーパーセンチナリアンのT細胞を示す。各分布図は4分割され、そのうち右上の区画がCD4陽性キラーT細胞、左上がCD8陽性キラーT細胞の分布を示す。スーパーセンチナリアンでは、CD8陽性キラーT細胞だけでなく、CD4陽性キラーT細胞の割合が多いことが分かる。なお、左下はCD8陽性ナイーブT細胞、右下はCD4陽性ヘルパーT細胞の分布をおおよそ示している。縦軸はGZMB(グランザイムB)、横軸はCD4を示す。

次に、7人のうち2人のスーパーセンチナリアンについて、T細胞受容体の配列を1細胞レベルで解析しました。その結果、多くのCD4陽性キラーT細胞が同一の受容体を持つことが明らかになりました。このことは、T細胞が特定の抗原に対してクローン性増殖した可能性を示しています。ただし、どのような抗原に対して増殖したのか、また老化における増殖したことの意義はまだ明らかになっておらず、さらなる研究が必要です。

今後の期待

今回の研究成果を経てもなお、CD4陽性キラーT細胞は通常は少量しか存在しないこともあり、ヒトの免疫システムの中でどのような役割を果たしているのかは明らかになっていません。しかし、マウスモデルを使った実験では、CD4陽性キラーT細胞がメラノーマ(皮膚がんの一種)を排除したことが示されており、今後の研究によって、老化や長寿において果たす役割が明らかになることが期待されます。

補足説明

1.T細胞、CD4陽性ヘルパーT細胞、CD8陽性キラーT細胞、CD4陽性キラーT細胞
T細胞は、獲得免疫システムの中核をなす細胞で、血液中や組織の中など体中に存在する。細胞表面に存在する分子によって大きくCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞の2種類に分類される。CD4陽性T細胞は、抗原を認識すると他の免疫細胞を活性化するなどの機能を持ち、CD4陽性ヘルパーT細胞とも呼ばれる。一方、CD8陽性T細胞は、直接他の細胞を殺す機能を持つため、CD8陽性キラーT細胞とも呼ばれる。CD4陽性でありながら、細胞を殺すための分子を発現しているものをCD4陽性キラーT細胞と呼ぶ。

2.T細胞受容体
T細胞の細胞表面にある受容体で、抗原を認識して細胞内に活性化刺激を伝える。胸腺でT細胞が成熟する時に受容体遺伝子が再構成され、一つ一つのT細胞に異なる受容体が発現する。

3.クローン性増殖
一つのT細胞が抗原刺激によって細胞分裂を繰り返し、増殖すること。増殖した全ての細胞は、元の細胞と同じT細胞受容体を持つことが特徴である。

4.シークエンサー
DNAやcDNAの配列を決定する装置。現在広く使われているシークエンサーは、億単位のDNA断片を並列して決定することができる。

5.トランスクリプトーム
細胞内で、ゲノムが転写されて作られたRNA全体のことを指す。

6.細胞傷害性分子
グランザイムやパーフォリンなどのタンパク質のことを指す。攻撃対象である細胞に放出されると、細胞膜に穴をあけ、細胞死を誘導する働きを持つ。

共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター
トランスクリプトーム研究チーム
専任研究員 橋本 浩介(はしもと こうすけ)
チームリーダー ピエロ・カルニンチ(Piero Carninci)
研究員 マシュー・バレンタイン(Matthew Valentine)
研究員 ジョバンニ・パスカレラ(Giovanni Pascarella)
遺伝子制御回路研究チーム
リサーチアソシエイト 河野 掌(こうの つかさ)
チームリーダー ジェイ・シン(Jay Shin)
応用ゲノム解析技術研究チーム
研究員 早津 徳人(はやつ のりひと)
チームリーダー 岡﨑 康司(おかざき やすし)
融合領域リーダー育成プログラム
上級研究員(研究当時) 伊川 友活(いかわ ともかつ)
細胞機能変換技術研究チーム
リサーチアソシエイト 宮島 優里奈(みやじま ゆりな)
上級研究員 鈴木 貴紘(すずき たかひろ)
チームリーダー 鈴木 治和(すずき はるかず)
エピゲノム技術開発ユニット
テクニカルスタッフI 藪上 春香(やぶかみ はるか)
研究員 トミー・テロオアテア(Tommy Terooatea)
ユニットリーダー 蓑田 亜希子(みのだ あきこ)
免疫転写制御研究チーム
チームリーダー 谷内 一郎(たにうち いちろう)

慶應義塾大学 医学部 百寿総合研究センター
特別招聘教授(研究当時) 広瀬 信義(ひろせ のぶよし)
専任講師 新井 康通(あらい やすみち)
専任講師 佐々木 貴史(ささき たかし)
センター長 岡野 栄之(おかの ひでゆき)

原論文情報

Kosuke Hashimoto, Tsukasa Kouno, Tomokatsu Ikawa, Norihito Hayatsu, Yurina Miyajima, Haruka Yabukami, Tommy Terooatea, Takashi Sasaki, Takahiro Suzuki, Matthew Valentine, Giovanni Pascarella, Yasushi Okazaki, Harukazu Suzuki, Jay W. Shin, Aki Minoda, Ichiro Taniuchi, Hideyuki Okano, Yasumichi Arai, Nobuyoshi Hirose, Piero Carninci, “Single-cell transcriptomics reveals expansion of cytotoxic CD4 T-cells in supercentenarians”, Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 10.1073/pnas.1907883116

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター トランスクリプトーム研究チーム
専任研究員 橋本 浩介(はしもと こうすけ)
チームリーダー ピエロ・カルニンチ(Piero Carninci)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課

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