統合失調症を持つ当事者に対する効果的な就労支援とサービス内容を「見える化」

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援助付き雇用プログラムにおけるサービス種別とサービス量を評価

2020-01-07 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)、精神保健研究所(所長:金吉晴) 地域・司法精神医療研究部(部長:藤井千代) 精神保健サービス評価研究室長の山口創生は、精神障害を持つ当事者(以下、当事者)を対象とした効果的な個別就労支援である援助付き雇用プログラムのサービス内容について調べ、当事者の就労を応援する際には事業所内外での個別支援の充実が必要であることや、具体的に必要とされるサービス内容を明らかにしました。

(参考):援助付き雇用プログラムにおけるアウトリーチサービスのイメージ

出典:https://www.ncnp.go.jp/general/pdf/ar20162017_13.pdf

援助付き雇用プログラムは、当事者の希望や好み、ニーズに基づいたサービスを提供することを支援哲学として、当事者のペースに合わせた就職活動や就労後の定着支援、就職活動によって生じる新たな生活課題への支援などを提供する包括的な個別就労支援です。援助付き雇用プログラムの効果(就労率や就労期間)は、日本を含め多くの国で明らかになっています。しかしながら、援助付き雇用プログラムの中で実際に当事者がどのようなサービスを受けているかについては詳細に分析されてきませんでした。そこで、本研究は、実際に当事者が受けているサービスを「見える化」するために縦断調査を実施しました。具体的には、就労支援に取り組む13事業所における統合失調症の当事者を対象として、彼らが受けた全てのサービスを記録しました。そして、援助付き雇用プログラムをより忠実に再現してる事業所とそうでない事業所のサービス内容を比較し、効果的な支援の在り方について検証しました。分析の結果、援助付き雇用プログラムをより忠実に再現する事業所は、そうでない事業所と比較し、より多くの当事者が就職し、かつ就労継続期間が長いことがわかりました。そして、援助付き雇用プログラムを忠実に再現している事業所は、事業所内外での個別サービス(例:個別面談、職場開発)に多くの時間を費やしており、特に就労前に集中的な個別サービスを提供していることが明らかになりました。他方、就労定着については、援助付き雇用プログラムの質と就労継続のためのサービス量との関連は観察されず、また、就労継続期間と就労継続のためのサービス量との関連もありませんでした。

過去10年間で、当事者が一般企業で雇用される機会は格段に増えましたが、統合失調症などの重い精神疾患を持つ当事者にとって、就労は未だに高いハードであることがめずらしくありません。また、日本の制度下において、就労支援は医療サービスでは精神科デイケア、障害福祉サービスでは就労移行支援事業所で提供されることが多くなっていますが、ともに個別サービスや事業所外サービスを中心においた制度とはなっていません。本研究の結果は、重い精神疾患を持つ当事者に対する効果的な就労支援を展開するには、再現性の高い援助付き雇用プログラムのように、事業所内外の個別サービスの充実を図ることが重要であると示唆しています。また、定着支援については単純なサービスの質や量の問題あるいはアウトカム(就労継続期間)に着目するよりも、個人の特性に応じた柔軟なサービスを提供できる体制を築くことが重要であると示唆されました。

この研究成果は、日本時間2020年1月3日に米国科学誌「Psychiatric Services」オンライン版に掲載されました。

本成果は、以下の研究助成金によって得られました。

● H26-H28 厚生労働省: 科学研究費補助金 障害者対策総合研究事業(精神障害分野)「精神障害の就労移行を促進するための研究 [H26-002]」(研究代表者:秋山剛、研究分担者:山口創生、下平美智代)

● H28-H30 文部科学省: 科学研究費補助金 若手研究(B)「日本版IPS/援助付き雇用フィデリティ尺度の検証とフィデリティ評価システムの構築 [16K21661]」(研究代表者:山口創生)

■背景

就労は多くの人にとって人生における重要なイベントであり、そして仕事は多くの人にとっての自己のアイデンティにもなるものです。統合失調症などの重い精神疾患を持つ当事者にとっても就労や仕事は等しく重要なものであるという認識は支援者の間でも徐々に広まりをみせています。そのような中で、援助付き雇用プログラムは、特に重い精神疾患を持つ当事者への支援として発展してきました。援助付き雇用プログラムは当事者の希望や好み、ニーズに基づいたサービスを提供することを支援哲学として、当事者のペースに合わせた就職活動や就労後の定着支援、就職活動によって生じる新たな生活課題への支援などを提供する包括的な個別就労支援です。日本を含む多くの国で、援助付き雇用プログラムは、当事者の職業準備性を強調し、(集団的な)トレーニングを課す標準型就労支援と比較し、同程度のサービス費用で、より多くの就職の機会と長い就労継続期間をもたらすことが明らかになっています。その一方で、研究終了後の日常的な支援場面において、援助付き雇用プログラムの適切な普及は大きな課題となっています。例えば、「援助付き雇用プログラムのような効果的な就労支援を実施したい!」という実践家や行政職員がいたとしても、どのようなサービスを実際に提供するとよいのかという臨床的疑問がしばしば指摘されきました。なぜなら、これまでの援助付き雇用プログラムの研究は、詳細なサービス内容についてあまり検証してきませんでした。加えて、援助付き雇用プログラムを取り組む機関の中でも、実際のサービス内容には差異があると予想されてきましたが、援助付き雇用プログラムの質とサービス内容の比較は国際的に実施されてきませんでした。そこで、本研究は、日本において就労支援を提供する13事業所の協力を得て、統合失調症の当事者に対する就労支援を実施する効果的なサービスの在り方を検証することを目的とした縦断調査を実施しました。

■研究の内容

本研究では、援助付き雇用プログラムを実施する、あるいは実施に関心を持つ13事業所(4医療機関、9障害福祉事業所)における新規登録者51名を分析対象として、12か月間の追跡調査を実施しました。また、個別型援助付き雇用フィデリティ尺度(≒チェックリスト)を用いて、各機関の援助付き雇用プログラムの再現性を測定しました。その結果、6機関(22名)が研究時代のプログラムをより忠実に再現しているグループ(高再現群)となり、7機関(29名)が低い再現性のグループ(低再現群)となりました。各機関のスタッフが分析対象者にサービスを提供した場合、専用のサービス分類表を用いて、全てのサービスを記録しました。

分析の結果、低再現群と比較し、高再現群では対象者の就労率が高く(37.9% vs 68.2%)、さらに高再現群の対象者のほうがより長い期間働いていました。低再現群では、就労支援員が1ヵ月あたりに平均約13時間のサービスを提供していましたが、その約80%が集団サービスでした。一方で、高再現群では、就労支援員が1ヵ月あたりに平均約6時間のサービスを提供していましたが、その約80%が個別サービスでした。また、個別サービスとして最も多くの時間が費やされていたのは、事業所外の支援活動を主とする職場開発(同行支援を含む)でした(図1)。

(図1):援助付き雇用プログラムを忠実に再現した機関の就労支援員によるサービス内容

(図2):援助付き雇用プログラムにおけるサービスの推移と再現度による比較

私たちの分析では、援助付き雇用プログラムでは、特に最初の6ヵ月に集中的なサービス(就労支援員と生活支援員の合算)が提供されることも明らかになりました(図2)。さらに、12ヵ月間全体では、高再現群と比較し、低再現群においてサービス提供量が多かったのですが、当事者が就労する前のサービス提供時間に限ると、高再現群のサービス提供量のほうが多い事実も明らかになりました。一方で、援助付き雇用プログラムの再現度と就労後のサービス提供量との関連、あるいはサービス提供量と就労継続期間との関連については観察されませんでした。

■重い障害を持った人が排除されず、個別サービスが受けられる制度へ

2006年の障害者雇用促進法の改正にともない、2006年度に7,000人だったハローワークにおける当事者の就職件数は、2019年度には5万人に迫ろうとしています。しかしながら、障害者雇用促進法は20時間以上働くことを前提としていることから、統合失調症などで重い精神症状を抱える当事者にとって、就労は高いハードルのままとなっていることが珍しくありません。今回の研究で、効果的な援助付き雇用プログラムを実施する事業所では、個別サービスや事業所外サービスが多いことわかりました。そして、当事者の働くモチベーションが高いであろうサービス開始早期に集中的にサービスを提供していることにも特徴がありました。他方、現在の日本の制度に目を向けると、就労支援は医療サービスでは精神科デイケア、障害福祉サービスでは就労移行支援事業所で提供されることが多くなっていますが、ともに重い精神障害を持った当事者を念頭にした制度ではなく、また個別サービスや事業所外サービスを中心においた制度とはなっていません。本研究の知見は、重い精神障害を持つ当事者の就労支援を実施する場合に、事業所内外での個別サービスを提供できるシステムあるいは個人の特性に応じた柔軟な定着支援を提供できるシステムの必要性を示唆しています。本研究は厳密な効果検証研究ではありませんが、援助付き雇用プログラムのサービスの見える化という意味で、実践家や行政職員にとっては有用な知見になると予想されます。また、就労を希望する全ての当事者が効果的なサービスを受けられるような制度改正が今後は必要となりますが、その際に本研究の知見は大きく貢献できると信じています。

■用語解説

・援助付き雇用:

就労支援員が利用者の個別のニーズや好みに合わせて、利用者と二人三脚で就職活動を支援します。サービスは事業所内に留まらず、職場やハローワーク、自宅などの事業所外でも提供されます。同時に、生活支援員も就職活動の前後や就労後など生じる当事者の生活課題に取り組むため、事業所内や当事者の自宅・自宅付近で生活を支えるサービスを提供します。

・フィデリティ尺度:

フィデリティ尺度とは、各事業所が研究などで科学的に効果が検証された実践の組織構造やサーブ供給体制をどの程度忠実に再現できているか測る尺度(チェックリスト)です。援助付き雇用プログラムのフィデリティ尺度は、以前の研究で開発され、当部ホームページから無料でダウンロード可能です(https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/tool/01.html)。

■原論文情報

論文名:Contents and intensity of services in low- and high-fidelity programs for supported employment: results of a longitudinal survey

著者:Yamaguchi S, Mizuno M, Sato S, Matsunaga A, Sasaki S, Shimodaira1 M, Fujii C

掲載誌:Psychiatric Services, 2019

DOI: 10.1176/appi.ps.201900255

URL: https://ps.psychiatryonline.org/doi/pdf/10.1176/appi.ps.201900255

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター

精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部

精神保健サービス評価研究室 室長 山口創生(やまぐち そうせい)

 

【報道に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター

総務課広報係

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